十五話: にぎやかな都市と死の予言
戦いの前に死の予言を下されたら、いくら信じてはいなくても心に引っかかり些細なミスを出して
結果的に死んでしまう。これが予言の正体ではないかと言われている。
例の森へは一度外国に入って、出なくてはいけないらしい。まあ、通行証は陛下から貰ってきた様だから問題無さそう。ここでお約束なのはあのポンコツ巫女が何処かにそれを失くしてしまう事だが、流石にそれは無かった。
関所は完全に往来自由だった。これなら通行証も糞もないじゃないか、と俺はガイウスに訊ねた。さっきまで連合王国がどれだけ優れているか熱弁していた彼に訊くのが一番いいだろうと思ったらからだ。
――つまりは物の行き来が自由になるのです。商売に楽でしょう?
[確かにな、楽でいい]
――いくら国だなんだと言い張っても、一つ一つが小さい国なのですから一国の生産で一国を養うのは大変な国もあるのです。そこで、近隣と交換しつつ暮らしていた訳です。それの延長です。
鉄山などはどちらの国に属するものなのか、という争いがありまして、じゃあいっそ戦争するぐらいなら共同で持たないか? という話になりまして、鉄山共同事業体などの経済共同体がつくられました。それに伴ってまあ、人と物の行き来を自由にしたわけですね。
[凄いなァ、ただ偉そうなだけじゃ無かったんだなあ、ガイウス氏]
――これは王族として知らねばらないと事です。歴史は特にね。
[なんていうか、いい意味でエリート意識持ってて好き]
――好きって……僕は男は好きではないですよ。は、もしや、あなたが結婚なさらないのも……!!
[そういう意味で言った訳ではない]
国会答弁とか記者会見のような反論をして遮る。
「ほらほら! 凄いですよ! ここの名産みたいです!」
昔は屈強な門番が睨みを効かせていた関所、今は只の門を潜りぬけてから彼女ははしゃぎっぱなしであった。何処の国もそうなのだろうか、別の国に這入ったらすぐに雰囲気が変わるのだ。
アメリカの国境を超えてメキシコに入るとそこは別世界だったような感じで。
屋台の数はアンギリアリより少ないが、それでも負けないぐらいの美味しそうな香りと賑やかさである。屋台も木で作られた大きくて立派なものから、筵を敷いて商品を並べている者まで範囲が広い。
それだけではなく、大きな籠を背負った行商人、一昔前の駅弁売りみたいに商品を積んで歌いながら売り歩く楽しそうな人々。そのすべてがこの国の平和を物語っていた。
「ほらー殿下ぁ、謎の道具ですよ、そそられません?」
熊手のもう一方にヘラが付いている、十五センチぐらいの奇妙な道具を並べている屋台の前まで俺を引っ張る。
「確かに謎だ……フォークとナイフを一緒にしたような珍発明だ……」
「それはなんだか知りませんが、謎な道具っていいですねぇ」
この巫女は謎の道具が好きらしい。うっとりしたような眼でこれらの胡散臭い道具を眺めている。
「お、お姉さんお目が高いョ、こらぁね、すんばらしい発明なんだぜ、名付けてカキベラよ。これを何に使うかってぇと」
屋台の店主だろうか、目の細い、大きな帽子を被った謎の女が対応してくれる。何で江戸っ子みたいな口調なんだろう。別に本当に日本語の江戸弁で喋っている訳ではないだろうけど、このような口調に脳内翻訳されているってことは、そんな風に訛っているのだろう、この国の言語で。
「この先が分かれてるとこでこんな風に……」
帽子を脱ぐと、今までどうやって纏めていたのだろうと疑問に思うような量の金色の髪の毛が溢れ出た。屋根に覆われた屋台の奥に居ても分かる位の煌めきを放つ髪。そして、そのヘラの熊手になっているところで自らの髪を梳った。え……ええ……櫛なんですねこれ。
「わーすごーい! 髪が纏まります!」
え、ええ……櫛ってこの文化圏にないの? あるでしょ、無いわけないでしょ。
「でもこれだけじゃあ只の櫛、このカキベラはそれだけじゃあない。秘密はこの持ち手。ヘラになってるでしょ、こっちで……」
バターナイフ状になったヘラでまたしても……髪を整えた。
「え、すごーい! なにこれなにこれ、分け目がちゃんとできます!」
――何を言ってるんでしょうねこの人たち。
[女の美意識は解らん]
「どうだい、今ならたったの 十モル!」
化学的な単位ですねここの通貨。
「あー待ってください、今は」
「おうおう、これは大商会に持ってったら化粧箱付きで四十は下らない代物だよっ! 綺麗な姐さん、お嬢ちゃんが下さい、下さいぜひ下さいと仰るならば、今日はそこまで取りますまい、ええい! それなら八モル、これでどうだっ! 駄目? じゃあもう出血、首切った心算だっ、五モルでどうだ持ってけ泥棒!」
元気だ事。まあいいや……買うか買わないかは彼女に任せよう。これは経費で落ちるのかな……?
