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チェインα  作者: HERMES
4/20

      2話:演習開始

セシルとマールは一緒に組んで演習をやることになりました。今日の昼から演習が始まります。


 演習以外ではほとんど人気のない森の奥。

 突然のことだった。

 地面からしみ出すように黒い水たまりが広がり始めた。タールのようにどろどろとした感じで、不気味な光沢を放つ水たまりは、ゆっくりと1メートルほど広がるとそこで止まった。


 しばらくすると水たまりから、腕が生えてきた。

 続いて、頭・体・足、と人間が黒い水たまりから出てきた。水たまりが、実はマンホールなんじゃないかと思うぐらい、自然に出てきた。

 男だった。黒い神父服に身を包み、手には本を持っている。

 神父は、首をコキコキならして、周囲を見渡す。視界に入る、木々、草花。そしてアルバートにしか自生しない珍しい植物が目に映る。自分がいる場所が予定通り、アルバートの森の中であることを確認した。


「な、なんだお前?」

 突然現れた男に対し、驚くのは、たまたまそこを巡回中だった警備兵。驚きはすぐに警戒に変わり、素早く射撃体勢に入った。

「…………」

「誰だお前、どこから来た?」

 シンプルに、かつ拒否を許さない威圧感をもって質問する。ただの警備兵……と言えども彼は訓練を受けた軍人だ。そこらの警備員とはひと味もふた味も違う。神父の、わずかな動きも見逃さず、何が動きがあれば、ためらわず撃つつもりだった。

 だが、マシンガンを突きつけても神父は答えない。顔色も変えない。

 そして、まるで眼中にないように、手に持っていた本を開いた。

 ダダダンッ、と銃声が響く。神父の足下に何発もの銃弾が刺さり、穴が開いていた。神父は動きを止める。

「軍部まで来てもらおうか」

 逆らえば今度こそ殺す、と殺気を込める。

 そして神父は警備兵の方を向くと、一言だけ呟いた。

「うしろ」

 警備兵その言葉に反応することも出来なかった。

 後ろから突然、巨大な猿のような魔獣が、薙刀のような爪を首にめがけて振り下ろす。

 ぞぶっ、と、肉を包丁で無理に押し切るような音がして、次の瞬間には警備員の首は宙を舞っていた。

 頭を失った体からは大量の血の雨が降り出し、辺り一面は絵の具をぶちまけたような赤色に染められた。そしてその血に誘われたか、森の奥からさらに多くの魔獣が群がってきた。


