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チェインα  作者: HERMES
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    18話:疑惑の檻

ダリオ達3人に、軍の本部まで連行されたセシルとマール。そこでテアナと再会します。

「……もう一度聞きます。事件の夜、あなたは何をしていましたか?」

 円卓のような机の前に、ライスアカデミーの教官だけでなく軍の幹部も数人座っており、そこでテアナは上座の位置に座らされた。

 彼らが一人一人、テアナに向けて質問してくる。

「眠れなかったので、街の方まで散歩に出かけていましたねぇ」

 事件当日の夜の出来事や、ライスコーフに来てからとった行動について細かく聞かれた。

「なるほど……」

 答えるたびに、端に座っている男がメモを取った。

 最初は妙だと思ったが、すぐにテアナは感づいた。


 今回のライスコーフでの爆破事件を、アルバートから来た自分たちが仕組んだのではないかと疑っているのだろうと。

 そしてこれは会議などではなく、尋問だ。

 平然として答えるテアナだったが、その心境は穏やかではない。


 例の情報収集のため、事件があった夜には街へ出かけていたのだが、それをたまたまアカデミーの関係者に目撃されていたらしい。

 それを正直に言うわけにもいかない。

 遺跡の爆破はしていないが、スパイ活動はしていたのだから。


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「留学生の二人を、連行しました」

 そう言いながら、5人の生徒達が姿を現した。

 ダリオ、ジノーヴィ、リリアの3人と、アルバートの留学生であるセシルとマールが後ろに並んでいた。

(……やっぱりこうなりましたか)

 内心ため息をついて自分の生徒二人を見つめる。

 テアナと目があった二人は、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ご苦労、あとは我々がやる。下がっていいぞ」

