十八話: 寂れた地域にはギルドはない
女キャラと一緒に着替えるシーンとか……こいつマジラノベ主人公
血に染まった服がバレるといけないからと、少し離れて見ているが、実に楽しそうだ。
少頃して大きな紙袋を抱えて戻ってきた。昔のドラマに出てくる主婦かな?
「凄く安かったですよ、これだけ買ってもたったの十モルでした! 私の分も買ってもですよ!」
そ、それは凄い! 良く解らないけど! とにかく「おおお」といった顔をして誤魔化す。
するとあの珍発明は服が幾つか買えるぐらいの値段だったのか……高いな。
「殿下の趣味は解らないんですけど、なるべく良さそうなものを選んだつもりです……。でも少し背が高すぎるから……あ、いや、それが悪いって話じゃないんですけど」
「あ、いや、どんなもんでも大丈夫です……。服を買いに行く服が無いみたいな人なんで、ぶっちゃけ着られればなんでもいいです……」
服なんて何でもいいです。着ないと寒いし、暑いし警察に捕まるから着ているだけで他に意味は無い訳です。
「着替えの場所が必要ですね、こんな往来で着替える訳にもいきませんし」
ちょっと人混みが緩和されてきたとは言え、それでも結構な人がいるのだから止めておくのが賢明だろう。
またさっきの様に路地に入ってちょっちょいと着替えればいいかもしれないと巫女さんに言うと、それはちょっと……と言い濁る。あ、考えてみれば女の子に路上で着替えればいいやん、と提案している事になるから良くないね! とんだ変態になるところだったよ!
でも結局そうなったんだけどな、人の通らない路地で適当に着替え始めることとなった訳だ。
「こっち見ないでくださいね」
「お互いにそうでしょう……」
何を言ってるんだと思うでしょうが、実際にあったことです。
並の主人公ならば、ここで振り向いてしまって、半裸の巫女に殴られたりするのが常道なんだけど、俺はね、そんなことなかったよ。まったくもって振り返る事なんて無かったからね。
というか男女が背中合わせで着替えるだなんて小学生以来だなぁ……。
――ああ、遂に路上生活者の真似事までしなければならなくなってしまった……。
殿下はさつきからこのようにウジウジ泣き言を言っている。木の箱とかを積んで通りから見られないようにしているのになぁ。まあそういう問題ではないか。
[王族は戦争の時に真っ先に戦うんだろ? 戦場で着替え位どうってことないだろ?]
――確かにそうですけど、でもやっぱり嫌なもんは嫌です。というか、ここ二日程度で僕の常識がガラガラと音を立てて崩れていくのが怖いというか……。
[まあ……それは同情する]
――主にニシカワ殿の所為でもありますがね。
[えっ……]
確かにそうだけどそれを受け容れていたら俺の精神も壊れてしまうので着替えに集中しよう。
さて……着方が分からん、と思ったガイウス向けの豪奢な服より巫女が露天商から買ってきた飾り気の無い服の方が俺の好みに合う。色も緑で趣味に合う。ズボンに当たる部分は煤けた黒だったのもいい。
しかし、どんな服かと説明するのは少し難しい、衣褌っていうんだけど、きっと名前を言うより、日本神話で男の神々が着ているような服なんだ、ちょっとぶかぶか目の作務衣を帯で締めてるような服なんだと言った方が通りがいいかもしれない。ここの国に入った時から多くの男性がこれを着ているのを見てたから気になっていたが、ここでは一般的な服なんだろうな。でもちょっと帯長すぎない? 何重にも巻かないといけなくなってちょっと野暮ったいぞ?
