十三話: 暗黒神話とそれを語る巫女
ラッキースケベには多分二種類ある。
突発的に風呂を覗いてしまうような「消極的ラッキースケベ」
なんらかの要因で異性の身体に触れなくてはならなくなる「積極的ラッキースケベ」
今回は後者
[金の管理はこの巫女だよな……?]
――え、ええ……。
そう、生ける財布は今絶賛机に突っ伏して熟睡中である。多分財布はあの肩掛けの中にあるに違いない。
「起きてくださいよ」と幾度か声を掛けるも無反応。死んでしまったのかと思ったが、実際そうではないらしい。偶に「フゴッ」とか謎の鳴き声が聞こえるから……。
「すみません、この女が財布を持ってるんで、ちょっと漁ります、待っててもらえます?」
「ん。ああ、大丈夫だ」
よし……っと……。ランタンを近づけて貰って鞄の中を漁るが……無い。謎の本とか、謎の道具(まあ、祭祀用だろう)とかはあるのに、財布らしき財布が無い。勿論巾着型かもしれないと思ってごそごそと漁ったが、それらしきものは無い。
え、これまずくね。
――後から使いの者に払わせよう。
暢気な声のガイウス。
[俺らに使いの者なんているか? つーかこの女が使いの者みたいなもんだろっ!]
――あ、ああ……。
「おい、まだか?」
ああ、どうしようこのままじゃ無銭飲食なんだが。怪異討滅の前に牢獄インなんですけど、多分。
も、もしかしてだが……。
「こういう服って……懐とかに袋ついてませんか?」
「んー? ああ、羽織についておろ」
胸を叩く店員。成程……?
よっし……胸か、だぶだぶした袖に入っている筈だ。机に突っ伏しているので腕回りは確認できそう。パフパフと触るが確認できない。とすると……そうですね、胸ですね。このタイミングで起きられたらまっずいことになりませんかね。なりますね。あああああっチクショウ、旅館で財布出すとこ見とけばよかったぁぁぁっ!
「今から、彼女の胸を漁りますけど! なにもしてないって証言してください! マジで、たのんます!」
「お、おう……」
店員に引かれる程拝み倒して了承を貰う。
――この姿でこんなことしないといけないだなんて……。
[ガイウスの気持ちはわかる。これは流石に同情する]
考えてもみてくれ、何らかのトラブルがあって、好きでもない女の胸付近に手を突っ込まなきゃいけない状況を。しかも、飲んだくれてて変なスイッチが入ってそうな奴相手に!
そもそも机に突っ伏して寝ている相手の胸付近を漁るってどうやるんだろう。一旦椅子から降りて、そーっと彼女と机との間に手を侵入させないといけない訳ですよ。ああだるい。
うんたらしょっと……ほいで……? しゃがんで着物で言う合わせる部分に手を入れる。ないぞよ……あれっ……ホントにこいつ財布持ってるのかな……?
「……ん? ああ……?」
目が合った。店員が提げているランタンの灯が彼女のオレンジ色の瞳をより一層美しく見せる。
「あ、はい……」
御挨拶しましょう。ハァイ。
「……! ぎゃああああ!」
はい、知ってましたっ! そんな感じで騒がれるってこと! 周りの視線が痛くなるだろうと思ったが、うむ、暗いし皆めいめいの食事と会話に夢中でいてくれてよかった……。
「な! なにするんですかっ! アレですか! アレなんですか! 強姦ってやつですか!」
自分の胸を抱いて、しゃがんでいる俺を睨みつける。
「残念なことにそれは違う。寧ろ食い逃げという罪を犯したくなかったからこうしたんだ」
「な、ざ、残念ってあんたっ!」
ああ、どうもこの巫女は頭が残念な様だ。尤も最初からそんな気がしていたけどちゃんと予想が当たって嬉しいよ。出来れば外れて欲しかったけどね。
「お金の管理はあなたでしょう? お休みになっていたから財布を借りようかと思ったんですが、カバンにもなく、仕方なく袂を探らせて貰ったんです」
「……! ……そ、そうですか……す、すみません……」
もっと明るかったら、彼女の表情と顔色の変化がもっと劇的に見られただろうに。
彼女はコイン入れを首から下げ、服の下に入れていた。成程わからない訳だ。
店員は「やっとか……」という顔をして硬貨を数枚受け取ると、俺らに退出を求めた。はい、もう出たいですし。
夜は深かった。街燈やビルの照明、自動販売機の光に慣れ切っていた俺には深すぎた。天上を見ると瞬く星々。何故、空の神話が生まれたのかが分かる。こんなに目立っていて、身近だからだ。俺の住んでいた場所では精々三つ四つ特に明るい星が辛うじて見えるぐらいだが、ここでは違う。星など見るまいと心に誓ってもそれは叶わない。数秒に一回は流れ星を見ることが出来そうだ。これなら週に一度は願いが叶うかもれしない。
「殿下ァーなにつっ立ってんですかーぁ」
「あ、すみません」
「そんなに空が珍しいですか?」
「ええ、あまりこのような空は見たことがありませんから……」
「宮殿に閉じ込められていると星すらも見た事が無いのですか?」
「そういう訳ではないんですけど……」
[星ぐらい見るよな?]
