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チェインα  作者: HERMES
14/20

     12話:優等生は手加減を知らない

リリアの作戦に翻弄されるセシルですが……

「さて、どうなるのかな……」

 マールも、一番見やすいところを確保した。屋根の上だ。

 パーティーで知り合った男達から、一緒に見ようと誘われたが、「一人で見たいから」と全て断ってここに来たのだ。

「多分リリアも本気は出さないだろうし心配ないよ。セシルだって一応留学生だろう?」

「まぁそうだけど……てかなんでギルもここにいるわけ?」

 だが何故か、隣にはギルがいた。

「いやあ、たまたま僕の特等席に君が座ってたんだ。でも、もちろんマールなら大歓迎さ!」

 テンションの高いギルと対照的にマールは浮かない表情だ。

「やっぱり心配ですか?」

 突然後ろから声を掛けられた。

 振りむくとそこには

「テアナ先生!?」

 さっきまで審判として、試合場の中にいたテアナが、マールの後ろに立っていた。

「今まで何してたんですか? てか、審判は……?」

「こっち来てからも仕事は全然減りませんしねー。私もけっこう忙しいんですよぉ。あと、審判は試合の邪魔にならないように、様子がうかがえるところで待機することになってるんです」

 おそらく昼は普通の教官として、夜は情報収集に励んでいて、相当ハードな二重生活を送っているのだろうが、テアナに疲れた様子は見えなかった。

 この辺りも一級軍士という超人の一片なんだな、とマールは思った。

「ま、心配することはありませんよ。それにセシルはいつもだらけ過ぎですから、ちょっとぐらい怪我してもらったぐらいが丁度良いです」

「はあ……」

 そう言って、テアナはのんびりした表情で試合を見ていた。

 いざとなればすぐに止めに入るつもりではいたが。いろんな意味で。

 


「あー、どうなってんだ一体?」

 セシルは首をかしげて、目の前に迫ってくるリリアを見つめていた。

 右手には針のようなナイフを逆手に持ち、そこそこ素早いが、捉えられないほどではないスピードで一直線に突っ込んでくる。

 さっきと全く同じパターンの攻撃だったが。


 ダン、ダン、ダン!

 両腕と右の太ももを狙って射撃。狙いは完璧で、全て命中したように思えた。

 だが攻撃を受けた瞬間、まるで最初からいなかったかのように、リリアの姿は、ふっ……と消えてしまった。

「くそ、またかよ……」

 やはりさっきと同じだった。

(何かの魔法か? 幻術の一種かもしれないな……普通に攻撃してたんじゃ当たらないか)

 セシルは考える。このまま同じ事を繰り返していてもジリ貧だ。

「無駄……」

 後ろから声がした。恐らく、次に攻撃が来るのだろう。

 だが、何度も同じ手を食らうわけにもいかない。

「そうかよ」

 ダァン!

 セシルはすぐさまそれに反応した。

 後ろは一切振り向かず、銃を持った右手を左の脇腹から通して、後ろに銃口を向けて撃ったのだ。

 これ以上ない不意を突いた反撃だった。だが、命中した気配はない。

「意外といい反応するね」

 リリアの姿は後ろにはなかった。いつの間に移動したのか、声がした方向とは全く違う、少し離れたところに立っていた。

「あー訳が分からん……」

 セシルは混乱していた。まるで幽霊を相手にしているようだった。

 しっかり命中しているにもかかわらず目の前のリリアはまるで手応えがない。

 そうこうしているうちにもう目前まで接近してきた。

 手にはやはり、針のようなナイフをもっている。

 とりあえず、攻撃を避けなければ……と、さっき刺されて血のにじむ肩を押さえながらセシルは迎撃体勢に入る。

「しゃあないか……まぁ加減なんて出来る相手じゃないし」

 セシルはそう言い、さっきよりも引き金を強く絞った。

 すると、

 ダダダダダン!

