表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チェインα  作者: HERMES
6/20

      4話:仮面の外れた日

セシル達三人と魔獣の戦闘中、テアナが現れました。

しかしテアナは…


 寝るのは好きだが、夢を見るのは嫌いだった。大抵はろくでもない、不安感に押しつぶされるような夢ばかりみるから。

 悪魔に追い回される夢だとか、化け物に焼かれる夢だとか。

 夢は人間の深層心理を表すというが、自分のことはよく分からない。


 ただ、そうでないものもある。

 たまに夢の中で知らない女の人が出てくることがある。

 今回はそれだった。

 白衣をまとった、科学者風の女が親しげに話しかけてくる。割と美人だ。年齢は、自分より年上だろうか。ただ、なんて言っているかまでは分からない。

 女は笑顔が絶えることがなかった。だがその中でも知性を感じるような雰囲気だった。

 そして見たこともないというのに、何故か、その女と話しているだけで心が安らぐのを感じた。

 心地よい気分だった。自分と相手が、とても良い関係であることが分かった。

(ずっとここで過ごせたら楽しいだろうな……) 

 しかしやはり、目覚めはやってくる。

 意識がだんだんとはっきりしてくる。

 そして女の姿がかすんでくる。もう少し聞きたいことがあったのに……聞かなくちゃいけないことがあった……目が覚めれば、多分忘れてるだろう。その前に……

(名前……何?)

 そして、目が覚めた。


 セシルは意識を取り戻すと、目の奥のほうに石でも詰まってるんじゃないかと思うような鈍痛が頭に響いた。

「ぐっ……。ディム、ルーン?」

 体を起こし、頭痛にもだえながら、少しずつ記憶を取り戻してきた。演習中に、異国からの侵入者が現れたこと。そいつが何かの魔法で生み出した魔獣と戦っていたこと。

 突然テアナが現れたこと。そして、いきなり魔法で自分たち三人を攻撃してきたこと。

 信じがたいことの連続に、全部夢だったんじゃないかと思ったりもしたが、あいにくセシルが今いる場所はベッドの上ではなく、演習場の森の中だった。しかも、ディムとルーンが側で倒れている。目覚める気配はない。

