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チェインα  作者: HERMES
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      3話:風が呼ぶ侵入者

カゲが突然逃げ出して戦闘は終了。

セシル達は不思議に思いながらも、作戦会議をかねて休憩することにしました。

 カゲは一斉に森の奥へと逃げていった。その様子を、セシル達は訝しげに見ていた。


「何だったの、一体……」

 マールもぽかーんとした表情で、武器をしまう。

 そして、セシルとディムのいる方へ向かっていった。

 一方で襲われていたチームのメンバー達はほっと胸をなで下ろしている様子だった。

「た、助かった〜」

「死ぬかと思った……」

 やはり彼らに戦いには向いていないようだった。おそらく訓練が終われば医療班や別の部隊に異動することになるだろう。

 リタイアするよ、と言って入り口に向けて帰っていく彼らを見送り、その場で休憩することにした。

 セシル達は先程の戦闘で消費した弾薬の装填やら傷の治療なんかを行いながら、食事を取っていた。


「マール、さっき現れた魔獣のこと何か分かりましたか?」

 ルーンがパンを食べながら尋ねる。彼女も多少手こずり、いくらか攻撃をもらってしまった。

 敵を解析し、把握することが出来れば、次に出会った時にも確実に対処できる。情報収集は欠かせない。

「そうねー。魔法には弱いみたいだけど、銃やナイフなんかは弱点以外は受け付けないようになってたわね。攻撃パターンもだいたい把握できたし……ただ」

「どうしたんです?」

 マールは言い淀みつつ話し始めた。

「天然の同種の魔獣にしては強すぎるわ。あのカゲの身体能力、形態や硬度を自由自在に変化させる身体を構成する魔術のレベルの高さ。もしかしたら……誰かに加工された魔獣なのかもしれないわね。そういう意味じゃ人工魔獣だけど……」

「加工……」

 それを聞いて、さきほどのカゲ達の攻撃を思い出してみた。  

 魔術で構成された強靱な身体。それを刃物のように尖らせる。

 空中に飛び上がり、回転、突進。とても目で見て追いつく動きではない。  

 そのまま何も動くことが出来ずにズタズタに切り裂かれる者、飛び散る鮮血。その血を浴びて一層赤黒くなり、生理的嫌悪感を催す。黒い獣。

「……確かに下手をすりゃ死人が出てるところだよな」

 傷の手当てをしながらディムはさっきのことを思い出していた。彼のメインは銃ではない。接近し、懐に仕込んである小型の暗器で局所を狙い、そこを徹底的に潰す。

 さっきの魔獣は接近すら難しく、とても無傷ではいられない。ところどころで、刺し傷切り傷があった。

「先生も人が悪いよなぁ……殺す気満々じゃないか」

 さきほど死ぬ思いをしたセシルだが、まるで他人事の様だった。  

「それは違うわね。最初のうちに出てきたマリオネット型の人工魔獣は先生が創ったやつだけど、その後で出てきたのは明らかに別の人間が使役したものよ。そもそも一般生徒のほとんどが歯が立たないような魔獣なんて創らないでしょ?」

