6話:演習終了
戦闘を終え、テアナはマールを探しに行きます。
その頃、マールとルイス神父は……
最初はただの演習だった。
でもどういうわけか、今は異国の侵入者と命の取り合いをしている。
それ自体は、別に戸惑いはない。少し前までの、彼女の日常だったんだから。
昔と違うのは、仲間がいることだった。
『グォォォアアアアア!』
突然、耳が割れるような雄叫びが響いた。どこかに隠れていた魔獣が数体、襲いかかってきたようだ。
人間の体に山羊の頭、それに大きな翼を持った悪魔じみた化け物だ。手には槍のような物を持っている。
どうしてこういう化け物達は銃を使わないんだろう、なんてことを思った。でも、よく考えたらサブマシンガンで武装した悪魔なんてどうもイメージに合わない。やっぱりファンタジーの産物には、ファンタジックな武器が相応しいだろう。
とは言っても、槍と銃の差は歴然だった。
姿を見せたと同時に、全員の頭にヒットさせる。すると、例外なく体は空気に溶けて消滅していく。
一秒もかかっていない、我ながら優秀だと思う。
「……自慢の魔獣達は時間稼ぎにもならなかったわね」
どこに隠れていたのか、魔獣達が拘束されたルイスを助けようと襲いかかってくる。だが、マールに死角はなかった。
あらゆる角度から来る気配を察知し、的確な対処をするということなど彼女には朝飯前だった。
「まずは、あんたが操ってるこの森の中にいる魔獣の動きを止めなさい。できるんでしょ?」
有無を言わさず銃を突きつけて脅す。
抵抗するかとマールは思ったが、ルイスは案外素直に従った。
「ストップ」と一言呟くと、少し前までマールに敵意を向けていた魔獣が急に大人しくなったのだ。
どういう理屈かは知らないが、彼が命じるだけで森中から悪意が消えた。
「動かないで」
そして間接を極め、一切身動きが取れないように拘束した。更に後頭部に銃口を押しつける。
典型的な犯人と人質の構図だが、マールには微塵も余裕はなかった。
「言っておくけど私はあんたの瞬き一つだって見落とさない。妙な行動を起こせばすぐにでも殺すつもりだからね」
だが今のところ、そのような兆候は見られない。心拍数にも乱れはないし、平然としている。
それが余計に異常さを際立たせていた。
自分の命を握られているというのにまるで動揺している様子も、緊張の色すら見えない。
その異常さに、マールは気付いていた。だからこそ、一瞬の油断も許されなかった。
例の本はすでに取り上げてある。
そして、それがなければ何も出来ないはずのルイスに銃口を押しつけ、圧倒的優位に立っている。
しかし気がかりなことがあった。
仲間たちのことだ。
不安や焦りが沸々とわき上がってくる。
セシル、ディム、ルーンが魔獣に食われてやしないか。ディムとルーンはともかく、セシルは魔法が一切使えない。
まぁそれを補って余りある他の技術があるが、やっぱり心配だ。
ここでダラダラと尋問している暇はない。
「……あんたが何者か知らないけど、とにかく軍本部まで来てもらうわ。抵抗したって無駄よ、この森の外には一級軍士が控えてるんだからね」
(こいつをテアナ先生に引き渡す。あとは上手くやってくれるでしょう)
「クックックッ……」
声を漏らして笑うのが聞こえた。
「何が可笑しいのよ」
「いえ……抵抗などしませんよ。それに、あの人はまず出てこないでしょう」
「どういうことよ」
マールは更に強く銃口を押しつけた。
ルイスは臆した様子は全く見せない。あくまでヒョウヒョウとした態度を貫いている。
「あんたテアナ先生を知ってるの? 大した自信ね。でもこの状況じゃ何も出来ないでしょう?」
「えぇ。今の私にはこうして、べらべら喋るくらいのことしか出来ません。本も取り上げられちゃいましたしね」
あくまで余裕の表情だ。
それが気に食わなかったが、挑発に乗るわけにもいかない。
「しかし、さすがアイボリー家の娘さんですね。しかも固定魔法の後継者とは。確か、まだお父上はご存命だったと思いますが、何故あなたに譲り渡したんですかね。ちょっと早すぎる気もしますが……」
「うるさいわね」
