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チェインα  作者: HERMES
13/20

     11話:暇人達は高見の見物

パーティーで喧嘩を売られたセシルは、珍しく思い悩みます

 パーティーが終わり、セシル達は留学生専用の寮へと戻っていった。

 そして夜も更け、今は深夜。

 セシルは憂鬱な顔でベランダから外を見ていてた。


(あ〜あ〜、まじめんどくせぇ。なんで俺が……)

 セシルはアルバートアカデミーのNo.2、という表向きの肩書きを持っている。これも任務のためだ。

 あの森での演習中に侵入してきたスパイ……ルイス・シュレディンガーの足取りを追うため、この国に手がかりを求めてきたのだ。

 もし、ルイスがこの国の人間ならば、戦争にもなりかねない。

 表だって調査するわけにもいかず、交換留学生という制度を利用してライスコーフへ潜入し、証拠を集めているのだ。

 きっと今でも裏でテアナが調査していることだろう。

 だが、基本的にセシルは任務のための表向きの顔だ。普通に学生生活をやっていればよかったはずだったのだが……。

 先程のパーティーで、ライスコーフのトップ3とかいう連中が現れて、そのうちの一人にセシルは決闘を申し込まれた。

 普段なら、そんなめんどくさいものは断るのだが、表向きはNo.2という立場上、そういうわけにもいかないという状況になってしまった。

 そんな憂鬱さもあってか、セシルはなかなか寝付けずにいた。

 そんなわけで、空を覆い尽くす満天の星空を、ぼーっと寮のベランダから眺めていた。

 昼間と違ってヒンヤリした夜の砂漠の空気が気持ちよかった。

「このまま朝にならなきゃいいのになあ……」

 そんな愚痴をこぼしていた時、ドアを叩く音がした。

 コンコン

「セシル、起きてる?」

 よく知る声が聞こえた。

「マールか」

「眠れないの?」

 ドアが開き、寝間着姿のマールが入ってきた。

「ちょっと考え事……」

「あんたがそんなにヘコむなんて珍しいわね」

 マールはセシルの横のベランダの手すりにもたれかかった。

「だってなあ」

 留学生とはそもそも、その国の力を象徴するものだ。

 それがもし、決闘で敗れたとなると……その国の戦力が疑われることになる。

 スパイにまで入られているアルバートが、これ以上隙を見せるわけにはいかなかった。

「負けることは許されない……だろ。」

「そうそう。分かってるじゃない」

 マールは笑って答えた。

 そしてそれっきり、しばらく沈黙が続く。


 二人は星空を見ていた。

 国も人も、アルバートとは違うが、目前に広がる星空だけは同じだった。

「……でも」

 マールが口を開く。

「本当に危なくなったら、逃げなさいよ」

「……大丈夫だって。向こうも本気じゃやらないっていってたし」

 珍しく不安そうなマールに、そう言って軽く笑うセシル。

 だが、あのリリアとかいう女子生徒はかなりのやり手らしい。

(やっぱり、こいつを使うしかないのか)

 左手にはめてある、指輪。父の形見でもあるそれは、万象の指輪と呼ばれる固定魔法だという。

(これ使ったら、さすがに負けないだろうけど……)

