第一章 1話:魔法と魔獣と人間達
(あらすじ)アルバートとという国のアカデミーに、セシルとマールという二人がいました。セシルは凡才、マールは天才でしたが、何故か二人はよく絡みます。
アルバートは今日も快晴だった。
太陽の光がカーテンを突き抜けて部屋に差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる頃、セシルは布団から起きあがった。
そして、あとは毎朝同じ事を繰り替えしてきた体が勝手に動いた。顔を洗って歯を磨いて、パンをトースターに入れて、その間に着替える。
「ん……朝かあ」
パンが焼けあがる頃、セシルの意識はようやく完全に覚醒した。
一人暮らしが長いと、ついつい朝ご飯も適当になってしまう。
他の寮の者達は、それぞれ自炊をしていることが多いのだが、セシルは一度として自炊をしたことはなかった。
たまに、誰かが差し入れに持ってくる料理がなければ、ずっとインスタント食品を食べて生活することだろう。
アカデミーの寮には、生徒が何不自由なく生活できるように、必要なものは全て揃えられていた。洗濯物が干せる広いベランダもあり、かなり快適な環境だった。
それもこれも、アカデミーの生徒が万全の体調で訓練をこなせるようにするためである。
パンを食べ、一息ついたところでセシルは自分の部屋を出る。そして、一歩外に足を踏み出した。
「よお、セシルか。おはよう」
そこで横から声をかけられた。
隣の部屋のディムが、ちょうど同じぐらいに部屋を出てきた。
「あーおはようさん。てか、全く同じタイミングで出てくるなよ気色悪い」
「知るかよ。たまたまだろ」
二人は同じクラスだった。だから行き先も一緒だ。
軽口を叩きながら、教室へと向かう。
「てかさ、お前マールとどうなんだよ実際?」
「どうって何が?」
「なんであの天才とお前がいつも一緒にいるのかってこと」
マールの名前は、アカデミー中に響き渡っていた。そして、何故かいつもその隣にいるセシルのことも。
「さあー。ただの腐れ縁だし」
「腐れ縁て?」
「まぁいろいろと……」
セシルはそれ以上は語らずに、話題を切り換えた。
「今日って何の授業だっけ?」
「魔法の学科だったろ。今まで実戦で魔法使う訓練ばっかやってたから、学科は久しぶりだよな」
「えぇ……魔法とかいいだろもう」
セシルは嫌そうな顔をした。ディムはそれに呆れて
「お前な、軍士が魔法使えなくてどうすんだよ」
軍士、というのは一般の軍人の更に上の階級に位置する、特別な兵士のことだ。
等級で区別され、一級軍師ともなるとたった一人で並の軍隊なら丸ごと潰せるほどの実力を持ち、その国の最大の戦力になりえる力を持つ。
アカデミーとは詰まるところ、この軍士を育成するのが目的だ。
本来なら軍人として何年も研修やら訓練やらを受けるのだが、アカデミーを卒業して軍に配属されると、自動的に軍人を飛ばして軍士になる。
「軍士とか別に興味ないけどなあ。俺は」
だがそれとは裏腹に、セシルは全くやる気もなさそうに呟いた。
「まぁ別に軍士にならなくても就職とか便利だろ。……教室着いたな」
二人はそれぞれ自分の席に着く。しばらくして授業が始まった。
「はあい、みなさん。今日は魔法についての講義です」
担任が授業を始めようとしていた。このアカデミー最年少教官である、テアナだ。
見る者を安心させる穏やかな青い目、赤みがかかった淡紫色で肩にまでかかった滑らかな髪。ほんわかした印象の女性教官だった。
テアナはさっそく授業を始めた。
「普段、演習や訓練で魔法をよく使っていると思いますが、そもそも何で魔法が使えるんでしょうね?」
教室全体に問いかける。
だが、生徒達は首をかしげるばかりだ。テアナは説明を続けた。
「実はそれは分かっていません。ただ、何百年も昔、突然使えるようになった人がいたそうです。私たちは、そんな人達の子孫。だから魔法が使えるというわけです」
「突然使えるようになった? ってどういうことですか?」
生徒の一人が手を挙げて質問した。
「そうとしか言いようがない、としか伝えられています。大昔、今まで魔法など使えなかった人達の中に、突然魔法が使える世代が現れたそうです。体内にある気を練り、超常現象を起こす力、それが魔法です」
