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チェインα  作者: HERMES
10/20

      8話:旅立ち

あれから更に一週間が経ちました。

セシル達は朝っぱらから、ライスコーフに向けて出発します。

「遅いわよ!」

 まだ薄暗い空に響く、マールの声。

 ちなみに時刻は朝の5時である。

 集合場所であるアカデミー玄関前にはすでにテアナとマールが到着していて、それぞれ小さな石の置物に腰掛けていた。

 セシルは少し遅れて、最低限度の物だけ詰めた、先に来ていた二人よりも格段に少ない荷物を持ってよたよたと歩いてくる。

 今日は彼ら三人がライスコーフに向けて出発する日だった。

 毎年恒例のアルバートとライスコーフの交換留学の代表に、セシルとマールの二人が選ばれたのだ。

 といっても、一週間前に決まったのだが。


 まだアカデミーの生徒達の誰もが寝静まっている中、彼らは特別演習という名の偵察任務へ向かおうとしていた。

 交換留学生として向こうのアカデミーに行き、向こうの国の内情を探るという危険な任務だ。

 

「セシルも来たことですし、全員揃いましたねぇ。じゃあ行きますよぉ」

 間延びした声で引率する、教官であり今回の任務の目付役であるテアナ。その声だけを聞くと、なんとなく遠足のような雰囲気があったが。


「先生、なんでこんなに朝早いんだよ」

 セシルが眠たそうな声を上げる。

「ライスコーフまでは地道で行きますからねぇ。東へ数百キロほど、列車で行きます。昼過ぎには着く予定なんで」

 つまり一日のほとんどは、列車の上ということだ。ならゆっくり眠れるな、とセシルは安心した。


「さて、ひとまず駅まで行きますか」 

 

 そうして、3人は国境に向けて歩き始める。

 街から離れて行くにしたがい、手付かずの自然が現れてくる。

 振り返ると街はもう見えなくなっており、視界の先には地平線が広がっていた。


 それからしばらく歩いた後、これまで山だったのが一転して谷になり、隣国とアルバートを分けるように巨大な河が流れていた。

 それがアルバートの国境だった。


「へぇ、すごいな」

 国外へ出る、というかアカデミー付近から出るのも初めてだったセシルは、感嘆の声を上げた。

 目に飛び込んできた壮大な自然は、パンフレットやテレビでは感じられない圧倒的な存在感があった。

 森と泉の国と言われるアルバートは、意外とこういう景色を求めて来る観光客も多かったりする。


 そしてその国境近くに、アルバートの軍部専用のプラットフォームはあった。

 国境の検問所には物々しい警備がしかれていた。ライフルやサブマシンガンを持った屈強な守衛の男達が周囲を見張っている様子が見えた。


「やけに厳重な警備だな……」

「まぁ状況が状況ですしねぇ。警備は固めるようにと言ってありますから」

 そう言ってテアナは一人でスタスタと検問所の方へと歩いていった。

 するとすぐに、反応したライフルを構えた男達が素早い動きでテアナを取り囲んだ。……かと思えば、次の瞬間にはライフルを地面に突き立てて、直立不動で整列する。迅速な行動だ。

 守衛全員がテアナに敬礼し、テアナもそれに笑顔で応じる。

 

「……なぁマール。先生ってあんなに偉かったのか?」

 その様子を見て、セシルは隣にいるマールに視線を投げかける。マールは頷いて。

「まぁ先生は一級軍士だし。あの人達は三、四級くらいかな。そりゃ、自分より遙かに上位の人には敬意払うでしょ」

「へぇ〜」

 気のない返事をするセシルが、普段教官に敬意を払っている可能性は極めて低いようだったが。

 そうしている間に手続きを終えたテアナが、早く来いと叫んでいた。



 列車は三人を乗せて、一直線にライスコーフまで進んでいった。周りの景色はビデオの早送りのように一瞬で過ぎ去っていく。やがて緑一色だった風景も、少しずつ砂漠へと移り変わっていった。

