六話: 移動中の馬車にてのイチャコラ
依頼人と探偵の会話みたいな?
王女様がこちらにいらしたのだから、王子様が向こうに行っても良いだろう。という理屈の上では成程と通りやすい文句と共に俺らは馬車に乗っていた。
それは、彼女から言い出したことだった。
――意味が分からないでウジウジ悩むのは無駄だわ! 手紙の真意を訊きに行きましょう!
――えっ
「えっ」
――何がそんなに驚くべきことなのだか分からないわ。もとはと言えばこの意味が分からない手紙の所為でしょう?
――意味は分かるけど、内容がわからんという話ですけど……。
――同じでしょ? まったく……。親父も親父だよ……なんでこんな大事な話を書状だけで寄越すかなぁ。
「ほんとそれな」
っていうか、親父っていうのね、お姫様。
――いやぁ、何か書面じゃないとマズイって事なのでは……?
――だとしてもよ。だとしてもこの書状をあんたが持ってってうちで神様退治すればいいってことなの?
呼び方が「君」から「あんた」に替わっている。どんどん素が出てきているようだがこの姫様どんな育ち方をしてたんだ。
――そ、そりゃあ……確かに……無理があるっていうか……。
「だから行こうって言ってんじゃねーか」
[もう、ニシカワ殿は黙っててよぉ……]
――どうしてそんなにナヨナヨしてるんだよ……。
「そうだそうだ」
俺が面白がって囃し立てると彼は恐ろしい事を言った。
[ああもう! じゃああなたがやればいいじゃないか!]
「な、なんやて、王子殿下」
[彼女と会うときは人格を交換する! もうこれでいいでしょ]
彼は白い部屋に戻ってきて、その入れ違いに俺を壁に押し込んだ。俺はぼけらっと坐ってただけだったから急に出てきた彼が俺の襟首を掴んで壁に叩きつけるまで何の抵抗も出来なかった。
叩きつけられると言っても硬い壁に強かに打ち付ける痛みは無く、白い壁が目前に迫ったと思って気が付いたらスクリーン越しで無く、瞳で外界を見ているのだ。
……だいじょぶ? ねぇ……
頭がずきずき痛む。目を開けると視界が白くぼやけている。成程、入れ替わるとこんな風になるのか……。
世界の輪郭が一つになる頃、俺の眼前にあるは彼女だった。画面では無い。彼女そのものだった。
「あ、ちょっと眩暈がしただけだ」
「そ、そう? 急にガクッと俯いたからどうかしちゃったのかと思ったわ」
そのガクッとした時に頭から落ちただろう俺の帽子を丁寧に拾って返してくれるが、被る気が無いので膝の上に置いた。別に変な目で見られなかったので帽子を外しててもそこまで不作法ではないのだろうか。
「大丈夫だ、で、なんの話だっけ、お前の父親にこの手紙の真意を訊きに行くって話だよな」
「そ、そうだけど……どうしちゃったの?」
あ、やべえ、急に喋り方変わったら気が狂ったと思われるだろうな、彼の喋り方を真似るべきだな。
「まあ、やっと心開いてくれた感じ? どうせ結婚するんだから他人行儀はもうなしね」
「あ、はい」
なんか謎の解釈をしてくれたようで救われた。
――ねぇ、ニシカワ殿! 私と彼女の関係性を勝手に変えたりしてないでくださいよ!
[わかってるわかってる、っーか婚約者っていう関係性は変わってねーだろ]
――そうだけど……まあいいか……。
[ここで押し切られるから姫に舐められんだろうが]
――ぐぬぬぬ……。
殿下は俺の暴言に黙ってしまった。いや、反論が欲しいのだが。
「俺とお前って初対面に近かったよな?」
「ええ、そうね。五歳の時に一瞬会ってたわ、毎年写真は送られてきたけどね」
「え、写真?」
「そ、そうよ? 私のも見てる筈だわ、毎年一回家族で撮るでしょ?」
親指と人差し指で四角い枠を作って俺に示した。
「お、おう……」
なんてこったい、この国にも写真技術があるのか。化学が意外と発達しているのかこの国。
未だに馬車なんか使ってるけどそれは何故なのか。発達がアンバランスなのかとも思ったが、別に科学と云うものは教科書の様に物理、化学、機械という風に科目ごとに発達してきた訳ではなく、「何か良く解らない不思議な物」を解き明かしてきて、次第に分化されていったものだから、どれかの分野が二十世紀の日本並だとしたらまたどこかの分野も二十世紀と同じレベルでないとおかしい筈なのだが……。
「まあ、あんたの写真は毎年間抜け面のままだったし、実際そうだったわ、背が高いだけのでくの坊だわ」
「言うねー、お前はあれか、昔からそんなに口が悪かったのか」
おほほ、とか何処かの夫人みたいな口調で喋ったりはしないのだろうか。
「口が悪いわけないわ、私これでもお姫様だからね?」
向かい側に坐った彼女がエヘンと威張る。
「いや、悪いわ……」
「ぞんざいなのは認める。でも身内ならいいでしょ?」
――彼女は自らの城でもこんな風なのかよ……つら……
[何が辛いんだよ、話しやすくていいじゃないか]
――もっと静かな人が好みなんだけど……
[そもそもこの結婚はお前の好みとか関係なくね?]
――のわ―そうだったっ!