テアナは、黒板にずらずらと要点を書き連ねていった。
たぶんテストに出るだろうということで、周りの生徒は真剣にノートをとっている。
黒板に書かれていく魔法の理論をセシルは退屈そうに見ていた。
「魔法は、大きく分けて二つに分類されます。“流動魔法”と“固定魔法”です。一般的に言われる、呪文を唱えて発動するものが流動魔法です。火や雷や風を生み出す、普通の魔法ですね。例えば……」
テアナは即興で、一番簡単な魔法を唱え始めた。
「……火柱」
すると、目の前に小さな炎の柱が生まれた。ボァ、と天井近くまで燃え上がると一瞬で消えた。
「まぁ普通の魔法はこんな感じです。込めた魔力の分だけ威力も増します。使った魔力の分消費すれば、消えます。
これが普通……なんですが、もう一つの固定魔法、これが少し特殊なんですね」
テアナは黒板に固定魔法、と書く。そしてそれについての説明を始めた。
「通常の魔法というのは、発動するまで形には表れないものです。しかし、固定魔法というのは、形ある魔法。魔力が結晶化した道具であり、一発で終わる流動魔法とは比べものにならない強力な魔力が秘められています。そして、その効果も絶大です。……マールの持つ『エア・アンカー』もその固定魔法の一つですしね」
生徒の目が、教室の真ん中のほうの、マールの机に置いてあるエア・アンカーに集中した。
見た目には、拳銃にしては大きめのごつい銃だ。だがこれはマールの家に伝わる、由緒正しい固定魔法なのだ。
「固定魔法、というのは確認されている数が非常に少ないのです。大抵は、国宝やらに指定されて一般の目に触れることはありません。大昔に作られた遺産らしいのですが、今ではその作成技術を再現できる人はいません。マールが持ってるのも、貴重なものですね」
自分の持っているものが宝、と言われてマールは苦笑した。
所詮、武器は武器だ。大事に飾っておくようなものじゃなく、実戦で使ってこそ活きるのだと思っている。実はエア・アンカーは、マールが15歳の時の誕生日プレゼントだった。あれが、ようやく一人前だと認められた証だったのだろうと、今になって考える。
「固定魔法は強大です、使い方次第ではとてつもない力を生み出します。固定魔法それ自体が、国の力そのものになることもあります……分かりましたか、セシル?」
「……え? ああ。はい……」
セシルは突然当てられてしどろもどろになる。
ほとんど右から左に聞き流していたのがばれたのだろう。
その後、他の生徒がテアナに当てられたりして、授業は滞りなく進んだ。
外を見ると、全く呆れるぐらいの青空だ。このアルバートは、晴れの日と同じぐらい雨が降るのだが、今年はそれがあまり無い。雨が降らなくて大丈夫か、なんて心配をするほどだ。
だが、水の蓄えは十分あるので、水不足と言うことはないだろう。
ぼーっと空を見ているだけで、時間は過ぎていく。セシルはぼーっと空だけを眺めていた。
「……さて、お話はここまでにしておきましょう。明日、みなさんに実戦訓練を行ってもらいます。魔法を使った、対魔獣戦の演習です」
テアナの言葉に、教室がざわめきだした。実戦訓練……この間、魔獣討伐の演習を終えたばかりで油断していた生徒達が大勢いたようだ。
「明日の昼、第一演習場まで行って待機しててください」
そして、授業終了のベルが鳴った。
伝えることだけ伝えて、テアナはざわめく教室を後にした。
「実戦訓練かあ。やべえじゃん、魔獣相手とかこないだも結構苦戦したのになあ」
「あたしも、仲間に助けてもらってたから一人だと厳しいわあ」
「魔獣にはあんまり銃や他の武器は効かないって話だよ。高レベルの魔法じゃないと厳しいって」
そんな声が教室のあちこちから聞こえてくる。みんな、必死で対策を練ろうとしているか、仲間と組んで演習をこなそうとするか、慌てて今から訓練をやろうなどと言い出す者など、様々だ。
一方、マールは慌てた様子もなく、教科書をまとめて教室を出ようとしていた。そこを、呼び止める声もあった。
「ねぇ、マール。明日はあたし達と組もうよ」
「いや、俺らのチームに入ってくれよ。礼はするからさあ」
