三話: 持ち主は王子様だったようです。
人間には、その人固有の精神を入れておく「精神の部屋」があるそうで……。
ガイウス曰く、目が覚めたら、この部屋に居て、しかも自分の身体が、自分が思ってない事を言い、
したくない動作をしていたんだと。
最初は、困惑パニックだったが、少しして冷静になって気づいたんだと、悪魔が憑りついていると。
なんとか体を取り返そうとして、それが成功して……今俺はここに、真っ白な部屋に連れ込まれたらしい。
「いやね、俺は悪魔じゃないんよ、日本の小市民だよ。俺は一回死んだと思ってる」
トラックに轢かれて死んだんだと言っても通じなかったから、速く走る大きな荷馬車に轢かれたんだと言ったら納得して、また問うた。
「死してなおこの世に留まる悪霊ということですか……?」
「いや、そうじゃない、っ……とは何とも言えない、というかこここそ死者の国ではないのか?」
「ここが死者の国? 冗談は止してください。此処は只の人間の国です。ミルカ王国です」
「あ……はい……そうですか……」
王国と来たか。俺の脳内はどうやらファンタジー色強いらしい。
大体の先進国が、議会制民主主義を布いている現代からそこまで逃げ出したいのか俺は。
「で、僕の身体に憑りついたのは何故ですか、僕は悪魔召還などしません、も、もしや、兄が!」
この部屋の色彩に敗けないぐらいの白い顔となる。というか、この国にも悪魔とか、それを召還する云々の概念があるのか……。
「いや……知らんよ、お前お兄さんと仲が悪いみたいだな、聞いたよ」
「……あ、はい……いえ、僕としては仲良くしたいとは思ってるんですけど……」
「うん……」
俺からしても、これは謎の魔術で日本からこのミルカ王国なる辺鄙な場所に精神だけ連れてこられたという話を信じるのは嫌だったが、それしか考えつくところは無い。
「あの体はお前のだろ? さっさと明け渡すから、俺を日本に送れ」
「送れったって……知らない国ですし……僕は魔術の素養ないですし……」
素養も糞もあるか、というか素養があれば出来るのか。
「俺だって一応世界史は高校で受けてたけど、ミルカ王国なんて知らん」
「えっ……まあ、この国はあんまりいいところじゃないですけど……知らないってのは悲しいなぁ」
どうしようもなくネガティブな奴らしい。
「まあいいや、どうしようもないことは解った。もういいや……」
俺はへたり込んだ。
「ここから出られそうもないし……この身体は共用ってことになるのか?」
「え、嫌ですよ、この身体は僕んですもん」
「んなこたわかってるわ……」
こんな若くて丈夫な体を持っていたら、きっと生前から努力して、腐れニートになってなかった筈だと思う、と一瞬過ったが、俺は若いと言われていた頃から自堕落な人間だったのだからこの身体でも十分ニートしていただろう。
「共用は嫌です、この身体は僕んです。だから、ここにずっといてください、あなたが好き勝手動いてた時は、僕はここに居たんで」
どうやら、ここはこの身体に宿る精神を置いておく部屋らしい。普段は、一人につき、一つの精神しかないから、空き部屋だが、こうやって何らかの事故で、一人の身体に何人か分の精神が入ると、ここに保管される……という体だろう。
「ええ……まあ、解った、じゃあそうする」
「あ、でも……待って、僕の考えてることダダ漏れなんですよこれ!」
「えっ」
「あなたの心の声が、この部屋に反響するんですよ、さっきメイドに着替え手伝ってもらうときに、『うぜー』とか思ったでしょ」
「思わない訳ないだろ、あれぐらい一人で出来るし」
「っもー! そうするのが決まりなんですから従ってください! そういう怨嗟がこの部屋中に響き渡るんですよ! だから僕が考えてることだってあなたにばれちゃうんですよ! それに、ここの壁あるじゃないですか! ここの壁に、この身体が観ている景色が出るんです! 窓みたいになるんですよ壁が!」
話しを詳しく聴くと、このせまっこい部屋の壁に、この身体の眼で見た映像が映し出され、耳で聞いた音が部屋に響くらしい。悪趣味な事に思考まで聞こえるとか……何考えてるんだこの身体は。まあ元々、一人乗りの身体だから、気にすることは無いのだろうけど。