でもなんだろう、日本史を勉強していた頃のイメージで、衣褌とか彼女が着ている貫頭衣ってなんか古墳時代の人みたいな感じがするわ、巫女を見て思った感覚を今やっと言語化出来たわ。勾玉でも首から下げたら完璧にもう歴史の教科書に載ってる古代人だな。でも、例のナポレオン帽子を被っているから絶妙にダサい感じがする。
「良くお似合いですよ、殿下!」
お、おお……どうも……。っていつ振り向いて良いって言ったかな? こっちが不意に振り向いたらきっと怒るだろうに。これは不当であるぞ、まあ、こんなこと面と向かって言えないんだが。
「あ、有難うございます、そちらも良くお似合いで」
彼女はまた同じような服に着替えていた。色合いも変わらない。
「ですかー? ありがとうございます」
くるりとその場で廻って見せた。元気ですな。
「じゃあ、行きましょう。日が暮れちゃいますよ」
「え、今日もうこの国を抜ける訳ですか?」
「そりゃそうでしょう。この国は狭いですし」
よっこらせと、肩掛けから地図を取り出す。っていうか何でも入ってるなその鞄。そんなに大きく見えないのに。きっと四次元に通じているんだろう。
示された地図はアンギリアリ周辺のものであった。南北に拡がる楕円形のアンギリアリ領、これの少し尖っている辺境の地にアルセイの森と書かれていた。え、広大だと聞いていたアルセイの森がこれぐらいの小さく描かれているってことは……。アンギリアリ領自体結構広いのな。
で、そのアルセイの森の手前を東西に細長い国の一部が横切っていた。まるで壁を築くように。成程、アンギリアリ領は森の手前で別の国、と言うかこの今、俺らがいる国に分断されているのか。
その国自体はそこまで小さいわけでは無いが、今俺らがいる場所から真っ直ぐ森に向かおうとすれば、横断しきるのに確かに時間はそうは掛かるまい。
最初に地図を見せてくれればよかったのに。
「それに、治安があまり良くないみたいですしね……。盗賊がまた出てこないとも限らないですし」
「それは……そうですね」
「商人の国として名を轟かせるアンギリアリにはああいった手合いは少ないのですが、この国には多いようです」
何かメモを見ながら彼女は言う。そうか、そういう事前情報があるんだったら俺にも共有してほしかった。
「これだけ大規模な屋台街があるのに商人の国ではないのですか、ここは」
再び大通りを出て只管森に向かいながら話を始める。もうすっかり人混みはまばらとなって、現代に喩えるとシャッター通り商店街の如く静かになった。ああ、成程……。
「わかって頂けたようですね、そういう事です」
俺の表情の変化を敏感に受け取って彼女が頷く。
「この地域の元々あった商店はもう殆ど生き残っていません。理由は色々あるのですけど、詳細は忘れてしまった訳ですが……少なくなってしまって、歯抜けみたいに残ってしまった所で商売するより固まって商った方が何かと効率がいい、また安心安全ともいえるからあのようになっているみたいですね、頭をひねれば結構な事が出来るようです。殿下がお褒めになって下さればみんな喜ぶかもしれませんね」
俺が賑わっているな、楽しそう。と思ったことが実は人々の苦肉の策だったなんて少し笑えるだろうか? 悪趣味かもしれないな。考えてもみろよ、他人が仕方なく始めたことを「そうだよ、それでいいんだよ」なんて肯定しちゃうこと。例えばさ、とっても美味しく作れる自信がある料理を友達に振る舞おうとして、冷蔵庫を開けて初めて「必要な材料が無かった」と気づいたときにはもう友達はテーブルにいて俺の料理を今か今かと待ってるんだ、買いに行く時間がない。だからその必要な材料を抜かすか、それに似たものを使って急遽作る事になるんだ。自分としては味見して「いつもと違う……」と思いながら給仕するけど、それを友達が「これ凄く美味しいよ!」と褒めたらどう思うだろうか。
違うそうじゃないんだと思いながら曖昧な笑みを湛えることしかできないんだ。
怪我の功名や人間万事塞翁が馬なんて話もあるかもしれないが、褒められた方は複雑な気持ちになるんじゃないかな。
だから……なんていうか、何かを褒めるって俺には出来ないんだ。