17話:疑惑の種
まるっきり他人事だと思っていたテロ事件が、とんでもない形で関わってきました。
「あいつか?」
「そうだな、間違いない」
「油断するなよ。あのリリアを退けたんだから」
男達は口々に言いながら、遠巻きに近付いていった。
セシルは、誰もいないアカデミーの中庭を散歩していた。
ここに来た時から目に入っていた、アカデミーの中央にある噴水を見に来ていたのだ。
砂漠の中にあるとは思えないほど、豪快に水が噴き上げられている。こんな砂漠の国では噴水など存在自体が罰当たりなようだが、それと同時にアカデミーの権威を象徴し ているかのようだった。
「あぁ〜涼しい……」
時折飛んでくる水しぶきが冷たくて気持ちよかった。
今は王家の遺跡を爆破したというテロリストの対策本部にここのアカデミーが使われているため、今ここの生徒はほとんど実家で待機している。
留学生であるセシルとマール、それにテアナは特別にここの寮にそのままいても良いということになっていた。
そのため、今はほぼ貸し切りのような状態だった。
他国のアカデミーを貸し切るというのも、なかなか珍しい状況だが。
「しかし、暇だねぇ。授業ないと寝放題だけど……さすがに退屈だよな」
テアナは昨日会議で呼び出されてからまだ姿が見えない。
マールは、街に出かけたらしく、セシルが起きた時にはすでにいなかった。
後を追おうかとも考えたが、めんどくさいので止めておいた。
しばらくベンチに座って噴水を眺めていたが、ふとセシルは横を向いた。
こちらに向かってくる何人かの人影を捉えたからだ。
留学生であるセシル達のような例外を除いて、確か今はアカデミーは封鎖中で誰も入れないはずだ。
だが、彼らは、ここのアカデミーの制服である白い装束……砂漠特有の戦闘服というらしいものを纏っている。
不思議に思いながらも、何の気なしに様子を伺っていた。
だが、突然、セシルの視界から彼らの気配が消えた。
「え!?」
驚いて、身体ごと向き直る。だが、やはりそこには誰もいない。
気のせいだったんだろうか……なんて思いながら、座り直した。
「アルバートからの留学生だな?」
「うわぁ!?」
驚いて、ベンチから落ちそうになった。
さっきまで少し離れた所にいたはずの彼らは、今セシルの目の前に立っていた。
そしてあろうことか、自分から声を掛けてきた。
3人。制服からして、ここの生徒には間違いないだろうが、セシルよりも少し年上に見えた。
「こんなところで何をしている?」
「え、な、何って……散歩してただけだけど」
「このアカデミーは封鎖されたはずだ。何故、ここにいるんだ?」
めんどくせえなあ、と思いつつセシルは弁解する。
「留学生は特別にここの寮を使っても良いって許可もらったから……だからまだここに住んでるんだよ」
「……」
セシルの説明に納得したのか分からないが、表情を変えずに黙ったままだ。
「……てか、あんたらこそ何だよ? 生徒はみんな実家で待機だったんじゃなかったのか?」
その言葉に更に目つきが鋭くなったが、やがて一人が舌打ちしながら答えた。
「……私たちは、生徒の中で特別に選ばれて、軍の補佐をすることになった警ら隊だ。だから怪しいやつを見かけたら、尋問する権限が与えられている」
そう、目の前の"怪しいやつ"を見ながら言う。
「だから留学生だっての……」
どうにも居心地が悪かった。相手にせず、さっさと立ち去ろうとセシルはベンチから立ち上がるが
「まだ話の途中だ」
そう言って、リーダーらしき男は、腰に下げた銃に手を掛ける。
言うとおりにしないと、銃を抜く。
その意味が分からないわけでもなく、セシルは仕方なく動きを止めた。
「……何がしたいんだよ一体?」
うんざりしながら尋ねると、男は重々しい口調で言葉を紡いだ。
「そろそろ本題に入ろうか。お前は……いや、"お前らは"事件のあった夜、どこで何をしていた?」
そう言うと、男達の目つきが一層厳しくなった。
だが、セシルはその質問を理解するのに数秒かかった。
「え……」
どういう意味だ? そう思ったが、言葉が上手く出てこない。
身体中に鉛が巻き付いているように重い。身体も、神経もすり減らされるような重圧。
今浴びせられているもの、それは明確な殺意だった。下手に動けば戦闘開始となるだろう。
理由はまるで分からないが……。
「答えろ。まさか抵抗しないよな?」
三対一。まともにやりあって突破するのは不可能だろう。
ちらちらと目線を動かして逃げ道を探してみたが、気が付けば三角形に包囲されていて、とても抜け出せそうになかった。
「逃げられない、か……」
セシルは小声で呟く。
「やはり喋らないか。連行して、尋問だ」
そう言い、膨れあがった敵意を持ったまま歩み寄ってくる。
セシルが親善試合で、あのリリアを下したのはアカデミー中に広まっていた。年下相手とはいえ、油断など一切無く、微塵も隙はなかった。
だが、彼らは突然その動きを止めた。
「何してんのよセシル」
凛とした、聞き慣れた声が響いた。
買い物袋を下げたマールが、中庭の入り口のところにいた。
いつの間にか、街から帰ってきたらしい。
「マール・アイボリー……」
3人の視線が一点に集まる。
警ら隊の彼らは、マールの方へと向き合った。
そしてその瞬間、さっきまで鉛が巻き付いているようだった身体が急に軽くなった気がした。
それは気のせいではなく、いつのまにか足も動くようになっている。セシルは心から安堵して、ため息を吐いた。
もう助かったも同然だったから。
「街から帰ってきてみれば……何の騒ぎ?」