 しかし、これは反則みたいなものだ。切り札をこんな親善試合で見せるのは得策ではないだろう。

「今回ばっかりは、私がフォローできることじゃないわね。でも……」

 そう言って、ポンッと肩を叩く。

「まあ、あんたもやる時はやるんだから頑張りなさいよ」

「……」

「4年前、初めて会った時のこと覚えてる?」

「ああ」

 セシルは言われて、ぼーっと昔のことを思い出していた。もう何年も帰っていない故郷での話だ。

 マールとはそこでたまたま会った。本当にたまたまだったのだが、それが今まで続いていることは奇跡というか運命というか、腐れ縁に違いないだろう。

「あの時のあんたは、格好良かったわよ」

「え?」

「今はどうなのかしらね」

「……」

「私が見ていてあげるから……明日も早いし、おやすみ」

 マールは最後にそれだけ言って、部屋に戻っていった。

「やる時はやる、か」

 一人になったセシルは、ふと呟いた。マールなりに、はっぱを掛けに来てくれたのだろう。

「……ま、どうにかなるか。悩んでもしょうがないし」

 たった一言で随分気が楽になった気がする。

 さっきまでの憂鬱さはいつの間にかなくなっていた。

 そしてその途端、急に眠気が襲ってきた。セシルはのろのろとベッドに入り、5分もしないうちに眠り始めた。



 次の日。寮から出て授業に行く。昨日のパーティーであれだけの騒ぎを起こしたのだから、セシルはもうかなり有名になっていた。

 すれ違い様に色んな人にじろじろと見られているのを感じながら教室にたどり着いた。

「おはようセシル、昨日はすごかったね……いきなり決闘することになっちゃって、大丈夫かい?」

 朝一番にギルが話しかけてきた。

 しかもどうやら情報はもうクラス中、いや学園中に広がっているようで、時々セシルの方を見ながらひそひそ話をしているのが聞こえていた。

「ただの親善試合だって。まぁ俺も一応留学生だから挑戦されたら逃げられないんだよな」

「なるほど。まぁメンツってものもあるしね……それにしても災難だったね、リリアに目付けられちゃうなんて」

 しばらく話しているうちに、教官が来て朝の授業が始まった。

 ギルも、他の面々もそれぞれの席に着いていった。

 セシルも自分の席に着くと、あることに気付いた。

(ん? あれって確か……)