「普通結婚した後に豹変するものだと思ったけど」
付き合ってる頃は猫っ被りしてて、結婚後に次第に性格が悪くなって……いや、本性が出てくるものだと思ったが、この女の場合は違うらしい。確かに、この婚姻が逃れること能はざるものならもう隠す必要はない。
「いやーもう不可避の運命だからね……どうせあんたも逃げられないんだし」
彼女もそう宣ふ。
「出来ることなら逃げたいのだが」
「まー、あんたが王位継ぐ可能性なんて万に一つもないでしょ? 上にお兄さん二人だっけ? いるんでしょ?」
「うんまあ、多分無いな……王位に就けなかったらどうなるんだろうな」
「うーん、軍隊に入って議員がそこそこだろうね」
まあ、気楽な人生送れるだろうなと彼女はケラケラ笑う。
「え、そうなの?」
「そうよ? だからあんたも小さいころから軍事教練受けてるでしょうに……」
「お、おう……」
やばい、このまま話していると俺がガイウスでないことがバレる。後は自習して追い付こう。元はと言えばこの国のシステムが良く解らないところにある。日本で言う公民の教科書があればいいんだがどうだろうか。
王家があって、議員がいるっていうのはどういう感じなのか、科学の発展の仕方が歪で、人々は一神教徒ではない。どうにも外は西洋の中世から近世に似た景色ではあるが、中身は全然違うみたいだな。敢えて言うなら古代ローマか。
ともかく……この馬車にゴムタイヤを採用してほしい……。石で舗装されている車道であったため、上下の振動が甚だしい。こんなに揺れてしまえばリウマチになるのが目に見えてるぞ。
「ごめんね、うちの親父が謎の事頼んじゃって」
豪気な彼女にしては珍しく殊勝な態度だった。が、それを擁護する気など更々ない。
「ほんとそう。何人もの神職が死ぬほどの疫病神を俺一人に退治させようってんだからな……」
「私にも真意は分からないわ、そもそも聞いたことないもの、そんな悲惨な事が起きてること」
「そこが一番の謎だよな」
俺らを乗せた馬車はもうそろそろで落陽の頃彼女の国に着いた。
街全体が高い塀で覆われているという典型的な「っぽい」都市だった。
二頭立ての馬車が漸く入る様な狭い門に並んでいる小市民の列には加わらず、別の小さい入口から入ることとなる。
俺らは二頭立ての馬車に乗っているが、その前後に二人づつ、馬に乗った者が居る。これは計四人の護衛が付いている馬車という事になる。内訳は俺の従者二人、彼女の従者二人だ。
当初彼女は俺だけを連れて城へ行く心算だったらしいが、流石に三男とはいえ王位継承権を持っている者をホイホイ外に出すことはないらしい。なんとも不自由な身分だ。これで自由に引きこもりが出来るならばいいものなのだが、ガイウスから聞くに、好きに引きこもってもられないようだから良くない。
宴会といえば連れて行かれるし、陳情は聞かないといけないし、複数人で狩りには行くし、どうにも社交性の塊でなければできない仕事しかない。そうだ、文字通り社交界の住人なのだ、王侯貴族は。図書館に籠ってずっと寝ながら本を読んでいたいのだが、これをガイウスに言ったら「税金で喰ってるんだからちゃんと仕事しないとあかんよ」と言われてしまったね、なんともいい奴だ。こんな奴が沢山いるのならこの国も安泰だろう。
よく時代劇なんか観てると大名が乗った駕籠が街道を通過する際、民衆共が街道脇で土下座をしているシーンがあるが、ここではそういったことはない。
人通りの全くない石畳の街道をカラカラと只進む。
街道の両脇の木立も、只無造作に生えている訳でもなく、ある一定の間隔で同じ植物が植えられている。いうなれば街路樹。中々文明が進んでいるような雰囲気だ。
「なに、そんなに外の景色が珍しい? アンギリアリは素敵なところだからね、まあ、無理もないか」
「アンギリアリってお前の名前……あ、そうだよな……そう」
「なに? どうかしたの? まったく……ヒョロくて弱そうな上に変な奴ときたか……まったく……嫌になるわァ」
「え、俺と結婚するの嫌なの?」
「え、私が嬉しいと言うとでも思った? 私は抑々(そもそも)結婚なんて望んでないのよ」
「まあ……確かにな、若すぎるきらいもあるだろうな……お前幾つだっけ」
「女性に数字にまつわる話題を振っちゃダメなのよ、わかる? 身長、体重、胸の大きさとかね、私は十五よ」
「結局言ってるじゃねーか……」
「うっさいわねー、同い年だって話だったと思うけど? 忘れちゃったの?」
――もう、ニシカワ殿! 不審がられてどうするんですか! っていうか、僕はそんな粗野な喋り方しませんから! なんとかしてください! これじゃあまるで、あれですよ、只の破落戸ですよ!
[俺だってそう思ったけど、姫様がこれがいいっていうんだからそれでいいだろ、こいつの親父さんと話すときは人格をお前に交換すっからそれでええやろ]
――う、うーん……いいのかなぁ……?
[そうやってすぐ押し切られる癖をどうにかしろ]
――ぐぅ……。
「もうそろそろ城に着くぞ、手紙の差出人から真意を訊こう」
彼女はそう言って窓の向こうに見える砦を指した。