序章2:青い空、飛び交う銃声
大きな大陸の中に、五つの大国がある。
アルバート、ライスコーフ、リア、エルフィ、グラムの五つが、それぞれ何百年かまで領土争いやらなんやらで争っていたが、今はどこの国も停戦中で割と平和な時代が続いていた。
とは言え、あくまで停戦なので、何がきっかけになって再戦するかも分からない。五大国はそれぞれ軍とその下流組織を置き、そのパワーバランスを保って過ごしてきた。
その下流組織というのが、軍事養成学園。いわゆるアカデミーである。
山を下り、”アルバートアカデミー”と書かれた看板を見て、ほっと胸をなで下ろした。二人にとって、家と言えばこの学園だ。
セシルは眠そうに、マールはめんどくさそうに学園に入っていく。魔獣討伐の"演習"が終わったことを、報告に行くのだ。
「全部マールがやったんだから、お前だけ行けばいいじゃん」
「全部あたしがやったんだから、最後ぐらい働きなさい」
押し問答の末、結局二人で行くことになった。報告が終わると、あとは評価が出るまで待つだけだ。こういう積み重ねが、成績として残っていくので手は抜けない。
「お前らが一番乗りだ。まぁ君が付いてればそうなるか」
「はぁ、どうも」
そう言って愛想笑いを浮かべる。教官はマールの方だけを見ていた。
家柄が家柄だけに、マールはこのアカデミーでは特別な存在だった。生まれるべくして生まれてきた、戦闘の天才。そういう血筋の人間なのだ。
その横で、セシルはつまらなさそうな顔をしていた。
「じゃあ次の演習も頑張れよ」
次の演習まではかなり時間があった。ひとまずクラスに戻ることにした。
一応学校なのでクラスや授業、昼休みなんてものもある。
周りは休憩時間ということもあり、喧騒であふれている。
だが彼はそんなことなど気にもとめずにただぼーっと空を見ている。雲一つない快晴だ。
ここのところずっと晴れだ。
「今日も空が青いなぁ…」
「セシル、何ぼーっとしてるの?」
気がつくとマールが目の前に立っていた。
彼、セシルは上を向いていた顔を彼女の方に向けて
「ん、この間借りた金なら今は諦めてくれ。今月はピンチなんだ。悪いな」
全く悪びれる様子もなく言う。
「あんた、一体いつになったら返すのよ!」
マールは呆れていた。
「それに今はそのことじゃなくて、もう次の訓練が始まるって言おうとしたの」
「もうそんな時間かぁ。めんどいな」
いつのまにやら周りの連中はそろぞろと動き始めていた。セシルは立ち上がるとだらだらと訓練所まで歩いていった。
ここ、アルバートアカデミーは兵士育成学園だ。ここを卒業した優秀な者は傭兵になったり、軍の幹部に所属したり、特殊部隊に配属されたりしている。 だがそれだけに訓練は厳しく、気を抜くと大怪我をすることもある。
「ねぇ、マール。何であんな無気力男に構うの?」
一緒にいた友人が訪ねる。
クラスに、やる気のない男ランキングがあれば、間違いなくセシルが一位だろう。マールは一瞬だけセシルと初めて会った時のことを思い出した。あの時と今で、変わったものはあまりない。
「さぁねー。腐れ縁てやつかな」
「ふーん……」
何か言いたそうな様子だったが、時間もないので足早に訓練所に向かっていった。
「えー今日の訓練は銃です。向こうの的を狙って撃って下さい。じゃあ適当にどうぞ」
教官は投げやりな態度でそう説明するとさっさと部屋の奥に引っ込んでしまった。これで給料を貰っているのは月給泥棒じゃないかと感じている生徒も少なくはない。だが、ここに一々説明してくれる親切な者などいないことはとっくに承知だった。
「次、マール・アイボリー」
「はい」
言われてマールが取り出したのは愛銃”エア・アンカー”。
狙う標的は、ゴムのような性質を持った特殊合金製の的だ。
人型に作ってあるが、人体の何倍もの強度を持つ。堅いだけでなく、ショック吸収や反発性も備えた優秀な素材だ。
シュッ…という空気が漏れるような音がする。この銃には不思議なことに銃声はほとんどない。それぞれ頭に一発、心臓辺りに2発の穴が開いていた。そして更に的を貫いて向こうの壁にも穴が開いてしまっていた。
「相変わらず凄い威力ね」
「ライフルでも貫通できない特殊合金を簡単に……とんでもないな」
クラスが少しどよめきに包まれた。
「次、セシル・クラフト」
「うぃーす……」
セシルの番。使っているのは普通に売ってある安物の銃だ。
相変わらずぼーっとしたままゆっくりと構えて、そのまま撃つ。
バンバンバン、と、三発の銃声。肩に一発、太股辺りに一発、そしてもう一発は外れていた。
「お前はもう少しマールを見習え」
「はいはい」
教官の嫌みを右から左へ聞き流して、あとは見物することにした。 少し離れた木陰の芝生に腰を下ろし、ぼけーっと他の優秀な生徒達の訓練を見つめる。
「ちょっとセシル」
マールがやってきた。少し怒っているようで、眉毛がつり上がっている。セシルは他人事のようにそんな様子を一瞥すると
「なんだよ。エリートさん」
「なによあれは! ちょっとは頑張らないと退学になるわよ」
「あー、そりゃいやだ。まだ働きたくねえ」
手を後ろに組んでごろん、と横になった。その様子にマールも怒る気をなくしたのか、ため息をついて隣に座った。
まだ訓練は続いていて、銃声と的に当たる音が少し遠くに聞こえる。驚くほど静かな時間だ。
「とても、殺しの訓練をしているとは思えないのどかさよね」
それは、現実を知っているからこその言葉。幼い頃から見てきた、血、死体。大規模な戦争こそなくなったものの、一部の過激派による小競り合いや悪党の蛮行は無くなることはなかった。そして魔獣……。村の半分が凶悪な魔獣に食われてなくなるなんて事件も目撃したことがあった。
アルバートアカデミーの生徒達は、いずれそういう場所に行き、戦うのだ。
「戦場か……。やっぱり俺たちもいつかそこに行くんだよな」
「そりゃそうでしょ、私達はそのために訓練を受けてるんだから……まぁだからって戦争に行きたい訳じゃないけどね」
皮肉なものだ、とマールは思う。もちろん本当は平和を望んでいる。だが自分の仕事は戦場で戦うこと、それが存在意義。それがなければ自分には何もない。そうなるとまるで戦争によって生かされているような、そんな気分になる。 特に自分は。
「今はどこの国も停戦してるから、しばらくは大丈夫って言ってたけどな」
「どうかしらね」
訓練が終わったのを見て、マールは立ち上がり、集合場所に歩き出した。それにセシルも続く。
どこまでも青い空が広がっていた。
仲間達は楽しそうに笑い、お互いの訓練の成果を話し合っている。
だが、彼らはいずれ知ることになるだろう。自分たちの存在意義を。
そして人はまた、同じ過ちを繰り返そうとしていることを……
やっとプロローグが終わりました。次から本番です!