 何十体もの魔獣が一人の人間の体に群がる。通常これほど多くの魔獣はアルバートの森にはいないはずなのに、うじゃうじゃと沸いてくる。

 警備員の体は一瞬にして魔獣たちの胃袋に納められた。

 そして、全て終わると統率の取れた兵士のように、自分たちの主人である……神父と向かい合った。


「甘いな……こういう時は、発見・即射殺ですよ」

 出てきて早々、見つかるとは予想外だったがただの警備なら問題はない。仲間を呼ばれる前に始末できた。

 そう考え、神父はそのまま歩き出した。

 まずは目的の達成のための体制を整えなければならない。

「さて、情報ではそろそろのはず。先に準備でもしておきますか」

 神父は開いていた本の一ページを、そっと指でなぞった。

「まずは、邪魔な人工魔獣の掃除からですね……行け」

 そして小さく命じる。

 その言葉に反応し、群がっていた魔獣たちはあちこちに散らばり、森の中へ消えていった。

 神父は満足げにそれを眺めて、森の奥へ歩き出した。

「手に入れなければ……アレは必ずここにある」

 神父は妖しく笑い、また本を広げる。森の中に、黒い水たまりが、また広がり始めた。




 セシルはポケットからあるものを取り出した。

 指輪。

 ずっと昔、まだこの学園に来る前に渡された。

 いつかこれを使うときが来るから、と。もうほとんど顔も覚えてない父親に言われて、ずっと大事に持っていたものだ。

 実際、肌身離さずお守りのように持っていた。銀色のリングに、何の宝石か分からないが小さな珠が付いているだけのシンプルな指輪。

 暇だったから、お守りを取り出してみたが、相変わらずサビてもいないし、黒ずみすらない。


「はめずにポケットに入れてるだけなら、汚れようもないか」

 それでもメンテナンスは欠かさず、暇になれば布で指輪を拭くのが、セシルの日課になっていた。これだけは、今まで怠ったことはなかった。

 何故指輪をつけないのか、というと大した理由もない。つける理由もないのでつけてないというだけだった。


 もうすぐ演習が始まるので、セシルはとりあえず演習場の近くの中庭で待機していた。

 周りにはセシルの他にも何人もの生徒がいた。ただ、その場にいるのはほとんどがカップルだったが。


「ジェーン……次の演習が終わったら、俺と」

「そこから先は言わないで、カイン」

 抱きしめあう二人。


「ルーン、実は君のことが好きなんだ。付き合ってくれないか?」

「ごめんなさい。あなたはいい人だけど、そういう対象には見えないんです。諦めてください」

 残念だ、と苦笑いを浮かべて去っていく男。


「…………」

 どこかで見たことがある……クラスメートであろう顔が、ちらほらとあったりする。

 セシルは若干の居心地の悪さを感じつつ、ベンチに座っていた。

 そして、今日行われるという演習のことを考える。

 魔法しか通じないという、人工魔獣。

 魔法が一切使えない自分。


「……魔法なんて」

 セシルは、他の生徒が魔法を使うように、気を集中し始めた。体内の魔力を感じ、それに、火・雷・水・風など、発動したい魔法に合わせてイメージを乗せて……息を吐くようにして、一気に外へ呪文と共に圧縮された気を放つ……これで、魔法は発動する。