「お前ら物で釣ろうとするなよ。なぁ、マール。君と釣り合うのは僕らのチームぐらいのもんさ。一緒にやろうよ」
必死で誘われるのも無理はない。固定魔法をもち、アカデミーで最強の実力を誇る生徒と言えば彼女だからだ。
だが、その全てをやんわりとかわして、マールは教室を出た。
そして丁度出たところに、壁にもたれているセシルがいた。
「人気者だよなあ、相変わらず」
セシルはからうように笑いながら声を掛けた。
「最初から人に頼ろうとする魂胆が丸見えなのよ、うんざりするわ」
本当にうんざりした顔で語り、歩き出した。セシルもそれに続く。
「んで、あんたはどうすんの?」
「俺は……どうすっかね。まぁなんとかなるでしょ」
「魔法使えないのに?」
「魔法なんているかよ、くそったれ」
周りの人間が、幼い頃から魔法の力に目覚めて使っていたにも関わらず、セシルは全く魔法が使えなかった。
それはもう、どれだけ力んでも魔法が出る気配すらないのだから重症だった。だから、魔法の話題が出るとセシルは拗ねるのだ。
「これで十分だって」
セシルは、腰のホルスターに下げてある銃を指差した。
魔法が使えない分を、在庫処分セールで買った安物の銃で補うつもりらしい。
マールは、それにため息をついて
「やれやれ……んじゃ、行くわよ」
「え、どこに?」
黙って歩き出すマールに尋ねる。
「シャワー室よ」
「……なんで?」
「まぁいいから、早く来て」
そう言われ、そのままスタスタと歩いていくマールの後をしかたなく追う。
マールは二人で話をするときは、誰もいないところまで連れて行ってから話を始める。たいがい、他の人には聞かれたくない話の時だ。セシルはもう慣れたもので、特に理由も聞かずについていった。
そのまま、本当に女子シャワー室の近くまで来て、マールは止まった。
周りに人は、誰もいない。
「覗きは駄目よ……一緒に入る?」
マールはニヤニヤしながら前でシャワーの前で軽く通せんぼをした。
「の、覗くのはなしで、一緒に入るのはありなのかよ」
「見られるのと見せつけるのは違うのよ。好きな人に裸を見せつけるくらい、何でもないわ」
恥じらいを微塵も見せず、あまりにも堂々と言うものだから、セシルはたじろいだ。
「……え、ええっと。それはつまり……」
「冗談よ。何赤くなってんのよ」
マールがさっきとは変わって、ゴミを見るような嘲笑を浮かべているのをみて、セシルは恥ずかしいやら敗北感やらでゲンナリとしていた。
そんなこんなで、軽くからかいながらも、マールは話を切り出した。
「んなことより、明日はわたしと組みなさい。今回はけっこうやばそうだし」
「やばいって?」
「人工魔獣が、あの森の中にわんさかいるのよ。テアナ先生が魔法で創ったんだと思うけど。それで、銃が効かないように創られてるみたいだから、魔法が使えないあんただと……死ぬかも知れないわ」
重傷を負ったり死者が出ることは、アルバートアカデミーではそこまで珍しくもない。演習だと特にほぼ実戦のようなものなので、怪我人は毎日のように出ているし、再起不能者もたまにいる。死者が出ることは稀だが、ないこともない。
「魔法しか効かねえ、って俺に対するいやがらせかよ……。死ぬのは嫌だしな。てか、何でそんなこと知ってるんだよ?」
「天才だからね」
答えになってないが、答える気もないのだろう。セシルは諦めた。
「んじゃ、また明日の昼に。わたしはもうチーム組んでるから、セシルも合流しに来てね!」
「あ……おい、マール!」
セシルが呼び止める声も聞かず、マールはどこかへ行ってしまった。
しかし、マールは確かに心強い味方であり、同じチームならとりあえず死ぬことはないだろう。この間もそうだった。あの時は、クラストップの成績まで取ってしまったが。
そう思うと、安心感が沸いてくる。
「まぁ適当に頑張るか……」
ぽりぽりと頭をかきながらセシルはとりあえずこれからどうするか考え始めた。
「おーい、セシル飯食おうぜ」
そんな時、遠くの方からディムが呼ぶ声が聞こえた。
あぁ、そろそろ昼のようだ。
一段と日差しがきつくなる、昼だ。
こっから本編です!
どんどん、さくさく書いていきます。