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例によって死んで転生、一つの身体に二つの精神  作者: Naroumin7
一部 龍退治
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十九話: 美しい姫様との婚約の理由と心開ける巫女

美しく、高貴な姫を婚約者にしているのに、不覚にも従者たる巫女に……何を思うのか

 門番なき門を潜ると途端に山道に迷い込んだようになった。思わず振り返ってしまった。門の向こうは家が立ち並んでいる。人が少ないとはいえ、人工物の気配がする。


 しかし、俺らがこれからすすもうとする場所は違った。幅二メートル程度の、歩いて踏み固められただけの、石畳の舗装が無い土地なのだ。道の両脇には乱雑に木が生えていて随分と見通しが悪い。

 門を抜けただけで辺りが暗くなるだなんて思いもしなかった。


 ここは、昨日、リウスの家からアンギリアリの城まで行った時に通った街道と造りは同じであった。ただ向こうは未だに整備されていて、ここはうち棄てられたという違いなのだろう。


 アニリンに地図を時々見せて貰いながら進むが、もう例の森の中に這入っているらしい。まだまだ序の口とは言っていたが、薄気味の悪さは言い表せないぐらいに濃厚となってくる。


 奥に行くにつれて、伸び放題の雑草の丈が高くなっていく気がする。これは別に奥の方にある植物が良く伸びる性質を持っている訳ではなく、単にここまで人が来ないから踏まれたり、薙がれることもなくスクスクと成長するからだろう。


 膝下ぐらいまで生えた草を踏み荒らしながら前へ前へと進んでいく。

――巫女さんって必要ですかね。

 今までずっと黙ってて存在を忘れていた殿下がやっと喋ったと思ったらこれ。

[いや、これは……]


――抑々この巫女は僕の護衛じゃないんですか? 僕を守れないのなら引き帰させたほうがいい。正直役立たずでした。

[確かにそうだと思うけど……]

――それに、先程の賊は巫女が対処すべきだったと思いませんか? 巫女頭の肝いりで僕に付いてきた訳ですし……。

[対処はしたでしょ……。初動は上手くいかなかったけど、二回目で仕留めたじゃない]

――分かってないですね……王の従者は完璧を求められるものなんです。こうしてたった二人で移動すること自体前代未聞なのに、それを守る者があんな未熟な腕でどうしろと言うんです。謎の獣と相対する訳でしょ? 先が思いやられますよ……。


[それは神の宣託と、国際情勢上の妥協案でしょ? まあ、仕方ない……かなと。あとまあ、巫女として優秀なのがお供として優秀かと訊かれると正直関連が分からないけど]

――でしょう? なんというか……無力なら無力で付いて来なくていいんです。例えば盾になれます。という人なら付いて来て頂けたら心強いです。僕の剣となる人なら頼もしいです。僕の医師なら縋りたいです。ですが……幻想の時代の魔術師、術師、祈り巫女は何の役に立つのでしょう。

[それは優しさか?]

――いいえ、実利です。


[……そうか。でもアルト陛下の言いつけだから守んないとそれはそれで困るんじゃないか?]

――そうなんですけどね……。なんで馬すら与えてくれなかったんでしょう。

[馬? ああ……この世界にもちゃんと馬がいたよな。翼とか生えてるのかと思ったけど実際生えてなかった]

――翼の生えた馬なら神話にはありますけど、実際はいません。そちらにはいるんですか?

[いや、こっちにもいない。案外こっちの世界と俺の世界はそんなに変わらないみたいだな。いや、実際違うんだけどさ、電気とかないじゃんここ。未だに明かりは火でやってるしさ。そういうとこは違うけど、空飛べたり、瞬間移動出来たり、精霊がうようよ漂ってたりするもんかなって思ったんだけどな、異世界って]


――成程……あなた方の世界でも空想を描くと僕たちとおなじものになるんですね。電気とかそういうのは良く解りませんでしたけど。

[んーでも、写真を作るぐらいの化学が発達してるんだから電気があるはずなんだよなぁ。雷を自在に操る技みたいなものなんだけど、知らないか?]

――そんな巫女とか魔術師とか魔法使いとか術師みたいなこと言いだすんですか、あなたまで……。

 すごいレパートリー。胡散臭さのカーニバル。そうか、昔の科学者(化学者)も錬金術師とかとごっちゃだったもんなあ……それと一緒かあ……。


 獣道をえっちらおっちら歩いていると少し開けた場所に出る。

 開けた……と言っても、円形に少し草地が踏み固められているだけで、周囲の樹木、草木もぼうぼう手入れ無しのままだ。外にいるから距離感がよくわからなくなったが、恐らく半径五メートルもない。

「少し休憩していきますか」


 アニリンはたったったとそこに歩み出る。でも何か危ない感じしない? 森の入り口から結構歩いた訳じゃんうちら、もう人っこ一人何年も通ってないようなところを歩いてきたわけで、そこに突如人の手が加わったような広場がある。

 誰かいる……?