 雷鳴のような銃声が響き、さっきとは全く違うものすごい勢いで弾が連射された。

 拳銃でありながら、マシンガンのような弾の雨がまき散らされる。

 そしてこの銃の驚くべきところだが、連射の反動が完全に殺されていて、銃口がぶれることがないのだ。

 普通なら肩ごと持って行かれそうな連射でありながら、一発一発がセシルの精密な射撃を活かすようになっていた。

 セシルはそれでどこからリリアが来ても対応できるように弾幕を張った。


「……!?」

 まるで別の銃を持ち出したかのような変化に、リリアの表情が驚きに変わる。

 案の定、目の前に迫っていたリリアは消え、全く別の場所から現れたもう一人のリリアが、弾幕を避けて後ろに下がった。

 そのリリアは腕から出血していて……どうやら弾が当たっていたようだった。

「よーし、もう一丁!」

 このチャンスを生かすべく、セシルはさらに引き金を絞る。

 無数の弾丸が、襲いかかった。

 だが、リリアはその一極集中しすぎた銃弾の雨を上手くサイドステップで避けると、素早く攻撃の軌道から外れた。

 そして、捕捉されないようにジグザグに動きながらセシルの視界の端から逃げ切った。

「"アース・ウォール"」

 そうして距離を取ると同時に、一瞬にして魔法を詠唱する。

 その瞬間、地面がせり上がり、リリアを囲い込むように壁が作られた。

 弾は全て、命中する直前で土の壁に吸収されていった。


「くそ、防がれたか……」

 セシルはそう言いながら撃ち尽くしたマガジンを入れ替えた。

 そして、一方のリリアは訝しげな表情で傷口の止血をしながら話しかけてくる。

「なに、その銃?」

 あれほどの弾幕を張れる拳銃なんて聞いたこともなかった。

「さあねー。俺にもよく分からん」

 軽く答えるセシル。

 だがリリアは、すぐにセシルの武器の性能を理解した。あれに真っ正面から向かうのは危険だ。

 土の壁に隠れながら、慎重に駒を進める。

「足りない実力を補うのに、おかしな道具を使うのね」

 そう言いながら、また別の魔法を唱えた。

「"スペア・イリジョン"」

 すると一瞬だけ辺りに濃い霧のようなものが現れた。そして霧はすぐに、まるで粘土をこねるようにしてイビツな人の形を形成していく。

 やがてそれに顔が現れ、服を纏い、すらりとした手足が伸びていった。

 気が付けば、何もなかったはずの場所に、もう一人のリリアが立っていた。


「さっきの正体はこいつか……」

 セシルは、現れたもう一人のリリアを睨んだ。

「魔法で分身を作り出す幻術の一種か? 結構ねちっこいな、全く……」

 分身と本物は寸分違わず同じ外見だった。今まで真正面から突っ込んできたのは、全て分身だったのだ。分身が陽動となって、本体が死角から攻撃する。

 これで、相手の攻撃は全て空振りに終わり、自分の攻撃だけは確実に当たるというリリアの攻撃パターンだった。

 この作戦の狙いは、攻撃と同時に相手の精神を削ることにあった。

 何度攻撃しても、敵は無傷。なのに向こうからの攻撃は食らうという状況に、普通なら心を折られかねない。

 だが、その作戦は突破されて、リリアは次の手を考え始めた。

 そして、幻術で作られた分身のリリアが、これまでと同じように真っ正面から向かってきた。

 セシルは舌打ちをしながら銃を構える。


「そう何度も同じ手を食うかよ!」

 セシルは、分身の動きは無視して周囲を見回した。

 そして、さっきと同じように引き金を絞り、弾幕を張る。

 ダダダダダン!

 360°全てを弾が覆い尽くしていた。

 それほどの高連射にもかかわらず、銃身は全くぶれていない。

 だが、その弾丸の雨の中を幻のリリアは、まるで気にすることもなく向かってきていた。

 まあ幻なので当然だったのだが。

 しかしさっきと違うのは、魔法がキャンセルされないことだ。

 術者に弾が当たるとこの魔法はキャンセルされて消えてしまう代物だったが、未だ幻のリリアは健在だった。

 それはつまり、本物のリリアに弾が当たっていないことを示していた。


「くそ、どこにいるんだよあの女」

 一心不乱に撃ちまくるセシル。

 そうこうしているうちに、幻が近付いてきた。そして、弾を気にすることもなくそのまま手に持った針のようなナイフを振り上げ……セシルに向けて振り下ろした。


「うわ!?」

 いくら攻撃を受けないと分かっていても、セシルは反射的にそれを避けてしまった。

 そして、ナイフを振り下ろした瞬間に、幻のリリアの姿は消え失せた。

「くそ、どこだ?」

 悪態を付き、今度は背後を警戒する。

 さっきと同じパターンなら、次の攻撃は後ろから来る。

 しかし、振り返ってもリリアはいなかった。声もしない。

 周囲を見回すが、弾丸の雨に晒され、無惨に崩れた景観だけが目に映る。

 さっきまであれほどの弾幕を張っていたのに、どこにも引っかからなかったのだ。

(おかしいな、どこにもいない。少なくとも目に見える範囲には……てことは、どっか遠くにいるのか? それなら狙撃される可能性も……)

 思考を巡らすセシル。だが、その矢先のことだった


「こっち」

 声がした。その方向に、首を向ける。上だ。

 リリアはセシルの上に飛び上がっていた。それに気付いたときには、上空から落ちてくるリリアの姿が眼前にまで迫っていた。

「ぐぇ!?」

 バフ、という音と共に、セシルの顔にリリアの体がぶつかってきた。

 普通なら、ここで首の骨が折れてもおかしくはない。

 しかし、リリアは小柄で軽かったため、その衝撃も少なかった。

(フェイントを利用して、今度は上から体当たりか。でも、体重がないからそこまでダメージはないな……よし)