「火柱!」

 手のひらを前へ突き出し、目の前に転がっていた紙くずに向けて放つ! ……が、火柱は出る気配もなかった。

 そもそも、セシルは他の生徒が言う、魔力というものを体内に感じる事は出来なかった。

「ふん、紙を燃やしたかったらこうすりゃいいんだよ」

 セシルはライターを取り出して、紙に火を付けた。紙は見事に燃え上がり、一瞬で灰になった。

 くだらねぇ、と心底セシルは魔法を軽蔑する。いつのまにか風に吹かれ、灰もどこかへ消えていった。

 魔法も科学も、結果は同じなのだ。プロセスが違うだけで、火が物を燃やすという現象はどちらも同じ。なら、どっちを使っても構わないだろう。

 そんなことを考えていると、ふと手に持っている指輪に目を向けた。

 そしてそれを、何の気なしにつけてみる気になった。サイズが合うかどうか心配だったが、思ったよりすんなりとつけることができた。

 指輪のはめられた左手の中指を、上に掲げて眺めてみる。


「昔はぶかぶかだったと思ったけど、成長するもんだな俺も」

 久しぶりに、親の形見の指輪をはめた。

 なんでそんなことをする気になったのか分からない。あえて理由を言うなら……今日の演習のお守りみたいなもの、だった。


 アルバートという国は、森の国と言われている。国土の半分が森で、豊かな自然が広がっている。

 学園の少し離れたところには、広大な樹海が広がっており、演習場としてもよく利用されている。 

 ここは迷いやすく遭難者も出るほどで、よくサバイバル演習にも利用されている。そんなところに何十人もの生徒が集められていた。

 その中でひときわ目立つ少女がいた。マールだ。彼女は、まだ自分をチームに入れようと頑張る者たちを無視して、自分で昨日組んだチームを探した。

 そして、ようやく一人目を見つけた。

「あ、セシル。やっぱり先に来てたの」

 集団から外れて木にもたれかかっているのを見つけた。

「あんまり暇だったんで、結構前からな」

「ふーん。あれ、指輪なんかしてたっけ? 買ったの?」

 どうやらすぐに気付いたらしく、セシルの左手の中指に目を向けた。セシルは左手を軽く挙げて見せた。

「いや、持ってたんだけど今までつけてなかったんだ。今回はまあ……お守りみたいなもんかな」

「あぁ……お父さんの?」

「そういうこと」

 それだけで、マールには全て分かった。そして笑って

「そんなに心配しなくても大丈夫よ」

「何が?」

「わたしがいるんだから」

「頼もしいねぇ」

 そう言って笑った。男が女に守られるのはどうなんだろう、なんて疑問は野暮というものだった。二人はそういう関係だった。

 まもなく、集合時間になろうとしていた。


「みなさん、集まったようですね」

 そして森の奥から教官が現れた。昨日と同じく、新人女教官のテアナだ。

「さて、さっそく訓練を始めたいところですがその前に四人一組のチームを作って下さい。あ、男女混合が望ましいですね」

 そう言ってにっこりと微笑む。 生徒達は、男女混合、という言葉に疑問を浮かべた。

「あのテアナ先生、どうして男女混合なんですか」

「え?だってその方が楽しいでしょ?これは男子にとってチャンスよ。ここで女の子をピンチから守ってあげれば一気に好感度アップでしょ!」

 戦場で好感度もへったくれもないのだが、本人曰く、こうすることによって戦闘時の緊張がほぐれるということらしい。実は意外と好評だったりもする。

 あらかじめ誰と組むか決めていた生徒も多かったが、とりあえず生徒達は適当にチームを組み始めた。それぞれの戦力バランスを考えて、均等に分かれていく。男女混合で。

 ちなみにセシルは

「ふらふらしてて、危なっかしくて見ていられないから」 

 と、昨日言われた通りマールに捕まり、彼女の友人達とチームを組むことになった。

「よう」

「よろしくお願いします、セシルさん」

 一人はぶっきらぼうに、もう一人は丁寧に挨拶を交わす。対照的な性格だな、と思った。

 少しウェーブのかかった柔らかい栗色の髪の女の子と、見慣れた金髪の隣人がそこにいた。ディムだった。昨日マールと別れた直後に声をかけられたのだ。

『お前マールと組むんだろ? 俺も混ぜてくれよ、今度はなかなかやばそうだからさ』

 どうやらたまたま見ていたらしく、まぁいいだろうと言ったら本当に着いてきたらしい。

 そしてもう一人……女の子の方は、ルーンだ。クラスでも特に目立つ様子もない大人しい子だ。

 マールとは性格的には正反対のようなものだったが、何故か気が合うらしくよく一緒にいる。

 ちなみにどこかで見た顔だと思ったら、さっき中庭にいたカップルのうちの一人だった。性格は大人しいが目つきは鋭いようで、なんだかこっちを睨んでいるような気がした。

「お、おう。よろしくなー」

 セシルは気づかなかった振りをしつつ挨拶を返した。

  

 全員がチーム分けされたところでテアナ説明が始まる。

「えー今日の演習はこの森の範囲での擬似戦闘です。状況に応じて的確な攻撃を行って下さい。魔法もばんばん使っていいですよー。魔法しか効かない敵もいますからね」

 それを聞いて緊張が高まる。演習は月に何度か行われるがその度に怪我人が絶えないからだ。中には重傷を負って再起不能になった者もいるし、死亡者も度々出る。

「私が魔法で創った人工魔獣が200体ほど……うようよしてますから油断してると死にますよ。十分注意して下さいね。魔獣を全滅させるか、ギブアップとして森から出たら演習終了です」

 人工魔獣とは特殊な術で創られた理性のない危険な生物だ。

 元々の自然に存在する純正の魔獣には劣るものの、強力なものでは生物兵器としても使用できる程の力がある。

 それを相手にしろ、というのだ。腕に自信のないものは顔面蒼白になっていく。テアナの言うチームを組めというのはこのためだったのだろう。

  

「じゃあ頑張って下さいね。生きて会えることを祈っています」

 それだけ言うと、テアナはどこかに消えていった。

 そしてそれを合図に訓練が始まった。それぞれのチームは散り散りに森の奥へと入っていった。

 

「可愛い顔して人が悪いよな、あの先生」

「ああいう人は結構Sなのよ。ちょっとぐらい腹黒くなきゃ軍人なんてやってられないわ」

 言いながらもマールはエア・アンカーを取り出して、いつでも戦闘が出来る準備を整えていた。

「なるほどねぇ」

「そろそろ私達も行きましょう」

 ディムとルーンは銃を持っていない。何か他の武器や対応策があるのか……。分からないが、とりあえず、他と同じようにセシル達も森の奥へと消えていった。

  

「……はっ」

 ギンッ……と眼に力を込めるとエメラルドグリーンの輝きが一層濃くなっていく。

 その瞬間に空は彼女の目となり、あらゆる感覚器官となる。望むままに世界の有様を知り、あらゆる存在を見透かし、感じる。

 マールは範囲を自分の周囲に限定してそこにいる存在を解析し始めた。そのため、敵が魔法を使おうとする時、どのような種類の魔法かも一瞬にして見切る。

 

「木の上に敵。魔法が来る……炎系ね」

 

 そう言った瞬間、突如現れた炎が空間を埋め尽くした。

 ゴゴゴゴ、と音を立てて……まともに食らえば確実に大火傷を負うであろう巨大な火球が地面に穴を開けた。プスプスと白い煙が上がり、それが晴れた時には焼けこげた人間がいるはずだった。だが、そこには誰もいない。

