ブラックサンタクロース
目を開けると天井があった。外からは小鳥の合唱のような鳴き声と、風と風によって擦れている葉っぱの音が合奏のように聞こえる。
台所からはやかんの蓋がカタカタと鳴っていて、ピー! と笛のような音が聞こえてくる。それ以外にも包丁で何かを切っている音と何かをぐつぐつと煮込んでいる音が台所から聞こえてくる。
学校がないので、もう一度寝ることにした。そんなことをしていたら早寝早起きと言っているママが案の定やってきた。
ママが「どうしたの?」と聞いてきたので、あたしは「熱があるの」と布団から出たくないためだけに嘘をつくとママは「大丈夫!?」と本当に心配そうに聞いてきたが、ウザかったので「寝とけば治るよ」と言うと、ママはしょんぼりとしながらも、あたしの部屋から出てきた。
次に目を覚ました時には小鳥の合唱のような鳴き声も風によって生み出された合奏のような音が聞こえなくなっていて、物音も全く家の中では聞こえなかった。その代わりに外から騒がしいほどの喧騒が聞こえてきた。
いつものことなので全く気にせずに憂鬱に感じながらもベットから出る。そして、服を着替えもせずにリビングへと向かう。
パパとママは二人して仕事に行っているので今はあたししかいない。そのせいで悪い考えが浮かんでしまった。
いつもならお留守番をしているところだけど、それだとあまりにも暇すぎるので出かけることにした。
時間を確認するためにデジタル時計を見ると今日の日付がわかった。
あぁ、そっか。今日は23日か。冬休みの宿題をやらなきゃ。いや、でもやっぱり面倒臭いしやらないでいいや。今はそんなことよりも時間時間。
危うく時間を確認し忘れそうになっちゃったので、確認すると午後12時30分の表示されていた。
またここで悪い考えが浮かんでしまった。その考えが普通に犯罪だと知っている。でも、した。その考えとはパパの貯金をそして、ママのヘソクリを半分ずつ貰う。
パパからは61000円。ママからは59000円。合計120000円。
あたしたち一家はドイツ人だけどパパの仕事の都合上、ここ日本の首都の東京に移り住んだ。今、住んでいるところは東京の千代田区。
ちなみに悪事を働くのは妙に楽しく感じる。自立した気分になれる。だからこそ、あたしは朝ごはんのパンを食べてから、冷蔵庫から取り出したビールを飲むことにした。
あたしの年齢は12歳だから、普通に犯罪なのはドイツ国民だけど、一応は知っている。だからこそ、あえて破った。やっぱり、楽しく感じてきた。
12ということはまだまだピチピチのお肌なので歯を磨いてから化粧水だけつけて、外に出ることにした。もちろん、服は着替える。だけど、全然可愛くない。だから、コートとマフラーという防寒着で隠す。
あたしは片付けもせずに外出した。もちろん、お金はコートのポケットに盗まれないように入れる。外は雪が少し降り積もっていた。
可愛い服を買うために渋谷区のあのお店に向かうことにする。もちろん、お金があるので電車で行く。その道中に周りから凄い目線を感じる。でも、当たり前だと思う。
なんて言ったってあたしは日本の人たちにしたら外国人だし、髪の色の綺麗な金髪。そして、瞳も透き通っている水色で形がくりくりしている。さらに肌も真っ白だし。逆に注目されない方がおかしいよ。
やっぱり、外に出たら優越感に浸れるな。周りがブスばっかりだし。
楽しくなってきたのでニコニコと笑っていると周りの人が目を背けているのが見えた。
あたしが可愛すぎて恥ずかしがっている。それが可愛い。
電車を乗っている間もジロジロとみんなから見られた。降りて、渋谷のあの店に向かっている最中もみんな見てくる。
すると「ねえねえ、君」と声をかけられながらも背後から肩を叩かれた。そちらに振り向くとすごくチャラチャラとした人がいた。
「君。スタイルもいいし、顔が可愛いからモデルの仕事をしない?」