「はい」

 役目を終えて、退室する。リリアは一度だけ振り返り、不安そうな顔で二人を見つめていたが、ダリオに引っ張られて出て行った。

 セシルとマールは、テアナの横に座らされ、ライスコーフの軍幹部と向かい合わせになった。


「さて、もう話は聞いているだろう。君達は、例のテロ事件の重要参考人だ」

 幹部はそう切り出した。

「どうして私たちが、そういうことになるんですか?」

 マールがそう切り返す。

 確かに極秘の情報収集はしていたが、ばれないように細心の注意を払っていたし、テロとの関連を疑われるようなことは何もしていない。心当たりはまるで無かった。

「私たちが外国人だからですか? それならちょっと強引すぎ……」

「そういうわけではない。目撃証言があったのだよ」

 幹部は資料を見ながら言った。

「事件の前の深夜、君らアルバートの人間が出歩いているのを見たという証言があったからね。まだ今は調査中だが、いずれ事実関係ははっきりするだろう」

 言葉は濁したものの、アルバートの3人ともに疑いの目は向けられていた。

「目撃証言……って、んな馬鹿な!?」

「……」

「それで、私達をどうするつもりなのですか?」

 言葉を失うマールの代わりにテアナが冷静に尋ねた。

「別に。今まで通り生活してくれて構わない。ただ、事件が解決するまで、滞在期間は延びるだろうが……」

「軟禁状態にするつもりですか」

 テアナは少し語気を強めて幹部を睨み付けた。それに一瞬だけ、後ろに控えていた兵士達がざわめいたが、幹部はそれを軽く手を挙げて制止する。

「気を悪くしないでくれ。お互いのためだ。外交問題にはしたくないだろう」

 そう言って平然と受け流す。

「……仕方がないですね」

 確かに、下手に抵抗して同盟国間の関係が悪化したら最悪だ。テアナは黙るしかなかった。


 その後、セシルとマールも簡単な質問の受け答えだけして、その日は解放されることになった。

 三人とも、ひとまず寮に戻って待機することになったのだが、帰りの足取りは重かった。

「なんでこんなことに……」

 重苦しい雰囲気の中、マールが口を開いた。

「よりによって、こんな時に目撃者がいたなんてな……」

 情報収集のために街へ出かける、ということ自体は毎日やっていたことだった。

 こんな事件が無ければ、怪しまれる行動ではなかっただろう。

「間が悪かったよな……」

「いえ、違います」

 すると、今まで黙っていたテアナがはっきりとした口調で断言した。

 セシルとマールは訝しげにテアナを見つめた。

「やっと分かりましたよ。なんでスパイがわざわざ遺跡を爆破したのか」

「え?」

「どういうこと?」 

 テアナは歩きながら語り始めた。

「あの神父……スパイの目的は、固定魔法です。この国にも、おそらくあの爆破された遺跡の中にあったはずです。それを手に入れて、さっさと逃げ出すつもりだったんでしょうけど……そこへ私達が現れた」

 二人はうんうん、と相槌を打つ。テアナは続けた。

「それを何らかの形で知った神父は、急遽予定を変更して、遺跡を派手に爆破するという事件を起こしたんです。時間稼ぎと、私達への足止め工作のためにね」

「ちょ、ちょっと待って……よく意味が分からないんだけど」

 セシルが慌てて話を遮った。頭がこんがらがってきたらしい。

「つまり、私達をテロリストに仕立て上げるために遺跡を爆破したってことです。私も、こうなるまで予測できなかったんですが、その目論見の結果は見ての通りです。目撃証言一つで、この有様……なにしろ私達が来た直後に起きた事件ですから、軍の人間は当然私達に目を付けるでしょう」

「あ」

「なるほどね……私達の活動のタイミングを見計らって、事件を起こしたってわけね。そこから先、ライスコーフ軍が私達アルバートの人間を疑うことまで計算して」

 セシルとマールはようやく理解した。

 テアナは大きく頷いた。

「とはいえ証拠なんてありませんし、この疑いはいずれ晴れるでしょう。でもそれまでは私達の行動はかなり制限されます。ライスコーフ軍だって、私達を野放しにはしませんしね」

 まさに軟禁状態だった。そしてそうなると……

「じゃあ先生、スパイの情報収集……俺らの任務の方はどうなるんだよ?」

「テロへの関与を疑われてる今の状況で、スパイの情報収集なんて出来ません」

「そんな……」

「疑いが晴れる頃には、とっくに遠くへ逃げおおせているでしょうね」

 そしてそれっきり沈黙が続く。

 三人とも、表情は暗かった。

 敵の思惑通り、完全にしてやられたのだ。セシルは空を仰ぎ、テアナは唇を噛みしめ、マールは……手の平に穴が空きそうなほど拳を握りしめていた。

 途中でテアナと別れ、セシルとマールは、すごすごと寮内に戻っていった。


 ライスコーフ軍の監視の元におかれ、スパイの情報収集はおろか普通の生活にすら息苦しさを感じる。

 なんとなく、自分の部屋に帰る気にならなくて、セシルはマールの部屋で大の字になって寝ころんでいた。

 一時間近く、二人は特に何をするわけでもなくぼーっとしていた。

「残念だよな」

 唐突に、セシルがため息を吐きながら呟いた。

「完全に相手が一枚上手だったわね……」

 重い空気はなかなか晴れることはなかった。

 テレビを付ければ、どの番組でもこの間起きたテロ事件のことばかり報道していた。

 やはりギルの言っていた通り国の一大事らしく、国中で娯楽が中断され、事件の行方に注目していた。

『……さて、ここで新しい情報が入ってきました』

『今回のテロ事件ですが……外国人による犯行である可能性が……』

 そこまで聞いたところで、ニュースを読み上げていたアナウンサーがぐにゃりと変形し、一筋の光を放って、テレビは真っ暗な画面に戻った。マールが電源を落としたらしい。

「……これからどうするよ?」

「大人しくしてろって先生も言ってたし、そうするしかないんじゃない? どのみち、今は動けないし」

「なんか急にやる気なくなったな」

「あんたはまだやる気あるの?」

「いや、俺は最初から全く……」

 話しながら、どんどんマールの元気はなくなっていった。

 そして、もぞもぞと腰掛けていたベッドの上の方へ移動していき、その中へ潜り込んだ。

「そう……なんだか今日は疲れちゃった。私、ちょっと寝るわね」

「ん、あぁ」

(やっぱり、ショックはでかいんだろうな……相当疲れてるみたいだし)