――あー、見るかもしれませんけどそこまでマジマジとは見ませんよ……。
だよな、慣れてしまえば見上げることも無くなるだろう。俺だってきっと二週間後には空より足元を見て歩いている筈だ。かつて人々を畏怖せしめた電燈に俺は何の感慨も持たないからだ。
「星の話聞きたいですか?」
いつの間にか俺の隣にいた巫女が訊く。反射的に俺は頷いていた。
巫女曰く、この世はどうも丸い世界だと言う。黒い海にぽっかりと浮かんでいる丸い物だそうだ。傍証としては高いところに昇り、ずっと遠くを見ると端が丸まっているから。それに、遠くから来た船の帆が一度に全部見える訳ではなく、帆の上の方から見えることからこの世は丸いんだという考え方になったそうだ。その他にも色々な証拠が挙がっていて、この世って大体丸くね? という結論に落ち着いているらしい。
この世は黒い海に浮かんでいて、あの星々も同じように黒い海に浮かんでいるこの世位の大きさの星なんだと言う。小さな光に見えるのは、それは実は果てしなく遠い距離にあるからだそうだ。
……っていうかここまで聞いたら基本的に地球と宇宙の話じゃん。神社育ちって凄い。
ビッグバンとかそう言った話にはならなかった。何故なら、その星々を作ったのが、神なんだそうだ。
「光の神が生まれたから、この黒い海に光が生まれたって訳です」
「成程……太陽が生まれたから? みたいな?」
「そうですね、私たちは基本的に星読みの巫女ですし、星を読むと色んな事が分かるんです。いつ種を蒔けばいいのか、いま自分たちがどこにいるのか、そして、明日何があるのか……とか」
まるっきり史実と一緒だな。それはあまり変わらないんだな。
「何でもわかっちゃうのにどうして尊敬されてないんでしょう? あなた方の知識に皆は縋る必要がある筈」
「それは、ハルミシ様の所為……というか、ハルミシ様の代からなんですよね」
「ハルミシ……様」
「ええ、曾ては、というか……大分、昔の話です、殿下の仰るように私たち巫女は星を読み様々な事を知りて民草に教え、それに引き換えに崇められ、政の一角を、時には中枢を担ってきました」
[知ってた?]
――あーなんか小さい頃にやった気がします……。あんまり歴史に興味ないんでアレでしたけど。
「しかし、ある巫女頭が居ました。彼女は門外不出の星読みの法を外に出しました。道具の作り方も広めました。それで民は自らの手で星を読み、この世の理を知ることが出来るようになりました。これが、三百年程前の話です」
「それが、ハルミシ様という……」
「そうです。まあ、そのお陰で草莽から新しい知見を得て、星読みの法はどんどん洗練されていきました」
「よかったじゃないですか」
「まあ……そうですけどね、今の私たちからすれば、良い事です。しかし、どこの世界にも嫉妬に狂う者がいるのです。知識を独占できなくなったことに腹を立てた一派がいまして、ハルミシ様を殺したのです。もう殺したって意味が無い時期にです。もう民衆が知識を得た後にです。どう考えても殺す必要は無かった」
「それで……どうなったのですか?」
「わかりません、その一派は何処かへ消えました。行方は杳として知れず、歴史書から姿をくらまし、現在に至るのです」
「成程……ではもしハルミシ様が知識を皆にあげなかったら……」
「今でも偉そうに王族となんかやってたかもしれませんね……あ、す、すみません……」
王族に対して「偉そう」とか言ってしまったことに対して謝罪しているが、中身は俺なのだ、気にすることは無い。
「ありがとうございます。ここだけの話、俺は歴史とか大衆文化とか……神話とかに実は疎くて……良く質問するかもしれません。その時はどうか答えてくれませんか」
「ええ! それは勿論!」
暗くてよく見えないが、きっとあのニカーっとした笑顔で答えたのだろう。
――とか何とか言ってますけどね、あんまり聞きすぎるとボロが出ますからね……。
[お、おう]
王子様に怒られたけど。
星と月明かりでここまで歩けるのか! と思った。俺の隣を歩く巫女の輪郭は確かに見え、足元も転ばない程度には確認できる。
「さて、明日は早いですからね、陽が昇ったら起きて出発しましょう」
旅館の入り口で別れた。
暗い中にずっといて、目が慣れてきたのだろう。労なく部屋へ入ることが出来た。
なんか疲れたな、おやすみなさい。