――危険だと思うなら巫女を最初に行かせましょう。

[まあ……うん、そうだな]

 俺も大概へタレである。奴に同意した。差別意識をどうこう言える立場じゃなくなってしまったな。

 それは巨大な落とし穴とか、踏み入れたら魔法が発動するような仕掛けなどは何もなく、単に草がもそもそ積み上がったり刈り上がったりしてただけ。

[安全みたいだな……?]


――ええ、やっと本来の役目を果たしましたか……。

[毒吐き過ぎぃ……]

 良く見ると……焚火の痕かな? こんなところまで来る人がいるのか。古い痕とは言っても年単位、月単位のものではないから、定期的にここに訪れる者がいるのだろう。旅人が通ることもあるのだろう。

「では、腰を下ろして」


 彼女は平気で草地に腰を下ろす。女の子が何かに座る時には、そこにハンカチを敷いてあげましょう的なルールブックを読んだことがあるが、勿論やったことは無い。

「はあ……実に疲れましたね、もうそろそろ陽が傾くでしょうから、ここで一夜を明かしましょう」

「賛成。怠いですし」

 俺が言う前にもう火が熾されていた。ええ……早い。

「どうやって火を熾すのでしょう?」

 興味本位で訊いてみた。ごしごし木を擦ったにしては早すぎるし、そんな道具は彼女の手元に見えなかった。


「ああ、種火があるのですよ」

 のど飴を入れる様な小さな缶を取り出して俺に見せた。製缶技術があるのか、この世界には……で、中には焦げた小枝が入っていた。

「これを、綿に乗せて、息を吹きかけると煙が出て、小さな火が出来るのです。で、これに移すんです」

 細い短冊状の紙を見せた。只の白い紙ではなく、何か黄色っぽいものが塗られている。

「硫黄が塗ってあるのですね」

「はい、火山地方の特産なんですよね、この火紙は」

 中々の文明だな……凄い。彼女曰く慣れると直ぐに点けられるという。

「なるほど、教えて下さって有難うございます」

 火を焚くと周囲が余計暗く見えた。


「気候がとてもいいですからここで寝ましょうか、体力も温存しないといけません」

「え、おお……はい」

 女と一緒に寝るとかヤバすぎでしょ、ヤバい。え、女の肌の香りとかしちゃうんだよ、ヤバい、あっ。

 あっ、でも、昨日も一緒に寝たじゃん、別室だけど一緒に寝てるやん、一つ屋根の下って奴じゃん。あ、なら平気か?


――ああ、苟も王侯貴族たる僕が野宿か……。

[まあ、仕方ないやろ、あと女の人と一緒に寝るけど文句言うなよ]

――あっ、そうだ、もう……数年後、身に覚えのない赤子が連れてこられるんだろうな……。

[そういう心配しないといけないんだよな、おめーもたいへんだわ]

――そうそう、そこいらの庶民とは違うんですよー。

[まあ、一人ぐらい養え、その後殺してしまえ]

――言うようになりましたね。まあ、そうする心算ですがね。

「あれ、何してるんです?」

 彼女がなんかやってるぞよ。ちょろょろと近寄る。


「え、ああ、記録付けてるんですよ、報告書になります」

インク壺にペンを浸してガリガリと厚ぼったい紙に書いていた。ああ、成程、インク壺を出さないといけないから座らないといけないのか。

「特に異常なし……っと」

 彼女は鼻歌しながら書きつけていく。……って、盗賊に襲われたのに異常なしって書いていいんですか。

「ああ、旅の途中で盗賊に遭遇するなんてよくある事じゃないですか」

 それぐらいの治安なのかよ……。怖いな。


「私が仰せつかったのは、この森の探索記を書くことですからね、つまらない事にインクと紙を使えないです」

「そうですか」

 まあ、俺からしたら衝撃的過ぎて現実感無い事だったから……記録すべき事に思えるのかな?