 あくまで演習、訓練なんだから……と、それを聞いてますますセシル達の疑問は沸々とわき起こってくる。

 皆、何かおかしいと感じ始めた。嫌な感じだった。

「テアナ先生が使役したんじゃないとすると……」

「待って」  

 だが、ルーンのその言葉をマールが途中で遮った。

 何か来る、と彼女は思った。常人離れした彼女の感覚が、不自然な風の流れを捉えていた。

 辺りを見回す。さっきまでは完全な無風だったのが、視界の端では木の葉や砂が風に巻き上げられて渦になっていた。つむじ風だ。

 それが、ぱっと辺りを見回しただけで4つもあった。


「伏せて!」

 マールが慌てた声で叫んだ。

 突然のことだが、全員それに反応して地面に体を伏せた。

 そしてそれとほぼ同時。小さなつむじ風はそれぞれが瞬く間に巨大な竜巻と化し、辺り一面に砂嵐を巻き起こした。。

 視界は一瞬にして奪われ、風の轟音が辺りに吹き荒れていた。 

「な……これ……は」

 誰かが叫ぶが風にかき消される。とても身動きが取れる状況ではなかった。

「……くっ」

 身をかがめ、ルーンがすばやく結界を張った。

 そんな中、風はさらに勢いを増していく。巨大な竜巻同士が合体し、小さな台風と言ってもいいほど荒れ狂い、迫ってくる。

「うわ、くそ。身動きが取れねえ」

「なんだよいきなり。これじゃ何にも見えないな……」

 セシル達は結界を突き抜けてくる砂埃や細かい石の応酬に、目を覆った。


 ビュゥゥ…ブオオオオ……ゴオオオ!!!

 

 大木が薙ぎ倒される音があちこちで聞こえた。それらは風に巻き上げられて、ぐるぐると空中を回っている。

 もしルーンの結界が無ければ、セシル達もあの中で一緒にぐるぐるとかき回されて体中の骨がバラバラにへし曲がっていただろう。

 しかしそれもいつまで持つか分からない。

 もともとこの結界は自然の竜巻程度ならば完全に防ぐことの出来るのだが、この突風はそれすら突き抜けてくる。

「高レベルの魔法……誰?」

 身をかがめながら、マールは辺りを見回していた。

 まさか演習中の生徒やら、人工魔獣じゃないことは分かりきっている。


「ワールウィンド……この国の魔法じゃない」

 マールは以前見たことがある。外国の魔法だった。 

 だが、こんな形式の魔法を使える者など、アカデミー内はおろか、アルバート国内にもいない。少なくともマールの知る限り。

 魔獣ならまだ可能性はあるかもしれない……が、鬼や幻獣の類ならともかく、たかが訓練で使役される人工魔獣がこんなモノを使えるはずがない。さっきのカゲの化け物にしても同じだった。

 となると、考えられる可能性は一つ。

 

「異国からの侵入者……ね。誰よ、出てきなさい」

 マールは銃を構えた。そして体中の感覚を針のように細く、そして鋭くとぎすました。

 どこかに隠れているのか? この嵐は、気配を誤魔化した上で奇襲をかけるための作戦か。

「出てこないと……」

 言い終える前に、風は止んだ。

 さっきまでの嵐のせいで、木々は砂に埋められ、なぎ倒され、地面も岩盤ごと削り取られている。

   

 しばらくすると色白の痩せた男が木陰から現れた。

 真っ黒な神父服。手には本を持っていた。

 格好こそ神父だったが、その表情から見るに、どうみても神の使いには見えなかった。むしろ神を積極的に殺しに行きそうな、悪魔の雰囲気が漂っていた。

 マールが真ん中で銃を構え、その横にセシル達が並んだ。皆、油断無く目の前の男を見据えた。

 目の前の男がどれほどの実力者かは分からない。が、侵入者であるこの男をみすみす見逃すわけにもいかなかった。

 男は、その場の全員を一瞥すると、真ん中のマールに向かって丁寧に頭を下げた。

 

