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チェインα  作者: HERMES
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      5話:万象の指輪

セシルが持っていた指輪は固定魔法だった。

そしてその力を使い、絶対的な戦力差にあるテアナとの戦いに逆転の目を見いだそうとします。


 テアナは警戒していた。

 さっきまでは小さなネズミ同然だった目の前の生徒が、今では獅子となって牙をむいている。

 それぐらいの変化が、起きていた。彼の指にはめられている、指輪によって。


「“火柱”」

 テアナは牽制に魔法を放ってみた。魔法自体は誰でも使える簡単なものだが、テアナほどの実力者が使うとなると話は別。強力な炎の塊となって、全てを灰にするべくセシルへと向かっていった。

 セシルはそれを避けようともせず、ただ右手を前に突き出した。

「止まれ」

 止まった。爆発的な勢いで迫っていた炎の柱は、セシルを焼き尽くす寸前で動きをピタリと止めていた。

「万象の指輪、身につけた者にあらゆるものを操る力を与える固定魔法……。そう聞いてましたけど、魔法も操れるみたいですねぇ」

「そうみたいだ、な!」

 セシルは腕を払う動作をする。すると、止まっていた炎がこんどは凄い勢いでテアナの方に向かっていった。

 しかも、さっきよりも炎の勢いは増していて、今にも飲み込もうかというほどだった。

 テアナはそれを難なく避けようとした。だが

「分けろ」

 セシルがそう言うと、一つの塊であった炎が、角が生えたように分かれ始めた。

 炎は、まるで矢のように細い筋になってあらゆる方向に拡散された。

「……ちぃ!」

 テアナは少し驚いて、炎に当たる直前でストップして避けた。

(炎を完全に操ってる……すごい)

 元々はテアナの放った魔法だったが、それを奪い、完全に自分のものとして使っている。テアナには信じられないことだったが、やはりセシルは指輪を使いこなしているようだった。

「やりますねぇ」

 厄介だった。しかし、どうしてか分からないがテアナには笑みがこぼれる。久々に本気でやれるかもしれない。

 テアナは根っからの戦闘狂だった。

 一方セシルは、初めての感触に驚いていた。

(こりゃあすごいな……)

 指輪をはめたのは初めてだったが、指にピッタリフィットして、全く違和感がない。まるでセシルのために作られたかのようだった。

 そして、この能力。はめた瞬間から、その使い方が頭の中に流れ込んできた。何がどこまで出来るのか、何に対して有効なのか。

(見えない手で掴むような感覚……物体だけじゃなく、魔法も操れた)

 異常なまでの飲み込みの早さだった。

 元々セシルは馬鹿ではなかった。魔法以外はなんだって平均以上は出来るのだ。

「まだまだこれからだろ、先生!」

 炎はまだ勢いを弱めない。拡散した炎が、また同じ一つの塊に収束し始めた。

 いや、それどころか、さっきよりも勢いを増して燃えさかり始めている。

「これが……指輪の力」

 テアナは感嘆の声をあげる。固定魔法の効果が常軌を逸しているのはテアナも知っていたが、これは興味深かった。

 魔法は一度の詠唱に一回限り。それは変えようのない、大原則だった。一度放たれた魔法が、二度も三度も動き出すなんて普通はまず考えられない。

 だがそんな原則を嘲笑うかのように、魔法はさらに勢いを増し、巨大なうねりをあげて再び襲いかかった。

「ふむ……」

 テアナはそれに対して冷静に、相殺すべく魔法を唱える。

「“砕渦”」

 唱え終わった刹那、空間一帯が水で覆われた。空気中の水分子に干渉して、それを肥大させて水を生み出す。

 やがて、凝縮した水はその圧力から凄まじい激流となって炎を迎え撃った。

 ズバシャァ!!!! シュゥゥ……

 

「やはり私が放った時より、威力が数段強化されているようですねぇ。これは厄介です」

 大部分の水が蒸発してしまった。手加減して撃ったはずの魔法が、これだけの威力をもって自分に返ってきたのを見て、驚愕を隠せないでいた。

 瞬く間に炎は消し去られたが、それと同時に大量の水蒸気が吹き上がる。

(ただの“火柱”が、“螺旋火柱”並の威力になって返ってきた……うかつに魔法は撃たない方がいいってことですか)


