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チェインα  作者: HERMES
18/20

     16話:一夜明けて…

スパイがライスコーフにいることを確信したセシル達ですが、めんどくさいことが起こりました

 夢を見ていた。

 ここは……どこだろう。

 セシルは目に映る風景を観察した。だがよく見えない。

 視界は全体的に白いモヤが掛かったようにぼやけている。


『見つけた』

 透き通るような声がした。

 前にも見た。時々夢に出てくる、あの女性。

 白衣を着た、科学者風の女が、優しく笑いかけてくるのが見えた。

『あなたが、噂の……ね』

 何か言っている。答えようと思ったが、声が出ない。

『あぁ……そうだけど』

 ふいに口から、男の声がした。

 自分が発した言葉らしいが、セシルの意思ではない。

 意識はあるが、身体は全くセシルの思うとおりにならず、他人のものみたいだ。

 幽霊が取り憑くとしたら、こんな感じなんだろうか……なんてことを考えながら、セシルの意識は目の前の女性に集中していた。

 セシルの記憶にはない、その女性。

 だが、彼女を前にすると、愛おしさや懐かしさ、悲しさなんかがいろいろ混ざった感情が沸き上がってきた。

『よろしく、……。私は……よ』

 肝心なところがいつも雑音が入って聞き取れない。

 そこでいつも意識が途切れてしまう……

 セシルは薄れゆく意識をどうにかして食い止めようとした。

(もうすこし、あと少しだけ……)

『で、メ……』

 身体が何か言いかけたところで、セシルは強制的に夢の世界から追い出された。



 ジリリリリリリ!!!


 けたたましく打ち鳴らされるアラームの音。

 さっきまでのまどろみから一瞬にして、覚醒したセシルは、やかましく鳴り響く目覚まし時計を、殴るようにして止めた。

「あぁ〜……なんかすごい後味悪いな……」

 もう少しで、何か聞き取れただろうに……と思うと名残惜しい目覚めだった。

 そして、ベッドに座ったままセシルは考える。

 あれは誰なんだろうか。確実にどこかで会ったことがある気がしていた。

(遠い昔……ガキの頃か? 親父から指輪貰う前の記憶は全く思い出せないけど……)