「マール・アイボリーとお見受けいたします。私はルイス・シュレディンガーと申します。以後お見知りおきを」

 丁寧な物腰ながら、一分の隙もない。逆に隙を見せれば一瞬で切り裂かれる、そんな気配があった。

 白い顔には、にやついた表情が張り付き、それがまた胡散臭さを増していた。

「いきなり魔法で襲ってくるなんて結構なご挨拶ね」

 一方のマールはいつでも動けるように全身の筋肉を緊張させていた。

 目の前の、ルイスと名乗る神父風の男が妙な動きをすれば殺す。魔法のための詠唱を始めようとすれば殺す。何か武器を取り出そうとすれば殺す。 

 相手に殺気を放ちながら、自分の心にも言い聞かせた。 

「……俺たちは無視かよ」

 いつものことなので慣れているセシルが呟いた。

「マールが狙いか? いきなり襲って来やがって、しかも外国人かよ」

「4対1……いざとなればこっちが有利ですよ」 

 ディムはナイフを二刀流で持ち、ルーンは魔法をすぐに唱えられるように舌で舐めて唇を濡らす。そしてセシルも、パンパンと服のほこりを払うと銃の撃鉄を下ろした。

 それぞれ、いつでも戦闘に入れる体勢になった。

 マールは神父を睨み付けながら『エア・アンカー』の銃口を向けた。

 目に見えないプレッシャーがその空間に渦巻いていた。

 だが、神父はそれを受けても微塵も動揺を見せずに落ち着いていた。

「……固定魔法、エア・アンカー。アルバート、アイボリー家の家宝ですか……」

 シュッ……小さく、鋭く、とても銃声とは思えない風切り音がしたかと思えば……神父の足下には弾痕がいくつか刻まれていた。

 だが、単に地面に向けて撃っただけではない。

 その弾痕の小さな穴が徐々に地面を“浸食”し始めた。浸食された地面の一部は腐ったように黒くなり、乾燥し、塵となって空気に溶け込んでいった。

「なるほど、その威力。間違いないようだ」

 神父は白い顔に、亀裂が入ったような笑みを浮かべた。それはそれは嬉しそうに。

「次に勝手に喋ったら殺すわよ」

 マールの言葉に、にやけた顔のままで両手を上げて大人しく頷く。

 4対1。おまけに固定魔法を持っているという圧倒的有利な状況だった。ここで時間を稼ぎ、担当教官のテアナに知らせに行く必要があった。

 ルーンがこっそり、通信機を取り出してテアナとの連絡を取っている。

「あんたの目的は? 何故アルバートに来たの? 今停戦中とは言え、五大国の一角に不法侵入するなんて正気とは思えないわね」

 大陸戦争の停戦後は、民族同士の小競り合いこそあったものの、基本的にどこの国も戦争行為は避けたがっていた。どこの国も痛手を負い、疲れ切っていたからだ。

 神父はしばらくの間をとり、その後、ゆっくりとマールの表情を伺いながら語り始めた。

「……私は、別に戦争しようなんて思ってません。少しあなたに相談があって来ただけです。マール嬢」

「馴れ馴れしく呼ばないで。何よ相談って」

「それ、くれませんか? 私に」

「何?」

 何を言っているのか、最初マールには分からなかった。だが、神父の指している指の先が、ちょうど自分が持っているものを指している事に気付いた。

「エア・アンカー……?」

 アイボリー家の家宝で、固定魔法である霊銃エア・アンカー。それを、くれ、と言う。

「はい。私達の組織は、ある目的のために動いています。そのためには、あなたの固定魔法がどうしても必要なのです。譲っていただけませんかね?」

 マールは黙っていた。それをどう捉えたのか、神父はまだ話を続ける。

「固定魔法の力は強大だ。その力を使いこなせないと……破滅を招きます。だが、それを正しい方向で使うことが出来れば、新しい未来を切り開くことにもなるのです。もちろん、固定魔法が金で買えるようなものでないことは承知の上です。それ相応の見返りも用意してあります。どうでしょう?」

 マールは、ふぅ……とため息をついた。

「論外ね」

 そして、引き金を引いた。パシュッという音はさっきと変わらないが、今度は地面ではなくて神父の心臓にめがけて、破壊の銃弾が放たれた。

 しかし、神父の方が一瞬速かった。マールの指先が動くのに反応して、体を横にそらして銃弾を避けていた。そしてそのまま高く跳躍し、後ろにあった木に登った。

 そして苦笑いを浮かべる。

「まぁそう言うと思ってました」

「……賊が調子に乗るんじゃないわよ。生きては返さないから」

 避けられたのは意外だったが、今度は外さない。マールはそう確信を込めて狙いを定める。

「やはり、甘い。この国の人間は」

 しかし、それは叶わなかった。神父が、禍々しい笑顔で呟いた。

「うしろ」

 その言葉の意味を理解したのは、大きな猿のような魔獣が、爪をちょうど振り下ろしているのが見えた時だった。今までその爪で何十人殺してきたのか、赤く染まり、肉のようなものがこびり付いている。