 時刻は昼頃になっていた。列車に乗った瞬間からずっと寝ていたセシルも、目を覚まして昼食を取っていた。サンドウィッチなどの簡単な軽食だった。

 

「でもすごいわよね」

 窓から薄暗いトンネルの中を見ていたマールが呟く。

「何が?」

「こんな長い線路、よく作れると思うわ」

 同盟五大国の間に通されている、軍部専用の直通線路だ。それぞれの国を覆っているので、大陸を一周する巨大な円の形になっている。

「大昔から計画されてたのが、最近になってようやく完成したみたいですねぇ。ユーウェイって言うらしいです」

 テアナも同じように外を見ながら語る。

 確かに言われてみれば、すごいことなのかもしれないとセシルも思う。

「科学の力ってすげー」

 流れていく景色を眺めながらその速さを感じる。やっぱり魔法より科学だな、とセシルは内心ほくそ笑んでいた。


「なぁ、先生。ここまで来といて何だけど……」

「はい?」

「なんで飛行機使わないの?」

 当然、軍用機も空港もあるはずだ。だが、何故列車なのだろうか。

「だってその方が旅って感じがするじゃないですか」

 目を輝かせてそう言うテアナがすごく楽しそうだったので、セシルは何も言わないことにした。



 そして数時間後、ライスコーフについた。


「おー、すげぇな。本当に砂ばっかだ」

 アルバートとは違い、ギラギラの日差しが地上を照らしていた。昼は40度を超える灼熱、夜はマイナスまでいく極寒という砂漠特有の極端な気候だ。

 見渡す限りの砂漠。黄色い砂以外のものは見あたらず、遠くの方の景色は蜃気楼で霞んでいる。見ているだけなら、幻想的で美しくもある風景だ。

 だが


「暑っ!」

「うー……」

「暑いですねぇ」

 早くもダラダラと汗が吹き出てくる。うなだれる生徒二人をよそに、テアナはいつのまにか日傘を差していた。

 表情もいつもどおりニコニコしているので、本当に暑いのかどうかも分からない……。

「とりあえず、手続きだけ済ませてきますねぇ」

 そういって優雅に歩いていった。


 マールは眉をひそめる。

 ねっとりと絡みつくような視線を感じた。好奇の目で見られていることはすぐに分かった。

 幼い頃から、よく感じていた視線だ。

 手続きのため、さっきまでテアナと話していたライスコーフの守衛達が、今は交換留学生の二人を見ていた。


「ほぅ、彼らが……随分とお若いですな。いや、そちらはあのアイボリー家の娘さんとなれば当然ですかね」

 昔からよく言われてきて聞き飽きた言葉だった。マールはうんざりしつつ

「どうも」

 ぶっきらぼうに一言だけ答えて、それ以上は話さなかった。

 ちなみにセシルはというと、自分に話題が振られないのが少し不満げなようだったが。

「いつも通り俺は無視か……いいけどさ。

 まぁそれよりさっさと行こうぜ先生。これ以上こんなところに突っ立ってたら焼け死ぬって」

 上着を脱いで、手を団扇のようにして扇ぐ真似をする。

 手で扇いでも風はほとんどこないのに、ついやってしまうのはなぜだろうか。


「……はい、これで手続きは完了です。街までは一直線ですから分かると思います」

「分かりました。じゃあ我々はこれで失礼します」

「あ、車貸しますよ」

 テアナも頷いて守衛に別れを告げるといよいよ国境を越えて歩き始める。


「こっから先は歩いていきます。なに、アカデミーがある街はここからすぐ近くにあるみたいですよ」

「……」

「……」

「だってその方が……」

「車使おうぜ頼むから」

 炎天下、セシルは土下座しかねないほどの勢いで懇願する。だがテアナはあっさり切り捨てる。

「でも私こっち用の免許持ってませんし」

「そんなバカな……」

「歩くしかないわね……」


 こうして三人は歩き始めた。

 一応、道らしきものはあるが砂にまみれて見えにくく、油断すればすぐに迷ってしまう。遭難なんてしようものなら、一日も経たずにミイラが出来上がるだろう。

 