そう言って極めていた腕を更に強くひねった。
「痛たた……」
「私の機嫌を損ねて殺されたいなら、今すぐやってやるけど?」
「……いえ、あなたはやりませんよ。感情に流されて情報源を断つような馬鹿な真似はしないでしょう。そういう人ですもんね、あなたは」
全て見透かしたような言い方だった。自分は殺されはしない、と。
タカをくくっているわけじゃなく、確信をもってルイスはそう考えていた。
事実、マールも殺すつもりはなかった。ただ軍部に引き渡して拷問し、情報を引き出す。まぁ、それは向こうの仕事だから関係ないのだが。
「……私の何を知ってるってのよ。調子に乗らないで」
「この国に忍び込む前に色々調査しましたから、ある程度のことは知っています。まぁ少しお話しましょうか」
そう言ってゆっくりと語り始めた。
「マール嬢、不思議に思ったことはないですか? どうして自分はこんな力を持っているのか」
「家柄よ」
マールは素っ気なく答える。
「えぇ。あなたの家はとても優秀な戦闘屋の一族です。元を辿れば、数百年前の戦争で活躍したある魔術師が始祖と言われていますね」
「……そこまで調べていたの。だったら何よ」
「魔術師とは、文字通り魔法を使う者。では、その魔術師の始祖は誰なんでしょうか?」
「…………」
マールは前に授業で習ったことを思い出した。
『何百年も昔、突然使えるようになった人がいたそうです。私たちは、そんな人達の子孫。だから魔法が使えるというわけです』
そんな馬鹿な、とは思ったものの、実際そうとしか伝えられていないらしい。
「ある日突然、使えるようになったらしいわね。理屈は知らないけど」
「ふふふ……」
ルイスは薄く笑う。
この男も、出会い頭に魔法をぶっ放してきた。
この国で使われているものじゃなかったが、どこの国にも魔法という文化はあるだろう。
「そう習いましたよね。まぁ確かに世界中のどの文献を調べても、そうとしか言いようがないと書かれています。でも、どうしてなんでしょう? なぜ、今までブラブラと寝て起きて飯を食うだけだった村人Aが、突然魔法なんてものを使えるようになったんでしょうか?」
この国に限らず、全世界に人間は何千万といる。そして、そのほぼ全ては訓練すれば魔法が使える、いわば魔術師だ。自転車に乗ったり、泳いだりするのと同じで、今では技術として確立されている。
「さぁね、まぁ使えるもんは使っとけってことで、いいんじゃないの。お陰様でいい戦争の道具になってるし」
マールは自嘲を込めて言った。
戦争のために、こんな力が人間に宿ったのなら、力を与えた神はなんて悪趣味で残酷なのだろう。
ルイスは肩をすくめて言う。
「人間てのは所詮ゲスでしてね……力を持てば金儲けと戦争のことしか考えません。だからこそ、この力が宿ったんじゃないですかね」
「どういうこと?」
何が言いたいのか分からなかった。マールは先を促すと、頷いて言った。
「ある時を境に、人間は進化したんですよ。戦いを欲するあまり、強くなりたいと願うあまりにね。より効率的に、憎い相手をぶち殺せる力が欲しい……無意識にそう思っていた人間達が、本当に進化してしまって手に入れた力」
「……そんなこと」
だが、マールはそれを否定できない。頭のおかしい男の妄言だと笑い飛ばすことが出来ない。
その黒い部分の最前線で戦ってきて、これからも戦い続けるマールには。
そして、そのマールの心の内を見透かすようにルイスは続ける。
「戦争で使わなくて、人を殺さなくて何の魔法ですか、という話ですよ」
その言葉が胸に突き刺さった。それはまさに、自分のことだったから。
神の領域に手を出し、血みどろの戦いと引き替えに莫大な富と名誉を得る悪鬼。
魔法という力に目覚めた人間が、戦争を引き起こす。そして自分はその戦争で活躍した人間の子孫だ。そしてそこから何百年もたった今でも飽きもせずに同じ家業をやっている。
人間というものの愚かしさを集約していくと、自分という人間に行き当たるのだ。
「……固定魔法は?」
マールは絶望に飲まれないよう、思考停止して冷静に尋ねた。
「それなんですよね」