 だが、セシルは攻撃の手を休めない。より深く集中し、指輪の力を引き出していった。そして小さく笑う。

「言っとくけど先生。この環境全てが、俺の武器だ」

 そしてまた右手をふるった。すると、風が吹き始めた。

 周囲にある水蒸気がある地点を中心に渦を巻き始めたのだ。

 膨大な量の水蒸気は、つまり膨大な量の水だ。まるで吸い込まれるかのようにそこへ集まっていく……。

 

「な!?」

 テアナは声を挙げずにはいられなかった。

 周囲を漂っていた水蒸気は、全てセシルの掌に集まっていて……そしてそれは、すでにさっき自分が放った『砕渦』並に凝縮されていた。

 

 

「本当にタチが悪いですね、アナタは。他人の魔法をそのまま利用して自分で新たな魔法を放つというわけですか……」

「まさか俺が魔法使えるなんて思ってもなかっただろ? 俺もだよ」

 苦々しく言うテアナに、そう言って口端を歪ませた。


 今度は右腕を突き出す。激流がテアナを襲った。

 

「く……!」

 その威力は圧倒的だった。竜巻のように渦を巻きつつ、津波のような勢いで全てを削り、抉り、薙ぎ倒した。

 その回転に巻き込まれて、すでに周囲の木の3分の1以上は倒壊しただろうか。

 

「いやぁ、ちょっとヒヤッとしました」

 だが、テアナはそれも回避していた。驚異的な身体能力だった。激流が木を飲み込む寸前、とっさに激流が届かない上空まで跳躍して一時的に流れから逃れたのだ。

 そして更に畳み掛けるべく、セシルは念を込めた。

「休ませねえよ!」

 指輪が光る。そして、周囲にあった岩が次々と浮き上がり始めた。

 そしてまた、それらがもの凄いスピードでテアナに迫っていく。避けられないように微妙にタイミングをずらしながら、セシルは一つ一つの岩を操作していた。水からようやく逃れたところに、この波状攻撃。普通なら、まず食らうはずだ。

 しかし、それは悪手だった。致命的なミス。

 テアナは満面の笑みを浮かべる。

 

「同じ攻撃が二度も効くと思いますか? 私は一級軍士ですよ」

 テアナはかすり傷一つ負うことなく、岩の猛攻を潜り抜けた。

 正面からの攻撃では、とても当てることは不可能だった。

 そして、気付かないうちに全ての岩を避けてテアナはセシルの前に立っていた。

「ま、さすがに当たらないか……」

「ふふふ、これはどうですか?」

 テアナはどこに隠し持っていたのか、無数のナイフを投げつけてきた。手の動きすら見えない、超高速のナイフ投げだ。セシルはそれに反応して、操っていた岩の一つを盾にして防いだ。硬い岩に、ナイフが深々と刺さる音が聞こえた。

「ふぅ、危ない危ない……」

 さすがに侮れない。相手はこの国の最高戦力の一人だ。

 圧倒的な実力差は固定魔法一つで逆転できるほど甘くないだろう。結局は使い手次第だ。

(でも、まだ負けてるわけじゃないよな。むしろこっちが有利だ)

 セシルは、盾として使った岩をまた操作しようとする。このままテアナにぶつければ、上出来。そうでなくてもいったん距離を取って離れることが出来ると考えたのだ。

 遠隔操作で攻撃が出来る以上、接近する意味はない。自分に武器はないし、格闘で勝てる相手でもない。セシルはあくまで冷静だった。突然手に入れた固定魔法という、大きな力に惑わされることはなかった。

 だが、テアナの方が何枚も上手だった。

 ドーン!