「……死んじゃいないだろうな」

 そっと、彼らの心臓の音を聞いてみる。まだ息はあるようだった。それにまずは一安心する。

 そうしていると、後ろでがさっという物音が聞こえた。振り向くと、テアナがそこにいた。彼女は驚いた様子で、起きあがっているセシルを見る。

「あれ、もう起きちゃったんですか?」

「……おい先生、こりゃ一体どういうことだよ」

 セシルはテアナを睨み付けた。

 だが、そんなことを気にも止めない様子で、ニコニコといつも通り笑っていた。

「へぇ、まさかこんなに早く幻術が解ける思いませんでした。あら? あなた……」

 テアナは急に真顔になってセシルを見つめ始めた。ゆっくりと、値踏みするように。

 その表情の変化に、若干戸惑うセシルだったが、じっと睨み付けていた。

 やがて何かに納得したのか、なるほど、と呟いて、またもとのニコニコ顔にもどった。

 気が付くと空は真っ赤な夕焼けに染まっていた。深い森の中にいても、オレンジ色の光が差し込んでくる。

 テアナは空を見上げて言った。


「綺麗な夕焼けですねぇ、この分だと明日は晴れでしょう。自然というものはいつ見ても美しく、心が和むものです……そう思いませんか?」

 それはセシルがよく知る人物。こんな状況でもいつも通りの柔らかな笑みを崩そうとしなかった。

「……先生」

 何を言いたいか分からない。

 セシル達の担任。新人教官の、テアナ。男女問わず様々な生徒に慕われている人物。将来有望な若き一級軍師。

 セシルが知る限りの、彼女の情報が頭をよぎる。


「しかし、残念ですね。手荒な真似はしたくなかったんですが、仕方ありません」

 そんな彼女が、今自分の目の前に立っている。この状況下で、自分たちを気絶させた上に結界に閉じこめる。その行動が意味するところは一つしかないと思った。

「なんだよ、それ」

 思わずそんな言葉が口に出る。 セシルは驚きを隠せないでいた。

 さっきまで、自分達は異国の侵入者と戦っていたはずだった。

 セシルとディムとルーンで、敵の数を減らし、マールがあのルイスとかいう男を倒す、そういう作戦のはずだった。

 そして、少しでも時間を稼いで先生に知らせようということも考えていたはずだ。自分たちでは手に負えないから、先生に助けてもらおうと。

 ところが、その助けに来た先生に、ディムとルーンはやられた。

 いろいろと起きすぎてパニックを起こしかねない状況だったが、こうなった今、セシルは自分でも驚くほど冷静だった。


「先生、なんでこんなこと? どういうことだよ」

 そう聞いた後、自分がこの期に及んで随分と間抜けなことを言っているかに気づいた。不意打ちを打ってきた相手にたいして、どうもへったくれもない。

 考えるまでもない、敵だからだ。

 セシルはテアナを真っ直ぐ見据えた。いつも通り、なんら変わった様子はない。

「分かっているでしょう? アナタがさっき見た通りです」

「あんた、スパイだったのか……」

 テアナがあの神父のスパイだとしたら、筋が通る気がした。

 今回の演習もマールのエア・アンカーを奪うという計画のために用意されたものだと考えれば納得がいく。

(なんだよ……全部、こいつが仕組んだ罠だったのかよ)

 そして肝心のテアナは相変わらず微笑を称えながら、からかうように答えた。

「だとしたら……どうしますかぁ? セシル・クラフトくん」 


 その言葉を聞いて、セシルは久しく感じていなかった感情を思い出した。怒り、そして…殺意。

 セシルは銃を手に取り、身構えた。先の戦闘で多少破損してはいたが、まだ十分使える。

 一方のテアナは特に身構えるのでもなく、自然体でその場に立っているだけ。余裕を見せていた。


 相手は教官…自分は一介の兵士候補生。

 力の差は明らかだった。はっきり言って、万に一つの勝ち目もあるかどうか分からない。

 アカデミーにおける教官というのは、それほどまでに強大な力を持っている者だった。

 だが、それでも……

(もうこいつがこの世に一秒だって生きていることが許せない)


「ふふふ……」

 セシルの殺気を受けてもテアナは動揺の様子すら見せなかった。

 そして、そんなことは気にも止めずに話しかけてきた。

「ところで……実はこの森全体には結界が張られていますけど、気づいてます?」

 カゲや魔獣などと、これまでにかなり大規模な戦闘が行われているにも関わらず、すぐ側にあるアカデミーからは森の中に援軍どころか偵察すら来ていない。

 つまり、外から森の中に入ってこれないということ。

 結界、それもかなり巨大なものが張られていると考えるられる。

「実はこの結界は私が維持してまして。でも、さすがにずっと維持してるのは疲れるんですよねぇ。ただでさえこの森広いですし、広範囲に抜かりなくやると余計に」

 突然そんなことを言い出すテアナをセシルは怪訝な顔で見ていた。

 何故自分に情報を与えているのか…そんなことを教えても自分には何の得にもならないのに…。

「で、そろそろ私も退散しようかと思ってたところで……セシル、あなたが起きちゃいました。見逃してくれるとありがたいですが、そうもいかなさそうですしねぇ」

 そこで一呼吸おいた後、まっすぐセシルを見つめ 

「この結界ももって後5分くらいです。……でも」

 すると……殺気が吹き出した。とてつもなく強大で、絶対零度の殺意。

 ギャーギャーギャー……

 突然、木にとまっていたカラスの大群が飛び立ち始める。

 空気が、水が、時の流れさえも凍り付いたように錯覚させる。

 寒い…。

 見る者すべてを凍てつかせるような視線を受けて、思わずたじろぐ。

 予想以上の化け物ぶりにセシルは圧倒された。  

 そして、殺気を放ったまま口元に凶悪な笑みを浮かべ

「アナタならその5分で事足りる」  

 悪魔が、動き出した。

 

 

 

 

 

 その少し前、別の場所。 

 