ルイスは困ったように笑った。
「魔法を手に入れた人間が、それこそあらゆる技術を駆使して作られた魔法の結晶。それが固定魔法です。ただ、今ではその製造方法は失われてしまいました。戦争の道具としては一級品です。ただ今では再現できる人はいませんね、残念ながら。……まぁ、だからこそ私達は固定魔法を集めてるわけなんですが」
マールはルイスが最初に言っていたことを思い出した。
どうやら、この男はエア・アンカーを狙ってきたということ。
そして、今までの話からこの神父には仲間がいて、そいつらが固定魔法の収集をしているということが分かった。
「何故、私のエア・アンカー……いや、固定魔法が必要なの?」
そう問いかけてみた。だが、ルイスは薄く笑うだけで
「理由を言えば、くれますか、それ?」
確かに。どんな理由があろうとマールがエア・アンカーを渡すことはなかった。
それを分かっていて、話さないのだろう。回収するには、殺して奪うしかないことが分かっているから。
「ふふ、論外ね」
マールも冷たい笑みを浮かべて答えた。
これ以上この男の戯言に付き合ってやることもない。自分は自分のやるべきことをやればいい。今まで通り。
ルイスは拘束している。あとは連絡が行くのをただ待つだけだ。
(魔獣達の気配も消えたし……セシル達はテアナ先生と連絡とれたかな。結構時間経ったけど……)
マールは知る由もない。セシルが誰と戦っていて、どれだけ苦しい状況かを。
「ところで、マール嬢」
ルイスがまた話しかけてきた。
「何よ」
「今何時ですか?」
何かと思えば。たしかに、演習を始めた頃と比べて周りは大分日が落ちている。かなり普通に演習していた時間と合わせてもずいぶんと時間が経っているだろう。
マールは時計に目をやり、時間を告げた。
「そうですか……では、そろそろ門限の時間ですね」
「え?」
「いやね、私達には門限が決まってまして……。それを過ぎたら死んだものと見なされて全ての登録情報が抹消されるんですよ……それは困るでしょ?」
そう言うと、ルイスは口から何か取り出した。ひもの付いた鈴のようなものだった。
そして、鈴のひもを器用に引っ張って抜き、ひもが取れて鈴の部分だけが地面に落ちた。
その瞬間だった。
ジリリリリリリリリ!!!
「っ!?」
音自体は目覚まし時計のようだったが、それとは比べ者にならないぐらいの大音響が鳴り響いた。マールは思わず耳を塞ごうとする、が腕を極めているのでそれは出来ない。
「さて、そろそろ私は帰らせてもらいますよ」
「あ、あんた何を……」
言いかけて止めた。何か大きな気配が迫ってくるのを感じたから。
上からでも、四方八方どこからでもない。
下だった。
ザバァッ! という音とともに、巨大な生物が現れた。
「……鮫?」
大きな顎にびっしり生えた牙は、まさに鮫だった。どうして鮫がこんなところにいるのか分からないが、危険性は火を見るより明らかだった。そんな鮫の魔獣が、土の中から飛び出してマールの方へ向けてダイビングしてきた。
適当に見積もって5mはある、でかい鮫だ。迎撃も間に合わないと判断したマールは素早くその場を離れて回避した。
そして、その際にルイスは解放されてしまった。
「クックック、残念でしたね。さて、その銃を頂きましょうか」
鮫のダイビングの衝撃で、さっきまでマールがいたところには大量の土砂が舞い散った。そのせいで、姿が見えない。
「まだ魔獣がいたなんて……」
鮫はルイスの指示を受けるまで地中深くで待機するよう命じられていた。
音に敏感に反応し、どんな小さな物音でも見落とさずに獲物として認識するこの魔獣にマールが気付かなかったのも無理はなかった。
ルイスはその隙に落ちた本を拾っていた。そして、まだ土砂が視界を覆い尽くしている時に、魔獣を出していた。
「出ろ」
ルイスが出したのは、ムチのような触手を持つ植物の魔獣だった。触手は強靱な強度を誇りつつもゴムのように伸縮性と弾力性に富み、粘着性の液までついていた。
それを、マールに向けて放つ。
「うっ……」
まだ視界も晴れないうちに、何か分からないものが体に巻き付いてきた。はね除けようとするも、力ではどうしようもなかった。