「今はここの通貨持ってないんです、両替してこないと!」
昔のたたき売りみたいな店主に驚きつつ、あたふたと手を胸の前で振って釈明する。
「おおっと、そりゃあ仕方ないなァ、いっといで、とっとくよ」
陽気に手を振って別れる。すぐ後ろからまたあの威勢のいい物売り口上が聞こえている。
[両替が必要なのか? 通貨は統一されてない?]
「ええ、そうですよ? まあ、一々不便ですけどねェ……」
「だろうに。統一されなかったのか?」
「どれを基軸通貨にするかで揉めたんですよねー。だから先送りになったみたいです」
「成程……」
ユーロのように新しい通貨を使用しようと思っても、現状出来ないのか。未だ金貨とか使ってる段階だと。
「ああ……早く両替しないと……」
お目当ての商品が今すぐに手に入らない事にショックを受けた巫女さんはフラフラと看板を見ながら両替所を探す。ちょこちょこ人に道を訊きながらやっと辿り着く。それは屋台ではなく、そこそこ綺麗な石造りの建物だった。
店の前に黒板(文字通り真っ黒い板)が置いてあって、掠れた白い文字で数字が書いてある。現在の交換レートだろう。
この世界にも黒板とチョークがあるんだなァ……。
「あ、殿下、全額両替はしませんよ、わかりましたね、変な物を買ったらダメなんですからね!」
「あ……はい」
それは真っ先に自身に言うべきことなのではないのかしら。
店内には入らず、外で待つこととなった。店内が異様に混んでいるから直接は窓口に用がない俺が入っても仕方ないのだ。
――ここもアンギリアリと相変わらずうるさいところですな……。ちょっと疲れてしまいました。ニシカワ殿は疲れていないご様子ですな。
[そうねぇ、俺の元いた場所なんてこんな感じだったよ。商店街があって、まあ寺もあってさ、年百年中人だらけよ]
――成程、しからば息も切れますまい。
[まあほら、お前さんはあれでしょ、家が広いだけの引きこもりでしょ?]
――ま、まあ……否定は出来ないというか、まあ、ここまで屋外にいることも無いんでね……。
[庶民と一緒にいることは無いもんな]
――そうですね。というか、案外僕のこと気づく者はいないんですね。
[こんなに人がいるのに誰も気づかないってのも確かにな、不思議ではあるかも、写真とか出回ってるんだろう?]
定期的に刊行される新聞があるのかは知らないけど、写真技術があるなら、彼らの「御姿」だって民衆の知るところとなっている筈だ。
――だとしても……市井の人々はそんなの一々気にしてないのかなぁ、と思うともうどうでも良くなって来ちゃいますわ……。
意気消沈した声。今まで王様、貴族だと持て囃されてきた経験しかないガイウスには堪えるのか、それとも違う理由なのか。
[ま、ほら、つーかこれからっしょ]
何故か俺が励ます側になっているのですか。
「でーんか、何をそんなに思いつめているのですか? 明日世界が終わるというお告げを貰ったようにしょげていますね」
いつの間にか例の巫女が横に立っていて、顔を見上げている、おっと女にここまで接近されると俺、ニシカワの精神が危うい。
「いや、何でもないです……はい……」
二、三歩下がる。距離を取りたい。出来ればあと五歩は。
「そこのお方」
俺が後ずさろうとすると、前から老婆が声を掛けてきた。昔は純粋な黒だったであろう、白く毛羽立った、ゆったりとした服に身を包んだ皺だらけの老婆。あまり背は高くない。元からなのか、その年月がそうさせたのかは知らぬが、小さかったが、それなのになんだろう。この違和感は。
「申し訳ない、驚かせてしまったか、しかし、警告しよう。あなたはじきに死ぬ、明日には死んでいる。そういう運命だ」
しゃがれた声だ。絞り出すような声。言葉の端々に、いやらしい笑みを湛えていれば、もうそれは伝承の中の魔女そのものなんだが、彼女はそうではなく、実に真摯に俺に警告しているように見えた。