 マールは走っていた。

 それも信じられないスピードで影の魔獣たちの攻撃をかわしながら。  

 そしてそのついでにすれ違いざまに、ピンポイントで弱点を撃ち抜くなんてこともやってのけて。  

「はっ」

 風切り音のような銃声が4回、そこには弱点を打ち抜かれた魔獣の屍が20体ほど転がっていた。

 並んでいる魔獣を貫通し、銃弾一発にして5匹ほど一気に殺す。

 動きの不規則な魔獣を上手い具合に並べてタイミングを見計らって一気に撃ち抜く、なんて常人離れした離れ業を、走りながらやってのけた。

 その様子を見て、真っ黒な神父服に身を纏った神父風の男、ルイスが暗い……狂ったようなの笑みを浮かべる。 

「はは……その銃もさることながら、アナタも本当に期待以上の出来ですね。さすがは、アイボリー。楽しませておくれ」  

 そう言いながらまた本を開き、その度に魔獣を多数出現させる。

 恐らく、あれもエア・アンカーのような固定魔法なのだろう、とマールは思った。

 本の表紙には、見慣れない古語によってなにやら呪文のようなものが書かれている。

 本を開けば魔法陣が出現し、そこからまたさっきの倍以上の数の魔獣が溢れてきた。  

「物量作戦とはせこい真似を……。でも、きりがないわね」

 はっきり言って、魔獣たちだけならばマールの敵ではなかった。

 マールならば、どれだけの数の敵がいようとその位置、弱点、強さ、さらに筋肉の収縮などからどこへどのように動こうとしているか、どのような魔法を使ってくるのかを完璧に把握して一切無駄のない動きでそれに対処できるからだ。異常なほどの行動の先読み能力……マールにはそれが備わっていた。

 しかし、彼女も人間だった。限りなく出現する敵にはさすがに疲弊する。 

 そして、ルイスもただ黙って観察しているだけではない。

「“ワールウインド”」  

 本を片手に詠唱を終え、魔法で攻撃してくる。

 さっき、奇襲を仕掛けてきた時に使ってきた魔法だ。小さなつむじ風は、やがて全てを飲み込む巨大な竜巻へと変貌する。 

「う、まずいかも……」

 結界を張ろうにも、とても間に合いそうもない。

 それを見極め、マールは側の林に飛び込んで攻撃を凌いだ。直後、盾となった木々は根こそぎ巻き上げられ、宙を舞っていた。

「まだですよ」

 薄ら笑いを浮かべて言う。

 すると、隠れていた林の中から魔獣が襲いかかってきた。ここに追い込まれることは読まれていたらしい。

 強靱な脚力で加速されたかなり速い攻撃……肉食獣の牙が首筋に食らいつこうとした。だが


「そうでしょうね」

 すでにマールは把握していた。牙が届くよりも速く、その体を蹴飛ばす。そして間髪を入れずに魔法を唱える。  

「招雷!」

 バシュウゥ! という音は、獣が蒸発する音だ。

 雷をまともに浴びた魔獣は、跡形もなく消し去られた。

 ほっとしながらも、マールは息を切らしていた。

「はぁはぁはぁ……」

 近接、中距離、遠距離、不意打ちや集団。

 あらゆる角度から襲いかかってくる魔獣の攻撃を避けながら仕留めていく……そんなやりとりが、もう何十回も繰り返されていた。

 全体的な能力ならばマールの方が明らかに上だったが、無限に出現する敵に少しずつ疲弊させられ、体力も精神も削られていった。


(この魔獣の群れをなんとかしないと、確実に負けるわね……) 

 集中力も途切れそうになるが、自分を奮い立たせて冷静に戦況を確認する。

 ルイスに少しでも隙があればそこに付け込んで一気に畳み掛けるつもりでいた。

(あの本、おそらく固定魔法。あれさえ奪えれば……)

 マールは待った。今はルイスは油断している、必ず隙が出来る。とにかく、チャンスが来るのを待っていた。 


「マール嬢……この状況ではいかにあなたでも、私には近付くことすら出来ない。身体能力ならば、この魔獣共よりあなたの方が上だ。だが気付いたでしょう? 私はこの本から無限にコイツらを生み出すことが出来る。圧倒的な数の前にはどれほど強力な個体でも無力なもの。さて、そろそろフィナーレとしましょう」  