「いきなり襲ってきたんだよ、こいつらが」
そう言って、三人の男達を指さす。
「ライスアカデミーの……あんたなんかしたの?」
マールは彼らを一瞥してから、セシルに問いかけた。
「いんや、全然。座ってたらいきなり絡まれて……」
「お前らがやったんだろ?」
今度はマールとセシルの両方に銃口を向けながら、男が言った。
「お前ら留学生が来た途端、起きた事件だ。今までライスコーフでこんなことは一度もなかった」
三人の男達は、そう言いながらギッと睨み付けてくる。
どうやら、最初からそれが言いたかったらしい。
だがあまりに突然のことで、セシルも、そして隣にいるマールも呆気に取られていた。
「何かと思えば……いきなり何言ってんの?」
「とぼけるな! スパイ野郎が!」
そんなセシルに、男達は声を荒立てる。話はまるで噛み合いそうに無かった。
そこで緊張はピークに達し、切れた。
「捕らえるぞ。話はそれからだ」
リーダー格らしい男が命じると、次の瞬間、3人が一斉に襲いかかってきた。
1人は一気に加速して真正面から疾走してくる。
1人は地面を蹴って横から回り込んでくる。
そしてもう1人は、跳躍して上から飛びかかってきた。
連携も完璧で、凄まじい早さで攻め立ててくる。
普通なら身構える隙も与えない攻撃だったが、マールはすぐに反応した。
一人目の拳を滑らかに避けると、足を引っかけ、背中を押してその攻撃の起動を変えた。
それを勢いよく横から回り込んでいた男に向けさせると、その勢いが仇となり、二人はお互いの攻撃を食らい合って自滅した。
最後に、上から飛びかかってきた男に対して、マールは男が落ちてくるタイミングを見計らって、同じ高さまで飛び上がると、身体をぐるりと捻って回し蹴りを放った。
空中でもろに食らい、受け身も取れずに男は腹を抱えながら地面を転がっていった。
「正当防衛よ」
最低限の動きで3人を倒し、
パン、パン、と手を払って転がった男達を眺める。
「逃げなくてもよかったか……」
実際には一秒も掛かっていない攻防だったが、見事な手際だった。
だが、セシルはさっきこの男達が言ったことを思い出して、不安を膨らませた。
「てかさ、まさかとは思うけど……こいつらもの凄い勘違いしてるよな」
「そうみたいね。……私達が、遺跡の爆破テロの犯人だと思ってるみたい」
予想外の展開だった。
まるっきり他人事だと思ってたテロ事件が、まさかこんな形でしわ寄せがくるとは。
マールはしばらく考え込んでいた。これからどうすればいいのか。
名案は……浮かばない。だが、ここにいてはまずい気がした。
「セシル、一旦ここを出るわよ。街の方まで行って、人混みに紛れましょう」
「そうだな……でも、まじかよ。なんでいきなりこんなことになるんだ」
そう、心底疲れた顔でセシルは呟く。それはマールも同じだった。
「分からないわね、今は何も……。とにかく急がないと」
そう言って、門の方まで二人は歩いていった。
そして、アカデミーを出る手前で立ち止まった。
そこにいたのは……
「……セシル、マール……」
「まさかこんなことになるなんてね」
「残念だな」
リリア、ダリオ、ジノーヴィの三人が、道を塞ぐようにして並んでいた。
「お前ら……」
「なんのつもり?」
「君達に、今回の事件への関与が疑われている。抵抗しないでほしい」
三人のリーダー格である、ダリオが銃口をセシル達に向けた。
「お前らも警ら隊ってわけか……」
彼らが、実力で言えばさっきの男達よりも上であろうことは、容易に想像できた。
セシルはどうするか考えていた。二つに一つ、逃げるか、戦うか。
とは言え、強行突破は現実的な手段ではなかった。2対3では分が悪い。おまけにライスアカデミートップクラスの3人だ。
「本部まで来て尋問を受けて貰おう」
そう言いながらダリオは、意外なほどゆっくりと歩いてきた。
だが、余裕や油断、侮りの類は欠片もない。最大限の警戒心と集中力を保つには、これでも早いほうだった。
銃を向けながら全く隙のない動きで、少しずつ距離を縮めてきた。
「いったいどんなデマが流れてるか知らないけど……」
それを阻止するように、マールが口を開いた。ダリオの目を見ながら、極めて落ち着いた様子で言い放った。
「私たちは、無実よ」
静かだがはっきりと発せられた言葉が、静かなアカデミーの門前に響く。それに、少しだけダリオの動きが止まった。
「そ、そうだって。一回落ち着こうぜ」
この場で三人相手の戦闘になるのだけは避けたいところだった。
ダリオはしばらく考えていたようだったが、首を縦には振らなかった。
「……話は、本部で聞かせてもらおう」
決裂。その一言がきっかけとなって、後ろに控えていたリリアとジノーヴィも臨戦態勢に入る。
もし、少しでも何かする素振りを見せれば即座に、例え力ずくでもセシルとマールを捕らえられるように。
「仕方がないわね……」
マールはため息をついた。
はっきり言って、本気でやれば戦って切り抜けることも不可能ではなかった。
だが、ここでそんな無茶をする意味はない。誤解が解けたとしても後々厄介なことになるだろう。そう判断してのことだった。
二人に抵抗する意思がないことを確認したリリアとジノーヴィも、ダリオの指示で警戒を解いた。
「……ごめん」
「すまねえな。俺たちも本当はこんなことやりたくねえんだけどよ」
悲痛な声でそう言われ、手錠や縄こそ付けられなかったものの、周りを囲まれて進んでいく。
セシルとマールは、クラスメートに連行されてライスコーフの軍本部に行くことになった。