「あ……」

 何という失態。頭に血が上って背後からの敵に気付かなかったなんて……避けるのも、間に合わない。

 マールが死を覚悟した時だった。


「おいおい、人なめんのもいい加減にしろよ」

 ダン、ダン、ダン、と銃声が響く。

 セシルが撃った銃弾は魔獣の腕の関節に突き刺さり、爪を叩き折った。それと同時に、ルーンの雷が体を覆い尽くす。

「“招雷”」

 バチバチバチ、という放電の音が鳴り響いた。

「ウギャアアアア……!」

 奇声を上げてのたうち回っている魔獣に、ディムが近づいて

「おら!」

 喉の近くの急所にナイフを深く、柄の部分まで突き刺した。大猿の魔獣は、バタバタと暴れていたがやがて動かなくなった。

 セシルは、呆然としていたマールの肩に手を置いて揺さぶった。

「おい、大丈夫かよマール。無理すんな。俺らもいるんだからさ」

「あ、……うん」

 セシルに呼びかけられ、マールは意識を取り戻した。張りつめていた緊張が切れ、少しぼーっとしていたようだった。だがその一瞬のうちに、神父を見失ってしまった。

「くそ、あの野郎どこ行ったんだ」

「気を付けてください、まだ近くにいるはずです」

 全員、油断無く辺りを見回した。辺りには、さっきと違って悪意が満ちていた。気配が色で見えたなら、今この場は真っ黒に塗りつぶされていることだろう。

 濃厚な悪意は、明らかに人間のものではなかった。

「魔獣……あいつが操っているの?」

 テアナのマリオネット型の人工魔獣とは明らかに違った。天然の魔獣に近い感じの殺意……でも、天然のものより数段強い。

「彼らは、私のコレクションの一部です」

 森の奥から、声が聞こえた。見回してみても、どこに神父がいるのか分からない。 

「この魔獣達の中でどれだけもつでしょうね、訓練生達よ。マール嬢、あなたが素直に固定魔法を渡さないからこうなるんですよ。まぁ固定魔法は、殺してから頂くとしましょう」

 神父は、セシル達から見えない場所で、手に持っていた本をパラパラとめくる。何気ない行動だったが、あるページで手が止まり……。 

「“出ろ”」

 本を開いたまま彼の口から一言だけ漏れた言葉。その言葉の意味は数瞬後に理解することになった。 

「ちっ……」

 周りを見渡し、舌打ちする。  

 周囲に魔力が満ちたかと思うと、地面に幾何学的な紋様が次々と描き出され、そこから闇が溶け出す様に黒い魔獣達が溢れ出てきた。

 魔獣たちは彼ら特有の赤い、鋭く釣り上がった瞳で、たった4人の非力な人間に対して不気味な咆吼を上げた。

 一つ目の馬、翼の生えた虎、腕が6本もある熊など、出来損ないを組み合わせたような魔獣……キメラが大量にそこにいた。

 どれもこれも、生理的に嫌悪感を抱かざるを得ない、醜悪で凶悪な魔獣だった。

「……気持ち悪い」

 ルーンが嫌悪感を隠さず、吐き捨てた。

 魔法を得意とする彼女は唇を濡らし、素早く詠唱を行うことが出来るように備えた。

 魔獣には魔法が有効……と聞いていたが、こんな化け物を相手に自分の魔法がどこまで通用するか心配だった。とは言っても、頼れるものはそれしかない。

 

 神父の目が肉食獣のように鋭く、細められた。


「今日の昼飯だ、お前達。喰らい尽くせ」

 