 国境を過ぎてから数分後……大きな看板があった。

 

『 国境を越えたら、もう目前! 宿のご予約はお早めに。ライスコーフ旅行代理店まで 』

 

 ……等々。ホテルの宣伝と一緒に旅行代理店のイメージキャラクターのイラストまで入った豪華な看板。

 イメージキャラの名前はキュンキュンと言うらしい。どうでもいいことだが。

 

「おいおい、目前だって。これは結構近いんじゃないのか」

 セシルは思わず声を挙げる。何キロも歩くのだと思っていたのでかなり嬉しい情報だ。

 だが、テアナは首をかしげる。

「んーどうでしょうねぇ。私の聞いた話ではまだまだ先のはずなんですが……」

「よーし、目前だって言うんなら俺も頑張ろうかな」

 そしてセシルはそのまま意気揚々と早歩きを始めた。目標があれば頑張れるタイプらしい。

 

 そして、看板を見てから一時間近く歩いた頃……

 

「何が目前なんだか……」

 街はまだ見えてこない。

 見渡す限りの砂漠に、地平線が陽炎に揺らいで見える。オアシスのようなものも見えるが、多分蜃気楼だろう。

 看板を見て一番喜んでいたセシルも、今はげんなりとしている。


「いい加減なもんよね。って、また同じ看板があるわね」

 マールが呆れながら指差す先には、さっきと同じ旅行代理店の看板があった。

 もちろん、あのキャラクターのイラストも一緒だ。

 黄色い体に赤いリボンを付けた、ウサギだか犬だかよく分からない、可愛さもそこそこなキャラ。

 子供に人気な邪気のない笑顔が、今はこの上なく憎たらしかった。  

「おいくそウサギ、笑ってんじゃねえぞ!」

 見当違いの怒りをぶつけてみるが、もちろん看板は反応しない。大声で叫んで、余計に疲れるだけだった。


「暑苦しいからやめなさい。ん……? あれ、先生。ひょっとして」

 マールが何かに気付いて、テアナに声を掛ける。かすかに、蜃気楼の揺らめく先に白い影が見えた。 

 テアナは頷いてそれに答え、黙々と進んでいった。

 見渡す限りの砂漠。地平線では陽炎が揺らぎ、周囲にはライスコーフの文化財である石像や遺跡が建ち並ぶ。

 ライスコーフの街は近い。



 そしてその頃、アルバートアカデミーでは

 

「やつら今どの辺にいるんだろうなあ」

「時間的にそろそろライスコーフに入ったぐらいでしょうね」

 今は昼休み。訓練を終えた生徒達が、それぞれの場所で休んだり語らったり、寝ていたりしている。

 ディムとルーンと、数人の生徒も、学園内にある食堂で昼食をとっていた。


「てか、マールっちはともかくとして何でセシルも留学生なわけ?」

 そう言いながらペペロンチーノを頬張るのは、同じクラスのレーシア。

 桃色の髪をカールしていて、どこぞのお嬢様のようにも見えるがいろんな意味で過激な女子生徒だった。


「確か先生に推薦されたって。意外とセシル君も素質ありそうですよ」

「そうかなー? まぁ銃はすごいけどねあの子。てか、やっぱあの二人って付き合ってんの?」

「いや、どっちもそういうの興味なさそうですね」

 カレーを口に運びながらそう言うルーンが、一番興味なさそうだったが。

 そして、その隣りでも男共が同じような話をしていた。

 