プロジェクタとかスクリーンとかスピーカいう単語は通じなかったので、どうやらこの世界にはそういった機械はないらしい……ってそれはさておき。
「それ言わない方がお互いの為だっただろうな」
「はっ!」
この王子はバカなのか、だとしたら兄たちに命を狙われる理由にとんと見当がつかなくなる。末っ子なのに、兄弟の中で一番賢い、とかそういう理由なら殺されるのも理解できるのだが……こいつは単純な、何も策略なき、うつけ者だと思う。
「……戻っていいよ、元々お前の身体じゃん」
「えっ……ええ……」
「あとここ本当に何もないの?」
「無いですねー、何もない」
「寝てたら満足な俺でも何となくいやだわ……」
真っ白な部屋に閉じ込められ、外の映像を見続ける。いやはや、籠の中の鳥ではないか。こういう役回りは、薄幸美人がやるものだと相場は決まっている。
「でも、ニシカワ殿にこの身体を任せておいた方がいいかもしれないです……」
「なに言ってやんでぃ、この身体は王子様の身体じゃないか……そんな責任ある身体なんて預かれるかよ……俺が失言したらお前がした事になるんだぞ?」
「いや、確かにそうなんですけど……僕としては王子とかそういうのどうでもいいんですよ……」
「はァ? てめー、民衆からの税で贅の限り尽くしてんだろ? ちったあ楽しめよ」
「そういう問題ではないのですが、いや確かに領民からは税は取ってますが、それは領地を守っているからであって……まあ、そんなことはどうでもいいんですよ。意地悪な兄とか、良く解らない婚約者とか怖いんですよ」
「いぇ……え、お前婚約者いるん? マジかよ、うわー、今までの同情全部返せ」
確かになー、こんな金玉を母親の腹の中に置いてきたような奴でも王族ならば、婚約者の一人や二人いても不可思議では無い。政略結婚というものだ。ふぅ、惚れられて結婚という物では無いから、これは嫉妬するべきではないかな……?
「ええ……そんなことで怒らないで……、その前に同情して貰った覚えがないんですが」
「怒ってないし」
「ニシカワ殿はおいくつでございましょうか?」
「生前は二十二だが」
「え、それで誰もお相手が居ないんですか?」
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ああ! てめえ、ちくしょぅぅ……てめえは幾つだっ!」
「え、十五歳ですけど」
悪気は無いのだとは思うが、いや、思うが、それでもしかし、許せまい。
「どんな女なん?」
「いや……うーん、どうにも言い難い、余り会ったことが無いから……なんとも言えないのですが、金色の髪の貞淑な美人だと」
「へー、それはよござんしたね」
ぐふふと笑う。
「え、何か嬉しそうですね、嬉しがってますね」
「嬉しがってなどいませんよ、そんなことないですよ」
「なんだかなぁ……」
「取り敢えず、許嫁に会ったら身体の操作権ちょっと俺に貸せや」
「それだけは絶対に止めた方がいいと、僕の本能が叫んでいる」
「まあまあ、減るもんじゃ無し」
少年よ、お前の想定しているような最悪な状況は、果たして……正解なのだが。
「名誉は中々増えないけど、減るのはめっちゃ早いんですよ!」
「そうか……残念だ」
ここの民族はどんな女が居るか知らんが、この王子と同年代の金髪美少女との逢瀬を楽しみたかったんだがねぇ。
「残念じゃないですよ……まったく」
「というか、この身体の意識が無くなったまま大分時間が経ってるけど身体は平気なんだろうか」
「え、ああ……確かに、僕たちがここに二人居るってことは、多分、ぶっ倒れているって事でしょうから……死んでる……とか?」
「いや、生命維持に必要な呼吸などは反射で行われている筈だから多分死んでないと思う」
「何やら難しい事を仰るが、それは……つまりどういう事でしょう?」
「だから死んでないって最後に言ったじゃんか……」
「謎の知識が豊富なんですね」
「謎って言わないで……確かに謎だけど」
「まあ……取り敢えず、僕が体に戻りますから、あなたに任せるとどうやらマズイ事が起きそうだとこの短い間で確信できました」
散々な言われ様だ。確かに彼の身体なのだから彼に戻すのがいいだろう。
「で、どうやって戻るんでしょう?」