 そう言ってルイスは本をパラパラとめくり始める。その途端、ルイスの周囲の景色が歪んで見えた。それほど強力な魔力が集中し始めていたのだ。

 黒い渦のようなものがルイスの持つ本を中心に巻かれ始める。誰もが圧倒されるような魔力が溢れ出てきた。


 だが、それこそマールが待ち望んだ隙だった。    

「隙、見つけた」

 口元を歪ませ、そう言うと、一陣の風が吹いた。

 マールがルイスの元へ向けて疾風となって一気に間合いを詰める。  

 その時にあちこちに発生した魔法陣から魔獣が飛び出てくるが……どれも疾風となったマールを止めることは出来ない。  

 迫ってくるあらゆる攻撃をその眼で受け流し、ついでにすれ違いざまに蹴りや突きや銃弾を浴びせて邪魔者を吹っ飛ばしていった。

「なっ……」

 ルイスは驚愕の表情でその光景を見つめる。

 巨大な魔力の集中には、まだ時間がかかるため、今接近されるとまずいことになる。

 マールは、ルイスの魔力の動向を見切り、溜めに要するわずかな隙をついたのだ。

 目前に迫ったマールに、慌てて魔法を放とうとする、が遅かった。

「くっ、ワールウィ……」

「うるさい」

 あっという間に背後に回り込んだマールは、魔法を唱えようとしている神父の頭を掴んで近くの木に叩き付けた。ガンッという音が響いた。

「ぐあ……」

 マールはそのまま腕を取り、地面へとねじ伏せる。

「さぁて、と観念しなさい。これから質問に答えてもらうわよ」

 形勢逆転。

 ルイスを地面に組み伏せると、エア・アンカーを後頭部へと押し当てた。  


 

 

 

 

 

 

 

「アナタなら、その5分で事足りる」

 

 そう言った直後、テアナの全身から殺気が噴き出した。悪魔じみたとてつもない悪意が。

 どうやって殺そうか、楽しみでしょうがないという気概がびりびりと伝わってきた。  

「……くっ」

 思わず腰が引けるセシル。

 これ以上殺気に当てられると動けなくなるかもしれない……麻痺しそうになる体を奮い立たせて銃口をテアナに向けたままセシルは動き出した。

 木から木へ、蜘蛛のように動き回るセシルとは対照的にテアナはその場から動こうとしないばかりか、手に武器すら持っていない。

 一見無防備だがその自然体の姿勢がいかに恐ろしいものかは、容易に想像できた。テアナは教官、一級軍士だ。

 銃撃や魔法の場合も、弾道を見切れさえすればその場を動かなくても最低限の動きだけで銃弾を避けることもできるし、一瞬でも動きが鈍ればその隙を見逃すはずがない。

   

 案の定…… 

 ダァン、ダァン、ダァン! 

 木の上から2発、その後地面に降りる際に1発。ちなみに、最初の2発はフェイク。当てるつもりで撃った落下中の1発はテアナからは死角となる角度から撃たれたものだったが。

「ふんふんふ〜ん♪」

 鼻歌交じりに…まるで後ろに目があるかのように体を傾けて簡単に避けてしまった。

「やっぱりなぁ……」

 その事実を確認したセシルは驚いてはいなかった。

 掠りもしなかった銃弾は空を切り、テアナは何事もなかったかのように体制を元に戻す。

「キレのいい攻撃でしたが、その程度では私には傷一つ付けられませんよぉ? 」

(不意打ちが効果ないなら)

 地面に降り立ったセシルはテアナと真正面から対峙する。

「小細工は意味なし、か。それなら……」

 続けて攻撃を加えようと再び銃を構える。1秒間に20回以上という指が引きつりそうになる超連射で動きを封じる……そういう作戦に出たのだ。

 だが

「そうそう、いつまでもそんな所に突っ立ってると危ないですよー」

 テアナがそう言った直後、背後に巨大な熱を感じた。と、同時にセシルは振り返らずに思いっきり地面を蹴って横に跳んだ。足の筋肉が断裂するのを覚悟し、全力で。

 巨大な魔力で構成された炎弾がセシルに迫ってきていたからだ。


 次の瞬間、

 まるで隕石のように周囲に降り注いだ炎弾が次々と爆発した。

 

 ゴオオォォ!!!!     