 セシルもここまでマールが弱るのを見るのは久しぶりだった。

 どうも調子が狂う。こういう時にどういう言葉を掛ければいいのか、セシルには見当も付かなかった。

「んじゃ、俺もそろそろ部屋に戻るわ」

「……え、戻るの?」

「お前が寝てるのに、俺がいたらおかしいだろ」

「別にいてもいいのに……」

「ゆっくり休めって。おやすみー」

 一人にしてやったほうがいいだろう、というセシルの微妙な配慮でもあった。


 そうして、セシルはすぐ隣の自分の部屋に戻ってきたのだが……

(落ち着かないな……)

 いざ、何もするなと言われると逆に何かしたくなる。

 そんな困った気分になることもある。今まさにそんな感じだった。

(よし、街へ出よう!)

 何もするな、という重圧に対する、ささやかな抵抗だった。


 セシルは一人で……といっても、どこかに監視の目はついているのだろうが、街の方まで宛もなく歩いていった。

 街は、爆破事件の影響からかいつもより人通りは少なかった。

 みんな、警戒して家から出なくなってしまったのだろう。いつも賑わう市場も、人はまばらだった。


(なんだよ……まぁしょうがないけど)

 気晴らしに来たというのに、なんとも残念な気持ちになった。

 暇そうな商人達の顔を見ながら、プラプラと歩き回る。

 そんななか、誰かが声を掛けてきた。

「セシル」

 そう言って、被っていたフードを取り去る。

 見覚えのある褐色の肌と、水色の髪。

「あ、ステレイア……だっけ?」

「あぁ、久しぶりだな」

 以前、暴漢に襲われているところを助けに入ったことがあった。数少ないこの国での知り合いの一人だ。

「お前、こんなとこで何してんの?」

「商売さ。絵描きが絵を売らないでどうする」

 足元を見ると、何枚かの油絵が置かれていた。

「どうだ、すごいだろう? これがなんと、普段の30%オフだ!」

「叩き売りだな……」

 上手い、とは言い難いが、なかなか情熱的な色遣いの風景画だった。セシルに絵心はなかったが、これはこれで味があるなと感じた。

「客が減ってしまっていてな。暇なんだ」

「お前もか……」

 だが、あんな目に遭ったというのに気丈に商売を続けているステレイアの姿を見て、セシルはほっとした。

「でも元気そうでよかったよ」

「あれくらいじゃ私は追い出せないな。……それより、セシルは今何をやっているのだ?」

「俺? 俺は学生だけど今は……プー太郎だな。あの事件のせいで」

 今は何も身動きが取れない状態なので、それは嘘ではなかった。

 留学生活も、事件が解決するまで無理だろうし、スパイの情報収集はもっと無理だ。今もどこかで監視の目が光っているに違いない。

「そうか……なぁセシル」

「ん?」

「お前、どうせ暇なら私の手伝いをしないか?」

「……え?」

「給金は弾むし、三食昼寝付きだぞ!」

 ステレイアは、何故か偉そうに胸を反らしながら言った。

「……まぁ暇だからいいけど」

 どうせ無期限軟禁生活の身であり、事件が解決するまで、持て余した時間など腐るほどあった。

「よし、じゃあさっそくだが私はこれから街の外まで絵を描きに行く。お前には荷物持ちをやってもらおう」

「って、雑用係かよ!」

「その通りだ。さぁ行くぞ、バイト君」

 普段なら絶対断っているだろうが、この時ばかりは気が紛れれば何でも良かった。

 ステレイアに引っ張られ、セシルは街の外れへと歩いていった。

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