七話: 王との接見
王様に出会います。
流石に城の正門を通る訳でもなく、なんと言っていいのだろうか、勝手口というか、裏口から馬車を入れ、屋根つきのガレージみたいな場所に入る。よくあるだろう? 一階部分が駐車場の物件。大体そんな感じ。
そこには何台かの馬車が停められていて、豪奢な金の飾りが付いた赤い馬車もあれば、黒の地味な馬車も、茶色の小さな馬車もあった。日本の小学校の教室の大体四つ分ぐらいの広さのガレージで、そこに数台の馬車。ふむ、大金持ちなんだな……っというか、ここも王族なんだよな。
微かに獣の香りがするから、この近くに厩があるのだろう。使い勝手が良い構造なんだな。
ドアが開く。機械制御ではなく、先頭で警護してくれていた人が開けてくれたのだ。
こんなことの為に人を複数雇えるというのも実に景気がいい話だ。俺の住んでいた日本ではレジ打ちさえ機械に代替されそうだというのに。
「あのね、ガイウス」
「え、ど、どうした」
いきなり傍に寄られて耳元で名前呼ばれてみろ、それが俺にとっては他人の名前だとしても、キョドるで。
「きっとこれは秘密の接見だと思う。大々的な歓迎はされないわ、失礼かもしれないけど……」
「そんなことか、大丈夫。仰々しい行事なんて端からお断りだったさ」
――まったく……客を迎えるにも手順や作法と云うものがあるというのに……
[お前は本当に若者なのか? 形式主義を好むのはジジイと相場が決まっているものだが]
――いーえ、必要なことなんですからやらないといけません、今日は仕方ないですけど……。
[だから彼女は詫びただろうが……まあいいや]
「ありがとう、陛下はどうなさってるだろうか?」
「この時間なら私室にいるわ、裏から行きましょう」
この身分ともなるとこっそり行動するにも従者が多すぎて目立つこと目立つこと……。
――そろそろ体交替しませんか
[あ、頼むわ]
自分で意識を例の白い部屋に移して、彼に明け渡す。その瞬間、肉体は操縦手不在となり立ったままの体勢は取れないから迅速に行うことが肝要だ。
ガレージから内階段を昇る。電気を点ければいいじゃない。なんて現代人の発想は通じず、そこここの壁の上部に明り取りの窓が付いているだけの薄暗い階段を一列になって昇り、漸く中に這入り込んだ。
見るからに毛足が長くフカフカの絨毯を歩くこと数分。まったく王族ってのはどいつもこいつも金を使わないと気が済まないのだろうか。
しかし、金を溜めこまれても経済に悪影響だから金持ちこそ存分に使って頂きたいという気持ちの方が強い。
王の間と云うものがある。両開きの扉をお付の係員がバァーンと開け、従者がずらり奥まで並んでいて、一番奥にはちょっとした階段が二、三段あってその上に玉座が設えてあって、王がこちらを睥睨する。その王は無駄に厚着をしている。しかも赤色が基調だ。……そんなイメージが俺の中にある。
しかし吾々が通された間は何の事は無い。大学の教授に個々に与えられている小さな研究室程度の広さの部屋だった。人三人横に並んだら幅は足りている。奥行こそあるが、せまっこい部屋だった。
扉から入って右側の壁に机がくっ付けられるように置いてあって、机上は書類や本が乱雑に散らばっている。椅子は質素な木製。
その反対側には壁いっぱいの本棚。もうこれは本格的に研究室だ。
ここまで紹介するのは、部屋の主が居ないからである。
従者を見ると「あちゃ……」的な顔をしている。成程、よくあることなのだな。
――あ、お父様は……いづこに?
あ、お姫様よ、また化けたな。
――へ、陛下は……。
――あ、申し訳ない、もういらっしゃったか。
違う声がした。吾々が振り返ると、質素な服を着た小男がいた。
刀を提げた従者たちは一斉に跪きガチャガチャと音を立てる。
――御足労を掛け申した。では。
彼が言うと、従者連はこれまた一斉に出て行った。
俺らの城から出てきた従者が出て行ってしまったのは少しばかり不安だけど、まあ、相手は王様だから危害を加えてくることも無かろう。
――何故、リエナ殿下もここに?