 そうして物思いにふけっていると、ドンドン、とドアを叩く音が聞こえた。

「セシルー、早くしなさいよ! もうすぐ授業なんだから!」

 ドアの向こうから、マールの声が聞こえてきた。

 朝っぱらからうるさいやつだ、と思いながらも、さっき殴りつけた時計を見ると、確かにあまり時間がないことに気付いた。

 考えるのを止め、慌てて準備を始める。

「ちょ、待って。まだシャワー浴びてない……」

 セシルは焦りながら答えた。もちろん冗談だが。

 寝間着を着替え、急いでそこら辺に置いてあったパンを口に入れた。

「何がシャワーよ馬鹿。二、三日ぐらい風呂入らなくても死にゃしないでしょ」

「二、三日って……お前いちおう女だろ」

「私はもちろん毎日二回は入るけどね」

「あと、髪の毛もセットしないといけないし、今日着ていく服もまだ決まってないし……」

「あ〜鬱陶しい! もういいっての! 早く早くー」

 わざとらしくなよなよした声を出してふざけながらも、セシルは凄まじい早さで支度をしていった。

 着替えて顔洗って歯を磨いて、あとは散らかり放題の部屋からカバンを発掘するだけだったが、これが一番時間が掛かった。

 2分ほど部屋を引っかき回してようやく見つけた。中身は昨日とほとんど同じだ。

「よしOK,行くか〜」

 いつも通り怒られながら、なんだかんだ言いながらも支度を終えて、セシルもすぐに廊下に飛び出した。


「でも、これからどうするんだろうなぁ」

「とりあえず指示待ちね。先生がそう言ったんならしょうがないわ」

 セシルは昨日のテアナとの話を思い出しながら言った。

 本格的にスパイの調査をするらしいが、まだ具体的に何をするのかは決まっていない。

 マールも、闇雲に動くのが得策ではないことは分かっているので、無茶をするつもりはなかった。

「まぁ大人しくしとこうぜ。こないだの試合で、俺ら注目集まってるだろうし」

「それは分かってるけど……歯がゆいわね」

 今すぐにでも動きたいという気持ちは高まる一方だった。

 だが、今はとりあえず授業に出なければ行けない。

 留学生として普通に振る舞うのも、任務の一つだ。


 セシルとマールが教室に着くと、教室の中は騒然としていた。

 騒がしいのはいつものことだが、何か様子がおかしい。 

 みんな、真剣な目をして何かを話し合っているようだった。

 にぎやか、というよりかは緊迫した空気が流れていた。

「何なのこれ?」

「さぁ……」

 いつもと違う教室の雰囲気に、二人とも首をかしげた。

「おい、二人とも今頃来たのかい?」

 二人を見つけたギルが、教室の奥から駆け寄ってきた。

「まぁな。てか、なんだよこの空気。朝からなんか重くないか?」

「大変なことになったんだよ!」

 そう言うギルの声色は、いつもと違って堅いものだった。

「大変なことって……?」

「今朝のニュースでやってたんだけどね……王家の遺跡の一つが爆破されたらしいんだ」

「爆破……?」

 唖然とするマール。

「へぇー。そらまた、物騒なことするやつがいるもんだなあ」

 セシルは、頭をぽりぽりとかきながら感想を述べた。向かいの家が燃えないゴミの日に生ゴミを出した! という程度の話を聞いたような反応。

 いまいち、大変さの実感が沸かない。

「のんきな事言ってる場合じゃないよ! アルバートの君達にはピンと来ないかも知れないけど……ライスコーフで王家って言ったら、絶対の支配者だからね」

 ギルは大真面目な顔で語った。

(こいつもこんな顔するときあるんだなー)

 まだ浅い付き合いだったが、珍しいものを見たような新鮮な気分だった。

 そして、更に彼らに近づいてくる人影があった。

 

「あら、マール。それにセシルじゃない。今来たの?」

 そう言いながら、更にメティもやってきた。

「このバカがなかなか起きなかったからギリギリだったのよ」

「はいはい、すいませんね」

 指を指されて、ばつが悪そうに答えるセシル。

「てか、今聞いたんだけど、王家のなんとかが爆破されたって?」

「そうらしいわ。物騒な話よねえ……」

「君ももうちょっと真剣に考えてよ……」

 自分の国のことなのに他人事のように言うメティにギルは呆れて肩を落とした。


 と、そこで担当教官のティールが入ってきた。

 それを見て、浮き足だって騒いでいたクラス中の人間が一斉に静かになって、みんな席に着き始めた。

 混乱の中に教官という秩序が現れたおかげで、慌ただしく不安定な状態から、ピン、と張りつめた雰囲気となった。 

 その様子をじっくり眺めていたティールの顔も、いつになく厳しい。

 どうやら本当に緊急事態らしい。


「さて、君達ももう知っているな? 昨晩、何者かによって王家所有の遺跡の一つが爆破された。犯行声明などは出ていないが、おそらくテロだと思われる」

 そして、ゆっくりと話し始めた。誰も言葉を発さない。固唾をのんで、教官の次の言葉を待った。

「これは明らかにライスコーフに対する挑発だ。ライスコーフの威信をかけて、必ず犯人を見つけなければならない。今回は警察には荷が重いため、軍が捜査指揮を執ることになった。そして、このアカデミーの建物は、捜査本部として使われることになった。そのため、アカデミーは休講だ」

 休講と聞いて、「お、ラッキー!」 とセシルはガッツポーズしそうになったが、さすがにそんな空気ではなかったので止めておいた。

「何かあればこちらから連絡するが、君達は事態が収拾するまで実家で待機してもらうことになった。今日もこれからすぐに捜査が開始される。なので、今から出来るだけ早くアカデミー内から出るように。以上だ!」