 直撃を避けたとはいえ、度重なる爆発による爆風に巻き込まれ、すさまじい勢いで吹き飛ばされる。  

「熱っ……痛てぇ……」

 背中に少し爆風を浴びてしまい、服が焦げて火傷を負った。吹き飛ばされて体を強打する。おまけにさっき避けた時に限界まで足の筋肉を使ったので、早くも筋肉痛のような痛みが走り始めた。

「化け物かよ、くそ……ルイスとかいう神父よりよっぽど質悪いな」

 体中で無事な箇所はほぼない。だが、これでもまだましなほうだったと言える。

 さっきの魔法が直撃していれば、もちろん一撃で消し炭になっていただろう。

 地面にはクレーターのような大穴が開き、爆心地に近い木は燃えながら倒れ落ちた。


「避けましたか。なかなかの反応ですよ。平凡な訓練生の割には粘りますね」

「魔法以外はだいたい出来るんだよ、俺は」

セシルは立ち上がり、次に備える。

 だが困った。セシルの想像以上にテアナは強い。

 こちらからの攻撃に完璧に対処しつつ、気づかれることなく魔法を発動させていたなんて。

 普通、魔法の発動には詠唱を行うが、その声すらも聞き取れなかった。少なくともルーン以上の高速詠唱であることは間違いない。


「しかし……なぜ使わないんです?」

 テアナは不思議そうに尋ねた。

「何の話だよ」

 なんのことだかセシルには分からなかったが、聞く必要もないと判断していったん後ろに距離を取った。

 うっかり接近すれば何をされるか分からず、慎重にならざるを得なかった。

「ま、どっちにしろ私には勝てませんけどね。そろそろ念仏でも唱えてた方がいいんじゃないですかー?」  

 テアナがゆっくりと近寄ってくる。

 武器らしい武器は持っていないがさっきの魔法を見ればそんなものは必要ないことは一目瞭然だった。少なくともセシルを殺すためには。


「……ここで気抜いたら殺されるしなぁ」

 セシルは真剣な表情でテアナの動向を警戒しつつ、集中力を高めていった。

 対峙しているだけでも、汗が噴き出てくるのを感じた。

 敵は強大で冷酷だ。本気になったら一秒で仕留められるのをわざと遊んでいる。その油断をつくしか方法はないだろう。

 セシルは手に持った銃をしっかりと握りしめる。だが、その頼みの銃も酷使につぐ酷使で壊れかけている。握るとミシミシと音がした。

 元々安物なので仕方がないとも言えるが、今はセシルの細い生命線だ。

「もってくれよ……」

 祈るように呟き、テアナに銃口を向ける。と同時に撃つ。このまま後手後手に回っていてもじり貧だ。なら、攻める。

 まずは頭。首を傾けるだけで難なく避けられる。

 もう一発。

 次は胸。身をよじって避けられる。

 さらにもう一発。

 足。跳び上がって避けられる。

 だが、攻め続ける。 


 ズダダダダダダダン!!!!

 

 銃弾の嵐。

 圧倒的な数の銃弾があらゆる角度から、銃弾を浴びせ続けた。

 マシンガン並みの弾幕がテアナを包み込むように迫る。

「ん……」

 それらを、超人的な身のこなしで回避し続ける。 テアナの周りは穴だらけで、岩や木はボコボコの蜂の巣になっていた。

 そして、そう何度も凌げるものでもない。

 

「……っ!!」

 度重なる銃撃に、ついに一発の銃弾がテアナの足を捉えた。

 これだけの数の銃弾を受けて、急所を外した被弾が一発というのは驚異的だったが、足に被弾したことにより、動きは鈍る。

 そして、普通ならテアナの急所に銃弾を当てることなどほとんど不可能だ。

 足に当てて鈍らせて、たとえ一瞬でも動きを止める――これがセシルの待ち望んだ隙だった。  

 そしてそれを決して逃さない。

 一秒にも満たない時間でマガジンを入れ替え、一瞬動きの止まったテアナに銃口を向ける。

「これで終わりだ」

 超連射……指が千切れそうなのを我慢して、さらに何十発という銃弾がテアナに向けて一気に撃ち込まれる。

 そしてその全てがテアナの急所を狙いつつ、避けられないように微妙にタイミングを外して撃たれたものだった。

 

 終わった、とそう思った。

 足に被弾した状態では、いくら教官……化け物といえど到底回避することはできない。

 仮に殺すことは出来なくても、戦闘不能状態にはできるだろう。そう考えていた

 

 だがその考えが甘かったことを知るのは数秒後のことだった

 

「“砂陣”」

 ズバシャァァ!!!!