 その言葉を合図に、何十、何百もの魔獣が襲いかかる。

 ミサイルの様な豪腕、降り注ぐ雷撃、毒霧、斬撃……上下左右、あらゆる場所から攻撃が来た。

 セシル達は、お互い顔を見合わせて、すぐに後ろに飛んだ。そして、そのまま背を向けて退却。全速力で逃げることにした。

 後ろからは大量の魔獣が、爪と牙を剥き出しに次々に追いかけてくる。

「あれだけの数、囲まれたら終わりね。様子を見ながら、追いついてくる魔獣だけを迎撃するわよ」

「よし!」

「分かりました」

「どうする? このまま先生のとこまで行くのか?」

 走りながら、セシルが尋ねる。相手は未知数の戦闘能力を持つ侵入者……軍士候補の訓練生には荷が重い。教官に助けを求めるのが普通だろう。

 だが、テアナがいた演習の最初の場所までは、かなり距離があった。マールは少し考えてから

「さすがにあそこまで逃げ切るのは難しいでしょうね。おそらく、この魔獣の大群は大将を潰せば終わりよ。あの神父さえ倒せれば……」

「いや、危険だぞ。相当強いだろあいつ。いくらお前でも……」

「セシル。ルーン。ディム」

 マールは、三人の顔を見つめた。一人一人の目を見て、真剣な表情で言った。

「私たちが相手にしてるのは、危険な他国からの侵入者よ。どんな戦闘能力を持っているか、どんな魔法で挑んでくるのか分からない。でも……このまま逃げてるだけじゃなぶり殺しだわ。テアナ先生のところにはとても辿り着けそうにない。なら、戦うしかない」

 途中、追いかけてくる魔獣も何度か迎撃した。だが、少しずつ追いついてくる魔獣の数は増えてきた。このままでは、じり貧であることは明白だった。

「みんなでいけば、絶対うまくいく。こっちは4人もいるんだから」

「……分かりましたよマール。戦わないと生き残れないってことですね。作戦はどうします?」

 ルーンは覚悟を決めて指示を仰いだ。彼女もまた、優秀な訓練生だった。

 セシルとディムも同じ気持ちのようだ。マールは作戦を説明し始めた。

「とにかく、敵を一カ所に集めて一気に殲滅するわ。ルーンとディムは二人で組んで動いて。セシルは……あんたは一人の方がやりやすそうだから、途中で分散した魔獣をちょくちょくやってて。私は、その隙にどうにかあの腐れ神父を見つけ出して倒すわ」

 簡単に言えば、マール以外の三人は陽動で敵を引きつけ、彼女が神父を見つけ出して倒すという。単純だが、危険な方法だった。

「大丈夫か?」

 セシルはそう聞いた。未知の相手との一騎打ちを余儀なくされるマールのことが少しだけ心配だった。だが、そんな心配を吹き飛ばすような笑顔でマールは答えた。

「自分の心配しなさい。わたしを誰だと思ってんのよ」

 そう言って、逃げるのを止めて方向転換し、真っ向から来る魔獣を迎撃しながらさっき来た道を猛スピードで戻っていった。

 作戦は開始されたのだ。


 セシルはそれを目だけで追う。その表情には柔らかい微笑が浮かんでいた。何も自分が心配することはないだろう、そう思った。

 そして自分もすぐに身構えて近くまで接近していた黒いカゲの獣の赤点を撃ち抜く。


 バンッ!…グチャ…ベチャッ…

 銃創から溢れ出てきた闇は地面へと還っていく。

 

「はぁ……しょうがないか」

 このままだと、確実に全滅することになるだろう…それは避けなければならない。

 逃げるのを止め、まずは状況を確認する。

 

 1,2…前方に魔獣が約30匹。

 ディムとルーンは既に戦闘を開始している。

 ディムの暗器が的確に敵の急所を潰し、ルーンが放った雷撃が、炎弾が、氷槍が次々と魔獣を葬り去っていく。

 経過は順調そうだった。

「鬼ごっこは終わりだな。頼むぜマール」 

 そしてセシルも地を蹴り、動き出した。


(まずは敵を一カ所に集中させる! そんで、その途中ではぐれた魔獣を仕留める、か)