 セシルはこのままちょこまかと動くリリアを両腕で抱えるように捕まえた。

 丁度、後ろから抱きしめるような感じだった。

「……エッチ」

 そう呟いて、真顔で後ろから抱きしめるセシルの顔を見つめた。

「え、あー……」

 ごめん、と一瞬手を離しそうになったが今は試合中だということを思い出す。

 惑わされかけていた自分をなんとか奮い立たせ、このまま一気に勝負を決めてしまおう、そう思った矢先だった。

「痛いの好き?」

「え?」 

「"ディス・チャージ"」

 リリアがそう呟いた瞬間、閃光が走った。そして、バン! という音と同時にセシルの体をすさまじい衝撃が突き抜けた。

 まるで何十本ものムチで体中を同時に打たれたような、とてつもない衝撃だった。

 リリアの体からは紫色の稲妻が放電され、接触していたセシルは感電して、何万ボルトもの電圧が叩き込まれた。

(痛……熱……)

 そのショックで、一瞬で意識を飛ばされる。その隙にリリアは脱出し、そのまま放電の勢いを強めた。

 そのうちに、バチンッ! という弾けるような音を上げて、セシルは数メートル先に吹っ飛んだ。

 リリアは髪をかき上げ、それを涼しい顔で見ていた。

 そしてゆっくりと歩いていく。


(くそ……体動かねえ)

 黒こげになって倒れたセシル。吹き飛ばされた衝撃で意識だけはどうにか取り戻したものの、ボロボロの状態だ。

 普通ならここで試合終了になってもおかしくはない。もし、普段のセシルならここで降参していただろう。

 だが


「降参、する?」

 リリアが余裕の表情でセシルを見下ろしていた。

「……強いなお前」

 セシルは、痛む体にムチ打って、上体だけを無理矢理起こした。

 激痛というよりも神経が通っていないような感触で、うまく力が入らないが、両手を後ろについて体を支えて座っている状態だ。

 それにリリアは少しだけ驚いた。

「まだ起きあがってくる根性があるなんて……大抵あの魔法を食らえば起きてこないのに」

 ふとリリアはこれまでのアカデミーでの訓練の日々を思い出していた。

 今までライスアカデミー内で多くの人間と組み手をしたが、大概の者はすぐ諦める。リリアには敵わない、と言って逃げてしまう。無駄に怪我をしたくないから。

 リリアも別にそれをなじる気はなかった。相手もよく分かった上での判断だ。これ以上やっても勝てない。それなら、せめて傷が浅いうちに負けを認めてしまおう、と。

 アカデミー内でほぼ敵なしの状態になっていたリリアだったが、退屈もしていた。

 誰か本気で自分に向かってくる人間はいないだろうか、といつも思っていた。

 そんな時に現れたのが、アルバートからの留学生だった。

 マール・アイボリーの名は、ライスコーフでも有名だったのでそっちに挑んでも良かったが、その隣にいた一見冴えない男の実力も気になった。

 つまりセシルのことだ。

 正直、警戒するのはマールだけで、セシルの方は軽く見ていた。憂さ晴らしと退屈しのぎにでもなれば、と軽く挑んでみたのだが……

(アイボリーのおまけと言ってもアルバートの留学生。背負ってるものが違う、か)

 リリアは余裕の表情を消し、油断なくセシルを見る。


「全く、俺はお前が何やってんだか全然分かんないのに、お前は俺の攻撃全部見切ってくるもんな。それでいつの間にかこの有様だ」

 痛てて、と今度はゆっくりと手を添えながら片膝を着く。

「でもな、俺はお前よりもっと強いやつを知ってるから」

 言いながら、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

「そいつに比べりゃ、まだ優しいな」

 そう言って、ふっと笑った。フラフラしているが、セシルはどうにか立ち上がることが出来た。

「だから何? そんな状態のまま私に勝てるわけない」

 言われたとおり、セシルは肩で息をしていた。見るからに苦しそうな状態だ。

 そして、最初に傷を負った肩からは、まだ血が噴き出ている。痛々しい光景だった。

「さあ……どうだろうな」

 砂をはたきながら、セシルが答える。

 だが、まだ立っていられるだけでも大したものだ、とリリアは思う。

 そして、この一方的な戦いを早く、簡潔に終わらせることを考えていた。

「これで、決める」

 リリアはそう言い、また別の魔法を唱え始めた。

「"ヘル・クライム"」

 一瞬で詠唱を終わらせると、掌から渦を巻く炎の塊が現れた。

「魔法か……めんどくせえ」

 そう言う間にも、炎は凝縮され、勢いよく迫ってきた。

 セシルは服を若干焦がしながらどうにか避けると、もう一度狙いを定めた。

 だが、それはおとりで、丁度リリアはもう一つ別の魔法の詠唱を終わらせたところだった。

「"ライト・キャンサー"」

 唱え終わると、ピン、と立てたリリアの人差し指から青い光が溢れ出した。そしてそれはどんどん大きくなっていき、指全体を光が覆い始めた。

「まずい。くそ、何か……」

 そのまま光る指を向けると、光の速度で放たれた閃光が一直線にセシルへと襲いかかった。

 避けるのも間に合わない。そして、着弾する。

「っ!?」

 ドォン! という重低音の爆発音と共に、辺りが砂煙に覆われた。


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