 

「は?」

 予想を覆す光景に、間抜けな声を上げる。

 強い風が吹いたかと思うと、地上に散りばめられていた細かい砂や土が突如としてテアナの周囲を覆う分厚い層となって出現した。

 そして全ての銃弾は勢いを殺されて封じ込められた。 

 高度な魔法だった。周囲の環境を利用し、防御壁を作り出す魔法。

 だが、あのタイミングで魔法を瞬時に作り上げて、それで銃弾を防ぐなんてのは理論上は可能でも、実践できる者などほとんどいない。

「おいおい、それは反則だろ!?」

 思わず叫ぶ。そして、極度の酷使によって最早使い物にならなくなった安物の銃を投げ捨てる。  

 テアナは砂の中からその姿を現した。


「やれやれ私も少し甘く見ていたようですねぇ、かすり傷を負ってしまいました」  

 足に受けた傷は、もうほとんど治っていた。あの砂の結界の中で治療を施したのだろうか……それとも最初から、直撃を反らして避けていたのだろうか。  

 どっちにしろ、セシルの決死の一撃はほぼ意味をなさなくなった。

 テアナが魔法を解くと、体を覆っていた砂の中からは凄まじい圧力で潰された銃弾がこぼれ落ちた。  

「ですが私はまだ生きてます」  

 圧倒的な威圧感がセシルを襲った。動けなくなるほどに。そして身動きが取れないセシルにゆっくりと詰め寄ってくる。  

「さすがに驚きました。まぁそれでもアナタの詰めが甘かったってことですねぇ。足を止めてから総攻撃までの時間がありました。おかげで魔法唱えられましたし」  

「……マガジン交換の早さには自信あったのにな」

 そうは言っても、一秒もかかっていないのだ。その間に魔法を唱えたテアナがいかに人間離れしているかを改めて理解した。  


 そして、テアナは足の被弾などすでに完全になかったかのような素早さで飛びかかってきて、回し蹴りを放つ。

 脳が揺さぶられる強烈な一撃だった。まともに受けたセシルは吹っ飛ばされ、地面をバウンドして転がった。

「…………」

 目の前には光が飛んでいた。頭がもうろうとする。痛みよりもそっちのほうがきつかった。方向感覚は定まらず、視界もぼやけてろくに前も見えない。

「お終いですか?」

 そう言って笑う。それこそ、いたぶるのを楽しんでいるようだった。


「それじゃあ、さようなら」 

 瞬間、テアナの手元から何かが放たれた。投げナイフ……それは一直線にセシルめがけて迫ってくる。

 一筋の光が閃いたとしか見えないそれは、とんでもない速度で飛ばされていた。

 とても避けられそうにない。

(俺はこのまま死ぬのか……)

 体は言うことを聞かない。その間にも、確実に迫ってくる、死。実際には0.1秒ほどもない時間だっただろう。だがセシルにはやけにゆっくりに見えた。死を間近に感じて、走馬燈が回り始めているのか、極限の集中力の中で刻一刻と迫ってくるナイフの一閃をその目で捉えていた。

 そして、何か考えるよりも先に思わず右手を突き出していた。

 ボールが飛んでくれば掴もうとする。転んだら手をついて怪我を防ぐ。身を守ろうとする、人間として当然の防護本能だ。

 だが、その無意識の行動が思わぬ効果を生み出した。

 セシルは無意識に右手を突き出した。そしてその右手には何があるか。

「……え?」

 セシルは信じられない光景を見た。

「やっと使いましたか。追いつめられないと使えないみたいですねぇ」


 ナイフが、その場で静止していた。文字通り、空中で微動だにせずにその動きを止めた。

 セシルが思わず突き出した右手に刺さる直前で止まっていた。

「な、なんだこりゃ」

 セシルはそっと、空中に止まったナイフに触ってみる。動く気配はない、普通のナイフだ。そしてセシルが触れるとナイフは糸が切れたように下に落ちた。

「あなたの力ですよ。セシル」

 テアナは真剣な表情で言った。だが、セシルには分からない。なぜこんなことが起きるのか。自分がこんな力を持っていた覚えはない。

「俺の力……って?」

「それ」

 テアナは、セシルを指さした。いや、正確にはセシルの突き出した右手を。

「あなたが、その指にはめているものはなんですか?」

 右手には、演習の前にはめた指輪があった。

 セシルの最古の記憶。もうほとんどおぼろげで顔も覚えていない、父親からもらった指輪だ。はめたのは今回が初めてだったが。

「万象の指輪」

 テアナは真面目な表情のままで、指さして言った。

「私も驚きましたよ。まさかあなたが持ってるとは思いもよりませんでしたからね」

「万象の……指輪?」

 なんだそれは、とセシルは思った。まさかこの指輪の名前だろうか。ただの銀のリングにそんな大層な名前が付いていたなんて知らなかった。

「まさか、知らないで持ってたんですか?」

「……なんだよ、教えろよ」

 急かす声からは焦燥感が表れていた。テアナはため息をついて答える。

「固定魔法ですよ。それも特殊なね。本当に知らなかったんですか?」

「そりゃ……初耳だ」

(親父からもらった、この古い指輪が……固定魔法?)