 魔獣の群れはバラバラに、多段的に襲ってきた。それをさっきの作戦通り、一カ所に集めていった。一カ所に集まった魔獣は、魔法で一気に焼き払われることだろう。

 セシルはそれなりに素早い動きで、魔獣の猛攻をくぐり抜ける。途中、何度か傷を負ったが、致命的なダメージではなかった。

 だが、そんなセシルの前に突如、眼前に岩の様な豪腕が繰り出される。

「くっ…」

 その拳がセシルの頭を粉砕する前に、とっさに上半身ごと横に避ける。

 いや、避けるというよりはすっ跳んだと言った方がいいだろう。拳自体は空を切ったが、その衝撃波で跳ね飛ばされてしまったのだ。

「ぐえ……」

 無理に身体を捻ったので受け身を取る事すら出来ずに地面に倒れ込んだ。

 口の中に、鉄の味が広がる。つばを吐くと、真っ赤だった。どうやら内蔵が少し傷ついたらしい。

 威力も、その速さもデタラメだった。  

 そんなセシルを見下ろしているのは、グレンデルと呼ばれる人型の魔獣だった。

 3m以上の身長に灰色の体色……その体は盛り上がった鉄の筋肉で覆われている。

 恐らく生半可な攻撃では一切効果を示さないだろう。

「……」

 静かに口元を歪ませてもう一度拳を振り上げる。いや、上げようとした。

 ダン!ダン!ダン!ダン!

 その拳が振り下ろされるよりも早く、その手に握られた銃が火を吹いた。

 全ての弾は頭に命中、人間なら即死。だが…

「キかんな…」

 眉間へまともに銃弾を食らったはずが、それは僅かに肉を焦がしただけで、グレンデルには全く効果がなかった。

 そして、拳はセシルを叩きつぶそうと振り下ろされた。

 そこからどうにか逃げたが、セシルがいた場所は破壊音と共に、クレーターになっていた。

「まじかよ……あ〜もう、カタイやつは嫌なんだよ。面倒だな」

 逃げながら、思わず愚痴をこぼす。

 動き回ってグレンデルの攻撃を避けつつ、連続的に攻撃を加えて怯んだところを…そんな考えを巡らせていると、突然、地面が動いた。

 地震か? そんな事を考えていると、それよりももっと大きな存在を感じた。


「な、なんだ!? やべえ」

 何か来る……! 考えるよりも先にとっさに跳躍し、地面から離れ、木に飛び乗る。

 すると、ついさっきまで立っていた足下から、巨大な牙が突き上がった。

 ザバッ……バシュウ!!!!

 その光景にセシルは目を疑った。

 森の中に、鮫がいた。

「まじで……?」

 あり得ない場所にありえない生物がいる。

 地面から飛び出してきたのは、びっしりとノコギリ状の歯を生やした巨大な顎。その姿は……まさに鮫。もちろん本来は海にいるべき生物である。

「魔獣って何でもアリなのか。噛まれたらすごい痛いだろうな……」

 しかし、明らかに痛いどころでは済まなさそうだ。さっき消費した銃弾を装填しつつ弛んだ目でその未確認生物を見ていた。

 人間の一人や二人、一口に丸飲みできそうな巨大な大口を開けてエサを求めている。

 地面を移動する鮫…もちろん、セシルはそんなものは初めて見た。だが、その脅威は火を見るより明らかだった。

 セシルを取り逃がしたことを知ると、鮫はまた地面に潜っていった。

(……こいつ、音で獲物を判断するのか)

 その様子をしばらく見ていた。これほど強力な魔獣を二体も相手にする羽目になるとは想定外だった。

 これはしばらく下に降りない方が良さそうだ……。そう思っていたが


「う、うわぁ! く……」

 下にいたグレンデルがセシルが登っていた木に拳打を叩き込む。

 その衝撃で、木は激しく揺れた。そして、数発の拳打を受けたところで木は倒壊した。

 ッッッッッッドォン!!!

「ちっ!」

 このまま木の上にいると倒壊に巻き込まれる。

 そう判断したセシルは木から飛び降りた。

 だが、それを待ちかまえていたようにグレンデルが拳を構えている。

『死ネ…』

 そして必殺の一撃がセシルの骨から内蔵まで破壊し尽くし、辺り一面にバラバラになった肉片と血の雨が降るかと思われた。


「そう簡単には死んでやらないからな」

 ダダダダダダダダダダン!