マールはあっという間に簀巻きにされ、さらに口にまで巻き付いてきて一切声が出せなくなってしまった。
「私の勝ちですね」
ようやく土砂が落ち着き、視界も晴れてきた頃、マールの目の前には勝ち誇ったルイスがいた。
甘かった。ルイスは最初から切り札を隠していた。いつでも抜け出せるように。
体は完全に固定され、銃も撃てない。そして口を塞がれていて魔法も唱えられない。完全に詰みだった。
ルイスは動けなくなったマールにゆっくりと近付いていき、手に持っていたエア・アンカーを取り上げた。
「んん……!」
「なるほど……これは素晴らしい」
しばらく手に取ったエア・アンカーを眺めていた。拳銃にしては大きい、それをじっくりと値踏みしながら。
「良い戦力になりそうだ……。さて、あなたには死んで貰いましょうか」
触手はさらに力を強める。そして遠くなっていく意識。
さらに、目の前には巨大な鮫の顎が見えた。今マールを捕らえている魔獣ごと食らうつもりなのだろう。
あぁ、こんなところで死んでしまうのか。
でも、それも悪くない。
これ以上罪を重ねる前に、ここらで地獄に堕ちるのもいいかも知れない。
ルイスの言葉でかなり心を揺さぶられていた。
抵抗する気力すら失いかけていた。その時
「その辺にしといてもらえますかー」
聞き覚えのある声がした。
かと思えば、目の前が急に明るくなった。
何かと思えば、隕石のような巨大な火球が目の前に落ちてくるのが見えた。
(あれは……“墜炎弾”?)
強力な炎の魔法だった。辺りを身を焦がすような熱風が吹き荒れ……
ズゴゴゴゴゴ!!
それは丁度目のまで迫っていた鮫に直撃した。
今まさにマールを飲み込もうとしていた巨大な顎は、爆発音と共に弾け飛んだ。
5mはあったであろう巨大な鮫は、炎の圧力に焼き尽くされ、木っ端微塵となった。本当に跡形もなかった。
そして灰と粉塵の中、彼女は姿を現した。
「まだ未熟ですが、うちの若い逸材でしてねぇ」
「……あなたに出てこられる前に帰ろうと思ってたんですけどね」
ルイスは想定外、という風な苦々しい顔をした。
見た目こそまだ若い女だったが、それがどれほどの脅威かは事前の調べで分かっていた。ルイスとしては、出来る限り衝突を避けたい相手だった。
テアナ・コーランド。アルバートの一級軍士で、アカデミー教官。
一方のテアナはいつもと変わらぬ微笑。この血生臭い場に相応しい様相ではなかったが、彼女は死神だった。
「“炎蛇”」
マールですらほとんど聞き取れない高速詠唱。
それと同時に、テアナの腕から何か黒いものが現れて巻き付き始めた。
(蛇……?)
マールは見ていることしかできない。
テアナの腕にウネウネとまとわりつくそれが、どんどん長くなっていく。そして、テアナが腕を前に伸ばした瞬間放たれた。
ゴウッ!
熱風が顔に当たる。
凄まじい勢いで放たれた黒い炎の蛇は、獲物を決して逃がすまいと凶悪に睨みつけるような迫力があった。
まるで本当に生き物であるかのような変則的な動きで、そのままルイスへと迫る。牙をむき、全て焼き尽くそうとまとわりつく。
「ちぃ!」
ルイスはここへきて初めて舌打ちをし、顔を歪めた。
そして、手に持っていたマールのエア・アンカーを蛇に向けて撃った。
エア・アンカーは、撃ったものを空気中に分解する効果を持つ固定魔法だ。それを考えれば、炎を消すぐらいどうということはないはずだ。
回避も防御も間に合わない状況に置いて、ルイスの判断は正しかったと言えるだろう。
だが、エア・アンカーに撃たれた炎蛇はその一部が欠けただけで、消え去ることはなかった。そして、えぐり取り、焼き尽くすために炎蛇はルイスの腕に牙を突き立てた。
「グアアアアー……!」
灼熱の牙を穿たれ、激痛に叫び声を上げる。
その場に倒れこみかけたがなんとか持ち直し、それ以上の攻撃を避けようと横へ飛んだ。
ルイスの腕を焼いた蛇は、そのまま後ろの林へ突っ込んでいく。そしてそこにあった全ての物を灰にすると、白い光を上げながら天に昇っていった。
「ぐうう……」