 セシルの思考は停止していた。ただただ信じられないという思いで、右手の指輪を見つめる。

「まぁどうせ、あなたには使いこなせませんけどね。さっさとそれを渡して、降伏しなさい」

 その言葉でテアナの襲ってきた理由が分かった。例の神父のスパイが狙っていたのは、マールのエア・アンカー。つまり固定魔法。

 神父とマールが仲間だとしたら、やはり固定魔法らしいこの指輪を狙っている。そして、さっきまではこの指輪の力を恐れて本気では向かってこなかったのだろう。

「……ことわる」

「ふふふ、無理しなくていいんですよ? 足が震えてます」

 強がりもいいとこだった。この化け物相手に勝てるわけがない。それでも指輪を渡さないのは、ただの意地だった。

 大人しく指輪を渡したところで、なんになる?

 スパイにいいように利用され、固定魔法は奪われ、自分はおそらく消されるだろう。仮に生き残ったとして、戻ってきたマールに申し訳が立たない。

 いや、もしかしたらマールは戻ってこないかも知れない……。そうなったら、ここで逃げて生き延びる意味なんてあるんだろうか?


「さ、渡しなさい」

 テアナがゆっくりと近づいてくる。その気になれば一歩踏み込むだけで殺せるというのに、ゆっくりと、じわじわと追いつめる。

 足が棒になったように動かない。死の気配は濃くなってきた。

『お前にこれを渡そう』

 顔も覚えていない父親の言葉が頭をよぎる。

 生きているのか、死んでいるのか、それすら分からない父親との繋がりを示す、唯一の品なのだ。

 それを奪われる、指輪を……固定魔法を。

(そんなこと、させるか……!)

 セシルはゆっくりと右手を突き出した。元々、普通の流動魔法ですら全く使えないセシルには、固定魔法を使いこなせというのは難しい注文だった。

(さっきと同じように……ナイフを止めたときと同じように。死を目前にしたあの時のように、集中を。極限の集中力を……)

 セシルの脳の奥で、何かのスイッチが入ったような感覚がした。これなら……

「使える、万象の指輪」

 指輪が熱くなったような感覚がした。それと同時に、セシルは右手を大きく振り上げた。するとそれに連動して、近くにあった大岩が何個か飛び上がった。

 文字通り、突然重さが無くなったかのように、飛び跳ねるように宙に浮く。

 それに明らかに驚きを隠せないテアナは目を見開いて、浮いた岩を見つめる。

「これは……まさか使い方が分かるんですか、セシル?」

「起死回生、ってやつだな」

 セシルはそう言って、右手を握りこんだ。

 すると宙に浮いていた大岩がテアナのいる場所に向けて、四方から包み込むようにして猛スピードで飛んできた。

 それを、テアナは慌てて地面を蹴って上に回避する。岩は互いにぶつかり合って、まるでダンプ同士が正面衝突したような衝撃で粉々に砕け散った。

「……なんとも凄まじいですね」

 テアナは心底驚いていた。固定魔法の効力、それもあるがセシルが『万象の指輪』を使ったことだ。

 20年前には当時の一級軍師を含めて、この国の誰も使えなかったという幻の固定魔法だった。それを……この生徒は使った。

 テアナはそのまま木の上に着地すると、セシルを見下ろす。実力では圧倒的に自分が勝っているにも関わらず、警戒せざるを得ない不気味さを感じていた。

(この子は……危険ですね)

「先生、俺らを裏切ったこと覚悟しとけよ」

 そして、たった一回岩を動かしただけでセシルは、もうこの指輪の使い方をマスターしていた。息をするのと同じほどに容易く、幻の固定魔法を使いこなせる気がした。

 一気に優位に立ったセシル。反撃の開始だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