 セシルは空中で狙いを定め、落下しながら何発も何発も…先程とは比べモノにならない信じられない早さで銃を連射した。

 時折、弾倉から軋む様な音が聞こえる。安物の銃ではその性能・強度はたかが知れているが、それを壊れない程度の限界ギリギリまで酷使して、常軌を逸した連射を続けた。

 そしてその弾丸はグレンデルの頭に当たり、腕に当たり、脚に当たった。

 だが、それほどの弾丸の雨を受けても倒れる気配はない。

 

『無駄ダトいうことが分からんノか!』

 その分厚い鉄のような筋肉に阻まれ、どれも致命傷には至らない。

(やっぱりな…あの筋肉にはこの銃じゃ力不足か……なら、やっぱりあれか)


 あらかじめ予想していたらしく、さほど驚く様子も見せずにそのまま撃ち続ける。

 ただし、今度は狙いを少し変えて。 ひらめいたことがあった。

  

 ダン!ダン!ダン!ダン!

『ドこを狙っている…』

 さらに撃ち続けるが、それはことごとくグレンデルの身体を外れて足下へと突き刺さっていった。

 しかし、それはセシルの計算通りだった。

「来たか」

 何も知らないグレンデルは、落ちてくるセシルを粉砕しようと岩のような拳を構えていた。自らの勝利を確信して、ニヤニヤとした笑いを浮かべている。

 だがセシルは口元を歪ませて呟いた。

「沈め」

 すると、地面が突如盛り上がり、大きな顎と牙が現れた。丁度銃弾が突き刺さった場所に、さっきの鮫が顔を出した。

 鮫には目がないため、地面を走る音で獲物を関知して食らいつく……その習性を利用したのだ。

 一方、完全に上だけを見ていたグレンデルは足場を急に切り崩されて体勢を崩した。

『な、ナンだ……』

 いきなり足下から襲われたのではたまったものではない。グレンデルは慌てて逃げようとするが、鮫は知能の無い凶暴な魔獣だった。獲物と見なされたグレンデルは、餌になるしかなかった。

『グォ…』

 その言葉を最期に2m以上あるグレンデルは軽く飲み込まれ、その強靱な牙と顎で引きちぎられた。

 その鉄色の大きく盛り上がった豪腕も、岩石のように固い頭も、鮫は安々と切り裂き、噛み砕いていった。  

 その隙に着地したセシルは、標的にならないように距離を取って、離れた場所から見ていた。

「とんでもないなぁ……あれは」

 銃弾すら通さない鋼鉄の鉄の筋肉をすら安々と切り刻んでしまう。

 目の前にいる化け物の存在に冷や汗をかいた。

 そして鮫がグレンデルを地底に引きずり込んで食事を済ませている間にすぐにその場を離れる。さすがに、今アレと戦うには分が悪い。  


 その後も、迫ってくる魔獣を屠りつつ移動し、一段落ついたところでセシルは周囲を見渡せる高い木の上に上っていた。

 どうやら自分の周りにいた魔獣はそれなりに掃討できたようだった。

「まったく、あんまり運動させるなよな……。ただでさえ一日中森の中歩き回って疲れてるのに、一度にたくさん現れやがって」

 一人愚痴をこぼすセシル。だが、ふと見るとわりと広い開けた場所に何十匹もの魔獣が輪になって集まっている。

 そして…その輪の中にはディムとルーンがいた。  

 彼らの周囲はまるで結界が貼っているかの様な空間が空いていた。

 その領域に近づこうとした魔獣は、暗器と魔法でことごとく倒されていく。  

 だが……数が多すぎる。いつまでもつか分からなかった。  

「くそ、そうも言ってられないな」

 急いで木から下りて、大量の魔獣の群生へと駆け抜けていった。



 視界は黒色に塗りつぶされていた。その黒の中に無数に存在する赤い点。

 魔獣特有の赤い目はある一点に向けられていた。今にも食い殺さんとする魔獣たちの殺気を一心に浴びているのは、栗色の髪の女と、金髪の男。

 ドーナツ状に、二人がいる空間だけがポカンと空いていた。栗色の女……ルーンが貼った結界のせいだ。

 それでも結界を越えて侵入してくる魔獣に攻撃するのが、手にククリと呼ばれる大型ナイフを持った金髪男、ディムの役目だった。

 相手が気配を感じるよりも早く接近して、首を刈り、瞬殺。    

 こんなことを、さっきからもう何十回と繰り返していた。

 