 未だに信じられない、俺の手で、正確に言えばガイウスの手だけど、それで人を殺しただなんて。その死体を市街に放置し、血を拭ってそのまま旅を続けているなんて。

 俺が感傷的になっていると、脳内の主人がすかさず突っ込んでくる。


――王族とその従者に刃を向けたのですから、死刑ですよ、どのみち。

 自らの手をじっと見た。炎に照らされて赤い。数時間前まで血に塗れて赤かった俺の手。

 人を殺しておいて何も焦るところがないというところが一番の違和感なんだろう。俺の暮らしていた世界ではどんな事情があろうとも人ひとり殺してしまったら焦るし、どうしてもバレたくなかったら死体をどこかに隠さないといけない。一回隠しても安心は出来ない。誰に見つかるかもしれない、それは今日かも知れないし、三年後かも知れない。ひょっとしたら誰にも見つからないまま一生を送れるかもしれない、でもそれは分からないし、ずっと死体を隠していることを意識しながら、でもそれを人に悟られることなく生活しないといけないんだ、何も知らないふりをしながら。


 しかし今、俺は人を殺しながら、自衛の為とはいえ命を奪いながら、法的な処罰を懼れることもなく、社会的な信用を失う事も無く、巫女と軽口を叩いている。


――言っときますけど、僕の身体に精神が二人分ある、だなんて絶対に口外してはいけませんよ。この巫女に精神的に頼りたくなる気持ちはわかります。彼女なら、少々人間の理解や道理を外れるような事でも相談できそうな雰囲気はあります。巫女ですしね、でも、止めてください。気が狂ったと思われて僕は表舞台から姿を消すことになります。僕だけの問題じゃないんです……分かってください。

 右手の人差し指、指輪が光る。そうだよな、俺……ガイウスには婚約者がいる。


――彼女は……いえ、彼女に限りませんけど、婚約者を失った王女は……他の王族に嫁ぐことになります。だから別に心配することはありません、殺される……というのはないですから。でも、今のところ彼女に求婚を申し込んでいた王族は、いづれも彼女の国を武力で併合しようと目論む者です。だから、それは……。避けたいと思います。


[どうしてリエナ姫はガイウスと結婚することになったんだ?]

 彼は少し黙った。言っていいものかどうか迷っているのだろう。

――うちの国の歴史、ご存じですよね。曽祖父が改革して作った国だと。

[ああ]


――正直言って歴史が短いんです。神の子孫を名乗ることも出来ない。武力では優れますが伝統が無い。だから歴史が古く権威のある……しかし武力には優れない国とくっつく。これは双方にとって利益があります。上の二人の兄はまた別の国の王女とくっついて影響力を拡げています。


[……合理的だな。でもお前らも彼女の国を武力で支配しようと思っているんじゃないのか?]

――それはありませんよ。あの国の主権をそのままにすることが、吾々の権威に繋がるので。もし、力を以て併合せば『歴史と伝統あるアンギリアリを侵した』という、吾々を討伐する大義名分が瞬時に出来上がります。多くの国が連合を作って侵攻してくれば……面倒でしょう?


[そんな重要なところなんだな、アンギリアリって]

――あのアルハルトは星読みの術の生まれ故郷とされてます。神話の中では重要な位置を占めます。僕とか、リエナ姫のいる国は神話をそこまで信じている場所ではないんです、僕の国は武力で神の子孫をひっくり返した過去がありますし、彼女の国は商人の国ですから色々な宗教を信じる人が来ますから、原理主義ではいられない。それに、星読みの術が民衆に広められた中心みたいな地ですから、神話をガチガチに信じている人も少ない訳です。でも、それ以外の国は未だに神話を本気で信じている所もあるので……。

[そう……なんだ……]


 中々ハードな話を聞いちまったようだ。焚火の周りにいると勝手に心情をさらけ出してしまうのかな……。

「どうしたんですか、殿下?」

 書き終わったようで、声を掛けてきた。いつもと違う声色。

「いや、なんでも……」

「そうですか? なんだか思いつめてますよ」

 ずい、と顔を近づけてくる。やめろ、非モテには辛い。


「私は、ミシオ様の様に人の心を読むことはできません、ですから、ただ訊くだけなのです、『平気そうではないですね』と」

「……」

「まあ、言いたくない事もあるでしょう……殿下は王族です、庶民大衆に知られる訳にはいかないようなこともあるでしょう。ですから無理には訊きません。だから……そうですね、何か言いたかったら言ってくださいということです、人間に話しかけると思わなくていいんです、壁に向かって話しているみたいな感じで」


 彼女は、あははは、という感じで後半を笑った。

「有難うございます……」


 礼を言ったが、それは空虚だった。文字通り、何も言えなかったのだから。


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