「おいカイン、最近調子はどうなんだよ?」

「絶好調さ。この間もジェーンと愛を深めてきたよ! おはよう・こんにちは・こんばんは・おやすみのキスは欠かさないし、廊下ですれ違うたびに『愛してる』と囁くのさ」

「あーうぜぇ。死ね。別れろ」

「ははは、嫉妬するなよディム」

 優男風のカインはそう言って笑った。ディムは苦々しくその笑顔を見て

「俺は調子はどうなんだ、と聞いたんだよ。それなのに何で惚気話になるんだ?」

「ジェーンがいれば僕はいつでも調子が良いんだよ」

 バカップルの鑑のような言葉だったが、本人は幸せそうなので何を突っ込まれても気にしないようだった。


 その後、何だかんだと適当に雑談しながら、話題は交換留学の話に戻った。

「……それにしても、ライスコーフってどんなとこなんかね」

「砂漠ですよね。今ぐらいの時間が一番暑いって聞きましたけど」

 時計を見ながらルーンが言う。ライスコーフとアルバートの時差は一時間ぐらいだ。

「ご苦労なことだね。全く。とりあえずセシルもマールもしばらくは戻って来ないんだろう?」

「まぁ短期留学なんで、3ヶ月ぐらいって言ってましたね」

 通常の留学は1年程滞在するが、この交換留学制度は外交上の理由もあり、超短期間での留学となっていた。

 お互いの戦力を見せつけあう威嚇のようなものだ。


「んじゃさ、当然こっちにも向こうの留学生来るよね?」

 レーシアは急に目をキラキラと輝かせて話し始めた。

「イケメンが来るといいなあー」

 彼女の主な関心事の大半はそういうものだった。


「レーシア、君は程々にしとかないと、いつか刺されるんじゃないのかい?」

「あはは。別に、大丈夫だってー!」

「懲りねえよなぁ……」

 見た目通り派手な交友関係だったので、関係がこじれて修羅場になることもしばしば。それでも、当の本人はいつもこの調子だった。


「ね、ルーンも気になるよね? いい男来たら勝負しなきゃ! ライスコーフはお金持ちの国だし、もしかしたら王家の血筋の人とかも来るかも?」

「……確かに」

 ルーンも適当に同意しておいた。

「金髪で王家の血を引いてて、あと、筋肉質な子がいいですね。電車を投げたり、崩れた家を支えられるぐらいの」

「……ルーンの好みって特殊なんだねぇ」

 苦笑いを浮かべるレーシア。そしてカインが笑いながら茶化してくる。

「ははは。おいディム、今から筋トレしなよ。君も金髪じゃないか」 

「無理に決まってんだ

 ろ!」

 そんな会話を適当に流しつつ、ディムはうどんをすすりながら、3枚あるカマボコにもそろそろ手を付けようかどうか悩んでいた。


 アルバートアカデミーは、今日も何事もなく平和なようだった。  


「アカデミーのやつら……きっと今頃飯食ってるんだろうなぁ、ちくしょう」

 セシルはクラスメート達と、今の自分たちの置かれている状況の差を考え、うなだれていた。

「なんとなく想像できるわね」

 いつもの食堂の光景を思い浮かべてみる。

 レーシアが男の話ばっかしててルーンがそれに適当に相槌打って、カインはいつも通りうざくて、ディムはうどんのかまぼこ食べるタイミングを伺ってる……。

「あと3ヶ月はこっちにいるから、あの子達にもしばらく会えないわね」

「ああ、寂しいねえ」

 ぶっきらぼうに答える。正直、暑さと疲れでそれどころではなかった。

 このまま歩き続けてたら、干物になって死んでいくのか……。

 そんなことを考えていたとき、テアナが前を指さした。


「街が見えてきましたよ」

 黄色い砂漠に現れた、真っ白な建物の群れ。巨大な街がそこにあった。

 ライスコーフの中心都市で、アカデミーもここにあるはずだ。 

 街の入り口らしい広場の門に『ようこそ砂漠の国、ライスコーフへ!』と垂れ幕がかかっているのが目に入った。

「くぅ、目が痛い。でも……やっと着いたか」

 砂漠の強烈な熱射を反射するために建物のほとんどの塗装は白く塗られているのは、ライスコーフ独自の景観と言えた。

 ただ、外から見た街は、強烈に日光を反射して目が潰れるほど眩しかったのだが。

 セシル達三人は反射光に手をかざし、目を限りなく細めながら街へ入っていった。


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