 マールは周囲を探り、気配を察知する能力が尋常ではなく、ほんのわずかな空気の流れや振動を肌で感じ、次の行動を見切ってしまう。人間センサーのような感覚器官を備えていた。


「ギ……!」

「終わり」

 魔法を放った、カラクリ人形のような人工魔獣の側には、背中までの長い茶髪をたなびかせたマールがいた。いつの間にか至近距離まで接近していたのだ。

 そして後頭部でエア・アンカーを接射した。特殊合金をもぶち抜く超威力の銃に、頭は粉々に消し飛び、驚くべき事に魔獣の体までもが消滅してしまった。クレーターのような黒い銃創が、そのまま体の隅々まで行き渡って浸食していき、最後には蒸発するように、跡形もなく消えてしまったのだ。

 一連の動きを当然のようにこなしたマールは、そのまま木から下りて仲間の無事を確認した。幸い、全員炎が来る前に回避していたので怪我は無かった。 

「相変わらずの手並みですね」

 側で見ていた、友人のルーンが感心してそう漏らす。妙に丁寧な口調なのは、彼女の性格なのだろう。

 そんなルーンに、「まあね」と笑いながらマールが答える。

「おい、セシル。やっぱりこのチームに入ってよかったな! こりゃ今回の演習は楽勝だぜ」

「お前は後から無理矢理入ってきたくせに」

 セシルは渋い顔でディムを見やる。だが、この分だと自分達の仕事はないかもしれない、と思ったりもした。

「次は……あっちの方に行ってみようか。もっと奥の方までね」

 そう言い、かなり速いスピードで森の奥に向かっていった。他のメンバーは置いて行かれないようにそれに付いていった。

 マールは木から木へ飛び移りながら縦横無尽に森を駆けめぐり、途中で見かけた人工魔獣を片っ端から倒していった。

 稲妻のように速く、鋭く容赦のない動きだった。

「招雷、火柱、氷槍、風刃……」

 高速で動き回りながらも魔法の呪文が唱えられ、その度に人工魔獣が雷や火炎に貫かれて倒れていく。

 後ろから襲いかかってきた魔獣の攻撃を振り向きもせずにしゃがんで避け、一撃必殺の銃弾を叩き込む。

 魔法による轟音と銃声が鳴り響き、人工魔獣は反撃する間もなく、一匹また一匹と倒れていった。



「す、すげえ……初めて見た」

「そうですよ。だって彼女はマール・アイボリーなんですから」

 ルーンは自分が褒められたかのように嬉しそうな顔をしている。

 そしてセシルは改めて思った。

「俺らいらねえじゃん」

 

 そんな調子で更に奥へと進んでいく。しばらく行くと遠くに何かの群れが見えた。どうやらあれが魔獣らしい。

 よく見るとその中央には空白があり、そこに数人のチームが周りを囲まれていた。魔獣達は今にでも襲いかかりそうな勢いだ。

 セシル達はいったん様子を見るため、少し離れたところで止まった。

 

「へぇーあれも人工魔獣か……」

 セシルは目を細めて黒い塊を凝視する。さっきまでの人形のような人工魔獣とは違い、獣のような形をしていた。違うのは形だけではなく、さっきよりも気迫に満ちあふれ、牙をむき出し、うなり声を上げて彼らを見つめている。獣達の強い悪意が離れたところにいても伝わってきた。

 人工魔獣というのは、あくまで魔法で創られた木偶であるため、感情や悪意などはなく、無機質なものだ。だがこの獣は生命力に満ち、他の命を奪うことを楽しむかのような気配があった。


「すごいもんだな。先生の人工魔獣は。こんなのも作れるんだ」

 セシルが感心して声を上げる。人工魔獣は戦争なんかでも使われたことがあったらしいが、こんな生命力に満ちたものを創れる技術はなかったはずだ。もっとも、アカデミーの演習で使うには厳しすぎる気もするが。ディムとルーンも冷や汗を流している。もしアレに囲まれているのが自分たちだったら……と、想像しているのだろう。