「……!?」

 突然の爆発音。と、同時にセシルが操作しようとしていた岩が砕け散った。

「ふふふ、私がただナイフを投げただけだと思いますか? 磁石でくっつくタイプの小型爆弾が最近開発されましてね……小型なので威力は大したことないですが、岩を砕く程度の爆発力はあったようです」

 ナイフに爆弾を付けて投げていたということだった。

「うっ……」

 爆発の衝撃と砕け散った破片がセシルを襲う。思わず目を覆う。それが致命的な隙となった。

 ほんの一瞬、目を離したその隙をテアナは見逃さない。更に数本、ナイフを投げる。これも、とても避けられない早さだった。しかし、反射的にセシルは右手を前に突き出していた。

 さっきまでの戦闘の経験から、テアナがこの隙にナイフを投げてくることは予測できた。それなら、たとえ目は見えてなくても、この指輪の力で攻撃は防ぐことが出来る。

 事実、指輪はセシルの周囲からくる攻撃を全て防いでくれるようで、セシルが見てもいない飛んでくるナイフはいずれも突き刺さる直前で止まっていた。

 だが、それもテアナの計算のうち。囮だった。テアナは一瞬にしてセシルの視界から消えていた。

「手品は終わりましたか?」

 さっきまで目の前にいたはずのテアナが、セシルの後ろに立っていた。

「あ」

 ボゴォッ!

 なんて音とともにセシルは空中に浮き上げられていた。知覚すら出来ない、信じられないスピードで迫ってきたテアナの拳に打たれた結果だ。脳を揺さぶられて朦朧とした意識の中、風を受ける。

(あー飛んでる……)

 一瞬の浮遊感の後、セシルと同じ高さにまで跳躍したテアナが見えた。

 やばい、と何か行動を起こそうとするも、何をするにもテアナの方が早かった。

 顔、喉、後頭部、腹部、肩関節、腕関節、脊椎……急所を含む全身のあらゆる所を、殴られ蹴られ、突かれて刺されて……最終的にはもの凄い勢いで地面に叩き付けられてようやく攻撃が止んだ。

 そこでセシルの意識は完全に途絶えた。


「ナイフを投げれば、それを必ず止めに来ることは分かってました。防ぐ岩がなければ、直接指輪の力で止めるしかないということも。そして、その指輪の力を使っている時こそ、致命的な隙です。その力で一つの物を操る間、他のものに注意がいかなくなる……。爆弾付きナイフを直接止めずに、岩で防御したことがその証拠です。なら、あとは簡単な陽動作戦で片は付く……」


 着地して、ぼろぼろになったセシルを見やる。圧倒的だった。普通なら死んでもおかしくはない。

 だが、テアナのぎりぎりの手加減でどうにか気絶と数カ所の骨折だけですんでいた。歴戦の兵士としての実力の差が明確に現れた結果だった。

「ふぅ」

(最後はちょっとやりすぎでしたね……一応ヒーリングかけときますか)

 とりあえず、回復魔法をかけるために気絶しているセシルへと近寄っていった。






「痛てて……」

 そして少し離れたところで、目を覚ました者達がいた。

「なんか頭痛いなぁ……あれ、なんで俺らこんなとこで寝てんだ?」

 ディムが顔を上げる。

「うーん、どういうわけか気絶してたみたいですね。あんまし覚えてないですけど……」

 ルーンも目をこすりながらフラフラと起きあがった。

「なんだろう、魔獣にでもやられたのかな」

「けっこう長いこと眠ってたみたいです……日も暮れてますし」

 そう言って、二人は歩き出した。とりあえず、目が覚めたら居なかったセシルを捜すことにしたのだ。

 しばらく歩くと、


「あ、テアナ先生! それにセシルも!」

 セシルに回復魔法をかけるテアナの姿を見つけた。

「よかった、ここにいたんですか。セシルのその傷はどうしたんです?」

「どうやら魔獣にやられたみたいですね……今駆けつけてヒーリングしてたところです」

 テアナは事も無げに嘘をついた。

 ちなみにテアナの幻術には、記憶を混濁させる効果もあり、二人は気を失う直前のことは曖昧になって思い出せなかった。

「先生が来てくれたのなら安心ですね。先生、マールが……」

 とりあえず、二人は気を失う前にテアナに説明したことをもう一度言った。そしてテアナは、初めて聞いたかのように驚いた様子を見せた。

「……分かりました。じゃあ、私が様子を見てきますから二人はセシルをお願いしますね。当分、目は覚まさないと思いますけど……」

「はい、お願いします」

 テアナは、マールを探しに森の奥へ出かけた。


「……やれやれ、さっさと“万象の指輪”を回収してから侵入者を捕まえるはずが、とんだ遠回りになっちゃいましたね。マールのことだから簡単にはやられはしないと思いますけど……」

 テアナは一人呟きながら森の奥を目指した。



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