 そう言い残して、ティールは急ぎ足で教室を出て行った。

 そして、その途端また教室はざわめき始めた。


「なんかすごいことになったな」

「テロリストだって。怖いねぇ……」

「しばらく授業休みだって、ラッキー!」


 等々、口々に言い合いながら、教室を出て行くクラスメート達。


「さて、と。帰れって言われちゃしょうがないよね。僕らも行こうか」

「犯人捕まるまでは休講かー。暇ねぇ」

 ギルとメティも立ち上がる。

「あなた達も、留学して早々こんな事態になるなんてね……」

 メティが、座ったままのセシルとマールを見やった。

「ははは、まぁしゃあないよな。テロなんだし! 授業なんかしてる場合じゃない」

「嬉しそうにするんじゃないの!」

 マールに軽く頭をはたかれたが、まだ微妙にテンションの高いセシルだった。

 メティは少し笑ってため息をついて

「その様子じゃ、心配することもなさそうね。それじゃ、またいつ再開になるか分からないけど……」

「おぉー。んじゃ元気でな!」

 そう言って、セシルは笑顔でメティとギルを送り出した。

「さぁて、俺らも帰るか。帰って寝直そう……」

「帰るって、どこに?」

「どこって、寮に決まってんだろ」

 何を言ってるんだ、という風にマールを見る。

「でも、ティール先生は『このアカデミー内から出るように』って言ったのよ。寮もアカデミーの一部じゃない」

「あ、確かにそうか。実家で待機っつてたし……」

「留学生の私たちが、実家で待機って言われてどうしろってのよね……とりあえず、テアナ先生のとこ行きましょうか」

 冷静にそう言って、マールは職員室に向けて歩き出した。

「あぁ〜めんどくせえ……。最悪だな、テロって」

 さっきまでのテンションはどこへやら。うなだれながらマールについていくセシルだった。


 職員室に行くまでもなく、テアナは途中の廊下で見つかった。

「あぁ、ちょうど探してたところです。状況は分かってると思いますが、ひとまず寮まで戻りましょうか」

「私達の寮はまだ使えるんですか? 全員退去するようにと言われたんですけど……」

「我々の部屋だけは、特別に許可が下りました。とりあえず、話は私の部屋で……」


 テアナの部屋に案内された。

 セシル達の部屋より若干広い気もしたが、それほど大差はないシンプルな部屋だった。

 私物が細々と部屋の隅に片づけられていて、真ん中にはテーブルと椅子が用意してあった。

「どこまで聞きましたか?」

 席に着くなり、そうテアナは切り出した。

「ライスコーフの王家の遺跡が爆破された、とかなんとか。それで大騒ぎになってると聞きましたけど……」

「そういうわけです」

 ふぅ、とテアナはため息をついた。

「先生、これってやっぱり……」

「はい、まだはっきりとは断言できませんが、アルバートのスパイと関係している可能性があります」

「ん、なんで? どっかの馬鹿がやらかしたテロじゃないのか?」

 セシルが疑問を浮かべた。関連性が分からなかった。

「実は、爆破された遺跡というものの詳細を調べてみたんですが……どうも、内部から爆破されたみたいなんですね。しかし、この遺跡は特殊な作りになっていて、とんでもない数の盗賊よけの罠が仕掛けられていたらしいんです。素人はもちろん、そこいらの軍人だってそう簡単に奥まで入っていけません」

「つまりそのテロリストは、凄まじい数の盗賊避けの罠を全てくぐり抜けて最深部まで到達して、そこから爆破したっていうことですね……無茶苦茶だわ」

 だが、そんな無茶苦茶をやってのける人物に心当たりはあった。

 ルイス・シュレディンガー。あの神父なら、なんの問題もなくどこへだろうと侵入できるだろう。

 時空間を飛び回るあの固定魔法、黒い本の力なら。

「えぇ。そこら辺の過激派に出来る芸当じゃありません。となると……それなりの実力者を抱えた組織が動いている可能性があります」

「その組織が、あの神父の仲間かもしれないってことか」

 セシルがそう言うと、テアナも頷いた。

「でも、一体なんのために……?」

「それは恐らく、アルバートと同じです」

「同じ?」

「固定魔法です」

 あっ、と言われて気付いた。

 あの神父が狙っていたのは、マールのエア・アンカーだった。

 なら、この国での狙いも同様だろう。

「これだけ派手なことをやらかしたんです。そのリスクを払ってまで手に入れるとしたら、固定魔法しかありませんし。爆破された遺跡に隠されてあったのかもしれません」

「で、でもそれじゃもう奴らに奪われてるんじゃ……」

「……その可能性は、高いですねぇ」

 そう言うテアナの言葉は全員に重くのしかかった。

 すでに固定魔法を手に入れた賊が、いつまでもこの国に長居するとは思えない。

 早急に手を打たないと、逃げられてしまうかもしれない。

 だが、この緊迫した状況で任務を急ぐことも出来ない。なんせ国中が厳戒態勢だ。スパイ活動なんて、できるわけがなかった。

「……困ったわね」

 マールが、手に持ったペットボトルを弄びながら呟いた。

 歯がゆい。せっかく、スパイがこの国の人間だという確証を得たというのに。

 情報だけ与えられて、動けないというのは耐え難いジレンマだった。

「でもさ、なんで爆破なんだろうな」

 セシルがポツリとこぼした。

「固定魔法だけ奪って逃げればいいのに、わざわざ遺跡を爆破なんかして。目立つだけだろ、そんなことしたって……なんでかな」

「それは……まだ分かりません。そうしなければ、手に入れられない固定魔法だったのかもしれませんし」

 テアナにしては珍しく歯切れが悪かった。

 結局、向こうのしっぽも意図も掴めていないのが現状だった。情報収集するにしてもこの状況では限度があり、仮説も憶測の域を出ない。

「正直、分からないことだらけです。この状況でどこまで出来るか分かりませんが……私も出来る限り情報を集めます。そして、賊がこの国を抜ける前に……必ず捕らえます」

 そう、テアナは力強く断言した。


 コン、コン

 突然、扉を叩く音がした。

「テアナ・コーランド・イリア先生、いらっしゃいますか?」

「はーい?」

 テアナは、扉を少しだけ開けて顔だけ覗かせる。ひょろりとした白衣の男が立っていた。セシル達の担任でもあるライスコーフの教官、ティールだった。

「今回の事件について、作戦会議が開かれます。あなたも参加してください」

「はぁ……私はアルバートの人間で部外者ですけど、いいんですかぁ?」

「構いません。それでは、会議室の方までお越し下さい」

 そう言って、ティールは帰っていった。

 扉を閉め、テアナは若干困惑気味にため息をついた。

「はぁ……なんだか急に呼び出されちゃいました」

「どうすんの?」

 部屋の隅に移動していたセシルが尋ねた。

「呼ばれたからには、行くしかないですね……あなたたちは、とりあえず部屋で待機してて下さい。また何かあったら連絡するんで」

 そう言われ、その日はそれで解散となった。

 この時はまだ、誰も気付いていなかった。

 事態は思ったよりも、悪い方向に行き始めていた。 

 

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