掠めた箇所も重度の火傷。牙をむかれた場所に至っては炭化しており、ほとんど使い物にならなくなった腕を支える。
そして、気が付けば一度手に入れたエア・アンカーを落としていた。
「あなたじゃ使いこなせませんよ。固定魔法は扱いが難しいんです」
なぜ固定魔法が国宝に指定され、軍で正式に使われていないかというと、希少価値やその能力の異常な高さに加え、扱いの難しさにある。適切に使えないと、その半分も能力を引き出せないのだ。
「なるほど……確かに。しかし、まさか一級軍士が直々に来るとは……正直分が悪い。とりあえずここは退かせてもらいます……」
「まさか逃げられるとでも思ってるんですかー? 次なんてないです、あなたはこれから尋問と拷問で忙しいんですからね」
テアナは近付いていく。ルイスを拘束するために。
苦痛に脂汗を流しながら、それでも、ルイスは不敵な笑みを浮かべて
「出ろ……」
辛うじて、燃えた腕と反対に持っていた本を開き、呟く。
途端、黒い水たまりが発生して無数の、何十匹もの魔獣が飛び出してきた。
「これは……!?」
テアナは突然のことに驚く。
そしてその隙に、ルイスは自分の足下にも黒い水たまりを作った。そして、まるで地面がないかのようにその中に落ちるように消えていった。
「次は、皆殺し、です。覚悟してて、下さい……」
捨て台詞とともに、水たまりは蒸発するように小さくなっていき、やがて消えていった。
そうしてルイスはアルバートから完全に姿を消した。残されたのは、大量の魔獣だけ。
「全く、めんどくさいですねぇ……」
魔獣の群れに囲まれても全く動じる気配もない。
そして、魔獣たちも、何かを感じたのかテアナには襲いかかろうとしなかった。
その瞬間、死ぬことが分かっているからか。
「まぁでも、可愛い生徒達をいじめてくれた落とし前は必要ですよね。……あと、私が創った人口魔獣も大半壊してくれた礼もね」
そして一方的な、戦いとも呼べない大掃除が始まった。
そう時間はかからなかった。ものの5分もしないうちに魔獣は全滅していた。
「テアナ先生……」
残されたのはマール。ルイスから取り返したエア・アンカーは、彼女の手にあった。
「気を落とすことはありませんよー。想定外の敵でしたし。彼は大体、二級から三級軍士程度の実力の持ち主でした。訓練生が、負けたことを恥じる必要はないですよ」
そうは言うものの、敗因はマールの油断と精神的な弱さに他ならなかった。相手の実力を見誤り、固定魔法を奪われかけたのだ。マールの自責の念は計り知れないものだった。だがそれ以上に、気になることがあった。
「……セシル達は無事なんでしょうか?」
「えぇ。少し怪我してますけど、まぁ大丈夫でしょうねー」
自分がボコボコにしたことなど完全に棚に上げて、にっこりと笑った。
それにマールも釣られて笑う。良かった、と心から思った。
以前の自分にはなかったもの、それを背負って戦った。でも、負けた。天才とはいえ、死ぬときはあっさり死ぬものだと身をもって知った。そして、自分が死ねば、仲間も死ぬということも……。そのことは肝に銘じて、マールは大いに反省していた。
なぜ、人間に魔法の力があるのか。ルイスは戦いを望む心が人間を進化させた、と言っていた。
確かにそれもあるかもしれないが、自分は違う可能性を信じたいと思った。
自分以外の何かを背負うための力だと……。
(ま、どっちにしろ何も変わらないけどね。私があの家系の人間で、これから家業を継いで行くことは、なにも)
だが、今まで通り何も考えないで戦うよりは良いと思った。
暮れ始めた夕陽に照らされながらマールは微笑んで、みんなのもとへ案内するというテアナに着いていった。
いろいろと悶着があったものの、森での長い長い実戦演習はこれで幕を閉じた。
だが、これはまだほんの始まりに過ぎなかった。
偽りの平和が終わり、この世界が真の姿を晒す日がやってくるだろう。
鍵を握るのは彼ら。果たしてどんな結末が待っているか。
セシル達の物語の歯車は、今ようやく回り始めた。
やっと一章終わりました。長かった……^^;
読んでくれてありがとう! まだ結構続きますけどね!