「違うわね」

 マールが人工魔獣たちのほうを見て睨む。強く、眉間にしわが寄るほどに。敵の一挙一動を見逃さないように。

「違う……って?」

「あれは……」

 囲まれた生徒達は、今にも泣き出しそうにして銃を向けている。ささやかな抵抗だったが、もし獣が本気で襲いかかってくれば、役に立たないだろう。

 銃が効かない、と噂されていた人工魔獣だ。効果があるとしたら、魔法しかない。

 そう判断したチームの一人が、唇を動かし始めた。

「あれは、普通の人工魔獣じゃない!」

 マールが叫ぶ、と同時に魔法が放たれようとしていた。だが、その行為が引き金となった。獣が、魔法を唱えた男に襲いかかり、腕に牙を突き立てた。

「う、ギャアア!!」

 そのまま引き倒され、肉が抉られる。その痛みと恐怖で、大声で叫び声を上げる。そして抉られたところの肉をうまそうに食いにかかる黒い獣達。仲間は、腕を引きちぎられそうな仲間をしばらくは呆然と見ていたが、やがて叫び声を上げて銃を乱射し始めた。そしてその瞬間、均衡は破られた。

「本物の魔獣よ、天然のね」


 赤い目の部分を中心に闇が覆い被さっているような、黒い魔獣。その姿は、虎かもしくは狼のような肉食獣の姿をしていた。

 闇で出来たその身体は、影のように地面へばりつき、変幻自在に身体の形を変えて、鋭い槍にも刃にもなることができた。その動きはかなり俊敏だ。

 カゲと呼ばれるその魔獣は、うねうねと身体をくねらせながら徐々に距離を詰めていく。そして

「シャァ!」

 先端を刃物のように尖らせて一斉に襲いかかる。刃に変化した十数体のカゲが飛び上がり、回転しながら斬りかかる。

 囲まれているメンバーは魔法や銃で応戦しているが、数が多すぎてとても間に合わない。

「……く、くそ!」

 高速で詠唱を行い、魔法を連発するが、それ以上に魔獣は次から次へと襲いかかってくる。そしてメンバーの眼前にまで迫ってきた。

 もう駄目だ…全滅する……誰もがそう思ったその時だった。 


 バシュッ

 一発の銃声が響いた。それがどこから放たれたものかはその場にいた誰も分からない。だがそれは確実に魔獣に当たり、直後にカゲは木っ端微塵になった。

「ふーん。なるほど、この間よりは強そうだけどこんなもんね」

 狙撃手、というかマールは面白くなさそうにそう言うと木の上から降りて辺りを見回す。

「1,2,3。隠れてるのも合わせると30匹くらいか……」

 そしてまた冷静に分析を始める。  

「えーっと、赤い部分……あれは目みたい。あそこを狙って銃で撃ち抜くか、強い閃光に極端に弱いみたいだから雷撃系の魔法で攻撃して! 弱点はそれだけであとは大して効果はないみたいね」

 そしてセシル達3人も降りてくる。もうすでに戦闘準備は整っている。  

「お、お前ら……」

 囲まれていたチームの一人が突然の乱入者に驚いている。だが、そんな暇はなかった。

「話は後。とりあえずこいつらを先に始末しましょ」

 カゲがそれぞれ、変化して襲いかかってくる。その姿は槍、刃、ハンマー…原始的な武器だが、充分な殺傷能力を持ち、脅威となり得る。  

 

「……うわっ!」

 ギュォ! っと、槍のように変化したカゲが、凄まじい勢いで突進してくる。セシルはとっさに横に転がり、間一髪でそれを避けたが、後ろにあった大岩が深く貫かれて砕け散り、更にその後ろの木まで貫通していた。まともに食らえば、人間が1ダース程串刺しになるだろう。

「こないだの演習の時よりも強いよな、確実に。くそっ」

 槍に変化していたカゲは、狙いを外すとすぐさま獣の姿に戻り、牙を肩に突き立ててきた。鋭い痛みと共に血が噴き出した。

「ぐっ……このやろ」

「はっ!」

 叫び声と共に誰かが急いで雷撃を放った。辺りが光に包まれ、強烈な放電がカゲを直撃する! それはセシルに当たることはなく、弱点である赤い目だけを貫いた。まともに受けたカゲは弾け飛びやがて消えていった。

「しっかりして下さいよ。これは実戦、殺し合いなんですからね。あ、また来た! セシルさんも手伝って下さい!」

 ルーンだったようだ。彼女は一切の反論を許さずに捲し立てると高く跳躍し、周囲の木や岩を蹴って縦横無尽に動き回り、敵を撹乱しつつ撃破していく。

「“火、招柱、雷”」

 彼女が得意とするのは、魔法の二重詠唱だ。複数の魔法の詠唱を行い、効果を倍増させる。炎をまとった雷が、襲いかかるカゲをまとめて焼き払った。

 ちなみに彼女もマールに次ぐアカデミーの優等生だったりする。

「……血圧上がるぞ」

 肩から血を流しながら、まるっきり緊張感のない声で本人に聞こえないようにボソリと呟く。そして、魔法の使えないセシルは、弱点らしいカゲの赤い目の部分を狙っていくことにした。 そして、おずおずと銃を取り出した。