ガイウスが訊く。てっきり手紙の真意は王様と二人っきりで話す心算だったのだろうが、姫様は「姫様モード」を解いていたようで、
――何、いちゃ悪い?
と言い返した。父親もこの様相を百も承知のようで、当然の様に椅子を二脚用意した。
――申し訳ありませんな、ガイウス殿下。うちの娘は外面は良いが、身内にはこうなんだ。
――え、ええ……。
彼はケラケラと笑い、その「身内」ってのは従者や執事は入らないから皆知らないんだよなァと言う。
成程徹底した隠蔽擬態だこと。
――親父、何なんだよあの手紙はよぉ。
――まずはガイウス殿下に仔細を伝えるのが先だ。共に聴くが宜しい。
彼は口髭を生やし、装飾の付いた煌びやかな服を纏うタイプの王では無かった。(まあ、実は俺はここの世界の王様像を知らないのだけれど)
髪は短く、髭も生やさず、王冠も被らず、こざっぱりとした感じ。服も俺が着ているものと対して変わらない。というか、見た目は従者共と変わらない。
――文中の大災厄のことだ。これは、実は未だ起こっていない事なんだ。
彼は衝撃の事実をなんでもないように言う。それって一体どういう事なんだよ。文章ではもう起きたことみたいに書いてたじゃないか。
――それって一体どういう……。
――親父遂に耄碌したか。
「そうだそうだ」
――まあ、いい、よく聞きなはれ、こいはな、宣託よ。巫女が言ったという訳だ。
――ええ……巫女さんが……。
――アホくさ。マジで信じてるとしたら脳が腐ってるとしか思えないけど。
どれがガイウスの反応か、王女様の反応かは詳しく述べなくてもわかるだろう。というか、これほどわかりやすいものは無かろう。
――ワイもそう思うわ、だけんどな、まあ、あれよ、ここはひとつ巫女さんのな、忠告を聞いて王子様呼んで来たよんという姿勢がしつよー(必要)な訳ですよ。
うわ……この王様謎の訛りがあるな。彼らの言語の特徴を日本語に直すとこんな感じで聞こえるのか。
――呆れた……親父ってそこまで神社に頭上がんない方だったっけ?
――いやーワイもそこまでじゃないぞ? 議員の中にはいるかもしれんが、ごく少数だし、そこまで影響力ないから。
「議員に巫女ってなんだよ」
[えっと、議会に神社からの後援を貰った神職とかが居ますよってことです]
「成程な、強い圧力団体になってたりはしないのか」
[いやーそこまで無い筈ですよ。献金が満足に出来る程彼らは金持ちじゃあ御座いませんから]
「え、じゃなんで」
[だから謎なのです]
――まあ、一応来たわけですからこれでいいでしょうか。このまま巫女さんとこに参って、指示を伺いましょうか。
ガイウスが言う。
――そ、そうでありますな、災厄が来ないに越したことはないでしょうからね……。此処まで来て頂いたのにどうも茶番めいていて申し訳ない……。
王様も頭も掻く。
どうやらここの巫女や神職は相当に地位が低いのだろう。俺が知っている西洋史の中では神に仕える者がかなり偉い位置に居るのだが、ここはそうではないのだろう。さっきもガイウスは今は政に参加しないのが神職だと言っていたからな。
ここはそんなに文明が発達している様には見えないのに超自然に対しての畏怖が少ない地域なのだろうか。科学が発達していれば、神だの悪霊だのに怯える必要が無く、神職の重要性も儀礼的な物に過ぎなくなるだろう。この国はその段階に居るのだろうか。
馬車が現役で、写真はあるとは言えどうもそこまでの文明に見えないのだが。電気もないし。
――では、参りましょうか、件の巫女はアルハルトにおわします。
――!
――ええ……。
また移動か……。