 よく見ると、右前の席には渦中のリリアが座っていた。最初気付かなかったが、彼女とは席が近かったようだ。

 彼女はちらっと一瞬、セシルの方を見ると、すぐにぷいっと前を向いてしまった。

 まぁ昼には嫌でも顔を合わせることになるが。

 だがやはり少し気になって、セシルはそっと、隣のギルに聞いてみた。

「なぁ、リリア……ってこのクラスで一番強いのか?」

「んー、まぁトップクラスだね。一番はダリオだと思うけど……このクラスだと、ダリオ、リリア、ジノーヴィが三強だね」

 ギルがシャーペンをくるくる回しながら答える。

「まぁアルバートへの留学には他のクラスの連中が行ったんだけどね。あの三人、全員めんどくさいからって断ったらしいんだよ」

「案外ゆるいんだな……」

 どうせならリリアがアルバートに行ってくれたら良かったのに、とセシルは心底思った。

 そうすればわざわざ喧嘩売ってくるやつもいなかっただろうに。

「うちのアカデミーには貴族が多いからね。中には教官より家柄が上のやつらもいるしさ。生徒の権限が強いんだ」

 貴族がわざわざアカデミーに入る事情も分からなかったが、そういうもんか、とセシルは思った。

「そういや、ギルも貴族なのか?」

「まぁね。一応この国じゃ僕の家は有名な方だよ。ま、だからってあんまり恐縮しなくてもいいけどね」

 別にセシルも今更どうしようというつもりもなかったが、分かったよ、とだけ言っておいた。

 そうして、いつも通り授業は進んでいく。

 とは言ってもセシルの頭の中にはその内容は何一つ入らなかった。

 ぼーっとしているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。



 そして昼休み……いつもは教室でだらだらしている生徒達も今回ばかりは様子が違っていた。

 アルバートから来た留学生、セシルとライスアカデミーの中でもトップクラスに優秀だというリリアの親善試合が行われようとしているからだ。

 クラスのほとんどが、その試合を見守るために試合場に集まっていた。


 セシルはリリアに指定された通り、第三演習場に来ていた。

 コロシアムのように、周りを高い壁が覆い、下を見下ろせるように壁の上に観客席があった。

 決闘……というか試合にはおあつらえ向きの場所と言える。


「まさかと思ったけど、こんなに集まるなんてなぁ……」

 会場は色んな歓声が飛び交っていて、とんでもなく騒がしかった。セシルは苦い顔をして周りを見回した。

「まったく、みんな暇だよなぁ……リリア、だっけ」

 リリアはセシルより早く来ていたらしく、ずっと前から座って待っていたようだった。

 セシルの姿を見ると立ち上がり、パンパンと砂をはたいた。

「遅い」

「ん、時間ぴったりだけど」

 時計を見る。約束の時間の一分前だった。

「こういう時は、男が先に来るのが普通じゃないの?」

「デートじゃないんだから……」

 などと話しながら、リリアはずっと座っていて疲れたのか背中を伸ばしたり腕を伸ばしたりしていた。

「とりあえず、ルールだけ説明するから」

「ルール?」


「殺さない程度で、相手を戦闘不能にするか負けを認めさせれば勝ち。それと……この第3演習場の敷地内から出たらその時点で負け」

 単純明快なルールだった。

「質問なんだけど」

 言いながら軽く手を挙げた。

「何?」

「武器は使っていいのか?」

 セシルは腰に下げてある銃を見せた。

「武器も魔法もなんでもあり。でも、殺しちゃ駄目。そこはお互いのさじ加減で。万一に備えて救護班が待機しているけど」

「結構適当なんだなー……」

 ぽりぽりと頭をかきながら呟いた。

「審判もあそこにいるから、いざとなれば止めに入る」

 そう言って、リリアが指さした方向から、人が歩いてきた。

「あれって……テアナ先生?」

 今までどこにいたのか、テアナがニコニコしながら向かってくる。

「一応アウェーだから、審判はアルバートの人間を付けた。だから、危なくなったら止めてくれるよ。大丈夫」

 本当に止めてくれるんだろうか、とテアナの性格を思い返してセシルはかえって不安になっていた。


「先生、審判だったのかよ。ていうか今までどこにいたんだ?」

 セシルがだるそうな目で久々に見るテアナと顔を合わせた。

「ずっと違うクラスを見てたんでなかなか会いませんでしたねぇ。私も昨日の今日で急に審判やれって言われたんでびっくりしましたよ……そうそう」

 テアナはさりげなく近寄ると、セシルだけに聞こえるように小さな声で呟いた。

「"指輪"の力はなるべく見せないように。……でも負けは許しませんよ?」

「無茶言うよな結構……」

 だが、セシルの抗議はもちろん無視される。

 テアナは二人をコロシアムの中心まで連れて行き、二人の間に立って言った。  


「それじゃ、あと一分で始めますねー」

 そしてカウントを開始する。

 その言葉に反応して、リリアは後ろへ飛び、間合いを取った。そして、いつでも動けるように身構えているのが見えた。

 もう向こうは敵を倒すことだけを考えている。

 もはや言葉は通用せず、こちらが何を言っても答えることはないだろう。

「まったく。気の早いこって」

 仕方ない、とばかりにセシルも距離を取って銃を取り出す。白い銃身の装飾品のような美しい銃、ヴィアゲイター。

 この前、街で喧嘩を止めるのに一度だけ使った。

 いまいち使い慣れないが、今はこれに頼るしかない。

「ふぅー……」

 深呼吸をする。

 体の隅々まで酸素を行き渡らせるように、深く、長く。

 心と体を落ち着かせ、すぐさま全力で動けるように。

 そして、頭を臨戦態勢へと切り換えた。

 離れた場所にいる、リリアの一挙一動を見据える。

 そのわずかな動きも見逃さない……セシルの集中力は、一刻一秒ごとに極限まで高められていった。


 55、

 56、

 57、

 58、

 59、


「始め!」

 テアナの声で、試合は開始された。

「……」

 先に動いたのはリリアだった。

 小柄な体からは想像できない力で地面を蹴り、急接近してくる。


(いきなり突っ込んでくるなんてな。接近戦タイプか。でも)

 しかし、捉えられないほどのスピードではなかった。

 セシルは冷静に銃口の先にその姿を捉える。そして、引き金を絞った。

 ダン! ダン! ダン!

 放たれた弾は3発。それらは全て、リリアの足に向けて発射され、突き刺さった。

(まさか、こんなに簡単に……?)

 呆気なさすぎる。セシルがそう思ったのも束の間、弾が当たったその瞬間にリリアの姿は煙のように消えてしまった。

「え?」

 呆気にとられる。リリアはどこにもいない。

 本当に跡形もなく消えてしまった。

(どういうことだ……? まさか人間が本当に消えるわけじゃないだろうけど)

 そう思った矢先のことだった。

 セシルの肩に、焼けるような痛みが襲った。

「……っ!」

 肩には、針のようなナイフが刺さっている。痛みとともに血がにじむのが見えた。

「こっちだよ」

 後ろにはリリアがいた。

「くっ……」

 後ろに回し蹴りを放つ。

 だが、それより早くリリアはナイフを抜いて、後ろに跳躍して下がっていった。

 蹴りは空を切り、そのまま回転して少し離れた場所にいるリリアと向かい合う。

(一瞬で移動したのか……? いや、でもいくらなんでもそんな早く動けるわけが……)

 だが、考える暇もなく、もう一度リリアは突っ込んできた。



「リリアは完全なヒットアンドアウェイ戦術なのよね」

 観客席から見ていたメティが呟く。

 メティの隣にはジノーヴィ。その横にはダリオもいた。

「ま、最初はわけわかんないだろうなぁ。攻撃しても当たらないんだから、焦るよな」

「セシルは見破れるかな。リリアの魔法」

 三人は楽しそうに、それでいて真剣に二人の試合を見守っていた。



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