 

「ひぃ!」

 バン、バン、バン……

 囲まれていたチームのメンバーが迫ってくるカゲに必死で銃を乱射しているが、いずれも急所に当たっていない。赤い目以外の黒い体に当たった弾丸はそのままカゲに吸収されていく。

 刃に変化したカゲに体を切り裂かれていく者もいた。どうにか一命を取り留めたらしいが、大量に血を流して動けなくなっている。

 動きを止めた直後、カゲ達はハンマーを形取り、その大幅に増大した重量でそのまま叩きつぶそうと、集団で男に飛びかかろうとする……が。

「豪雷!」

 マールが詠唱を終えて魔法を放つ。目標を中心として湿った空気に魔法によって電流が流されていく。その電圧は時間と共に加速度的に高まり…

 極限にまで高められた電圧で強烈な閃光と共に何十万ボルトもの放電が起きる。前方にいた数体のカゲは一度に消滅した。

「た、助かった……」

「ふぅ」

(傷は深い……けど命に別状はないわね)

 へたり込んで全く手も足も出ない男に、薬と包帯を渡した。

 別に彼に非があるわけではないが、そもそも戦いには向いてないのだろう。アカデミー内でもそういう人間がいることは確かだ。

 そんなことを考えながら、今まさに背後から襲ってきたカゲを無造作に銃だけを後ろに向けて、事も無げに撃ち抜く。エア・アンカーの効果で多少弱点から外れても滅することはできるが、振り向かないままでピンポイントに弱点である赤い目に命中した。

 直後、カゲは魔術効果によって霧散する。跡形もなかった。

 

「大分数は減ってきたけど……妙ね。何か見張ってる……?」

 マールの敏感な神経は、自分たちの周りのまとわりつくような妙な雰囲気を感じた。何か、空気が重い感じがした。  

 

「おい、行ったぞセシル!」

 傷だらけになりながらも、ディムがナイフで目を抉り、魔法で数匹のカゲを葬ったところで大声を上げる。魔法で追いつめて、残ったカゲをセシルが銃で掃討するという作戦だ。

「ん、はいはい…」

 緩い、気力が感じられない返事とは裏腹に確実に急所を撃ち抜いていく。

 バン、バン、バン……。

 三発の銃声がなったと同時に三体のカゲが潰された赤い目から、黒い闇をぶちまけて崩れ落ちる。この前の訓練の時とは段違いの、実戦射撃。良い感じで力が抜けているので、弾丸がぶれることはなく、まっすぐに弱点に突き刺さっていった。

 使っているものは安物の銃だが、それを補って余りある射撃技術だった。

「よし、上出来だ。……でもお前、意外とやるもんだな、驚いたぜ」

 ナイフの血をぬぐいながら本当に驚いた様子のディム。

「俺にはこれしかないからなあ」

 セシルは自分の銃を眺める。魔法が一切使えないにもかかわらず、平凡な成績なセシル。裏を返せば、魔法以外は並以上に出来なければ平凡という成績すらもらえないのだ。魔法ができないとすれば、攻撃手段は銃しかなかった。並より秀でるのは必然といえた。


「じゃあ次は……ん、なんだ?」

 ディムが次の魔法を放とうと詠唱をしていると突然魔獣の動きが変わった。今まで殺意をむき出しに襲いかかってきたカゲが急に大人しくなった。そして、唐突に背中を向けてどこかへ去っていった。逃げ出したのだ。

 訳が分からずに呆然としてカゲを目だけで追う。別に敵意のないものをわざわざ自分から攻撃を仕掛ける必要もないのだが。

「ん、妙だな。魔獣が逃げ出すなんて聞いたことないぞ」

 魔獣というものは、基本的に殺意の塊であり、例え仲間が倒れようとと向かってくる。いやそもそも仲間という意識もない。そのため不利を感じて逃げ出す理性も持っていないはずだ。

 だが目の前の魔獣は自分たちに背中を向けてどこかへ行こうとしている。これはどういうことだろうか。

「まぁでも、とりあえず作戦成功……かな」 

 考えても分かるはずもない。訝しく思いつつも、セシルは頭をぽりぽりと掻きながらカゲが消えるのを見送っていた。



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