「あー!!! ……ったくこいつら一体どこから沸いてくるんだよ!!」

 もうほとんどストレス発散気味だったが……

 体に仕込んである暗器のほとんどを使い、結界を破って侵入してくる魔獣の急所を一ミリの狂いもなく貫き、潰し、首を刈り落としていった。  

「……数も多いみたいですし、一気に行きましょうか」

 そしてルーンは、その結界を維持したまま、通常よりもかなり早い聞き取れないほどの速さで詠唱を行って魔法を発動させた。

 普段使う魔法より、少しだけ高等な魔法を。

「……“螺旋火柱”」

 その瞬間、巨大な炎が生まれ魔獣達を飲み込んでいく。黒一色だった視界が、今度は紅蓮に染まっていく。

 ッッッゴォォォォォ!!!

 やがて炎は何本もの火柱となり、絡まり合い、踊り始める。魔獣はその渦に身を焦がされ、抉られた。

 幻想的な炎の演舞が終わった時、もうその場に立っているものなど誰もいなかった。 唯一、結界に守られていたディムとルーン以外は。  

「……相変わらずすげぇな、ルーンの魔法は」

 ディムは感心した様子で惚けたようにその光景を見ていた。

「……ふぅ。さすがに私も魔力を消費しすぎたみたいです……」

 維持し続けていた結界を解き、地面にへたり込むルーン。もう立つ事すらままならないだろう。それをディムは優しく見下ろしてねぎらいの言葉をかけた。

「お疲れさん……お、セシルも無事みたいだな」

 セシルは二人が無事な様子を見て安心して駆け寄ってくる。

「おーい、無事だったか?」

「あぁ、なんとか……」

 そう言いかけた瞬間だった。意外な人物が姿を現した。

「やっと見つけました……」

 穏やかな青い目、赤みがかかった淡紫色で肩にまでかかった滑らかな髪。

 教官のテアナだった。

「あ、先生! 大変なんすよ、今」

「異国から侵入者が入ってきてます。今、おそらくマールと交戦中ですが、敵の戦力は未知数ですし……このままだと」

 ルーンの口ぶりは落ち着いているが、気が気でない様子で、祈るようにテアナに伝える。

 彼女は、ただ友達としてマールを心配していた。 さっきの戦闘中もずっと気になっていたのだろうが、テアナがきて安心した反面、マールのことが気がかりだった。

「そうですか、厄介なことですね。……あなた達、侵入者を見たんですね?」

「はい。黒い神父服を着た、痩せた男です。先生、お願いします。なんとかしてください」

「大丈夫ですよ、大丈夫……」

「…………」

 テアナは、三人を見回した。

 心配そうに見つめるルーン、慌てているディム、そしてセシル……ほんの一瞬の間が空く。

 そして笑った。


「“白遁”」


 声が聞こえた。

 かと思えば……目に電気のような、熱のような強烈な衝撃が走った。そして突然目が見えなくなった。

 視界はどこを見ても真っ白で、さっきまで目の前にいたディムとルーンの姿を探すことが出来ない。

 と、同時に、脳に直接雷が落ちたかのような凄まじい轟音が耳に叩き込まれた。


「ぐ…」

「きゃ…」

「うあ…」


 突然のことに、3人は立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。

「あなた達には眠っててもらいましょうか」

(どういうことだ)

 訳が分からないまま、彼らの混乱した意識はだんだんと白く濁っていき、やがて途絶えた。



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