「えっ?」
「君は今、何歳で何年生?」
「12歳で小学6年生です」
「おっ? なら、高身長だね。やっぱりモデルの仕事しない?」
「いえ、大丈夫です」
日本に来るときに日本語の勉強をちゃんとしたので、理解もしているし使用もちゃんとできるから、日本語でスカウトマンと呼ばれる人の誘いを断った。
だけど、この人はすごくしつこくて先に行かせてくれない。すると、どういうわけかシャッター音が聞こえてきたのでそちらを見るとあたしたちの写真を撮っている高校生くらいの男性がいた。
スカウトマンの人はそのことに全く気づいていないのか、まだしつこく誘ってくる。恥ずかしいので逃げることにする。
「ごめんなさい。先を急いでいるので」
「いやいや、まだ時間があるでしょ? 付いてきてくれない?」
「すみません」
「そう」
スカウトマンの人がしょんぼりとした声を出したので諦めてくれたと確信した。でも、それは間違いだった。
スカウトマンの人は突然、あたしの腕を掴んできた。「離してください!!」と言いながらも振りほどこうとしたがものすごい力で掴まれているせいで全く離してくれない。その後も何度も手を振るがビクともしない。
「さぁ、付いてきて」
スカウトマンの人は優しい声で言ったが、恐怖が湧いてきた。
誰か助けて!
心の中で叫ぶと一人の青年がやってきた。その青年の服装を見て警察官だと理解した。
「そこの人。少女をどうするつもりですか?」
「えっ? 喫茶店に連れていきモデルの話をするだけですけど」
「そうですか。君の方はどう?」
あたしは勢いよく横に首をブンブンと振った。そのあたしの反応を見た警察官は鋭い目つきでスカウトマンの人を見た。
「署までご同行いただきます。さぁ、君も付いてきて」
警察官が手を差し出してきたが、妙に怖く感じてあたしは逃げるようにしてその場を走り去った。
少し走っていると人にぶつかってしまった。あたしは吹き飛ばされた。
「だ、大丈夫?」
男の人の声で聞かれたので顔を上げるとそこには先ほどあたしたちのことを撮っていた高校生くらいの男性がいた。
「はい」
「あっ」
男性はあたしがさっきの人だと気付いたようだ。お礼を言うために見ると目をそらされた。
「ありがとうございました」
「えっ? な、なんのこと?」
「心配してくださったので」
「あ、当たり前だと思うけど……」
「それと」
「ま、まだあるの?」
「はい。先ほどは警察を呼んでくださりありがとうございました」
「な、なんのこと。お、俺は……な、なにもしていないけど……」
男性がそう言っているけど、バレバレ。あの時に誰もがあたしたちのことを無視していたのにこの人だけは反応してくれたからバレバレ。この人となら大丈夫そう。
「あ、あの!」
「な、なに?」
「もし、おヒマでしたらあたしの買い物に付き合ってください! 一人だとやっぱり怖いので」
「ご、ご両親は?」
「仕事です」
「仕事か……。でも、どうして俺なの?」
「ヒマで安全そうですから」
「わからないよ。実はウサギの皮を被っている獰猛な野獣かもしれないよ。ま、まぁ、ヒマだけど……」
「大丈夫です。あたしはあたしの判断を信じるので」
「わ、わかったよ。実際にヒマだしね」
「やったー! ありがとうございます!」
彼が照れるだろうと思い、喜んでいるフリをした。実際の目的は撮ったであろう写真を消させるため。この人のことなんて一切気になっていない。
「なら、まずはあそこに行きましょう!」
「わ、わかったよ」
何の前触れもなく男性の腕にしがみつく。そして、すぐに上目遣いで見る。
あっ。照れてる照れてる。でも、ロリコンはないな。これは少し危険かも。もしかしてたら、襲われるかもしれない。まぁ、そう言う時は大声を出したらなんとかなるけどね。だって、あたしは誰もが目を奪われるほど可愛いもん!
「そういえばいくら持っているの?」
「120000円です」
「えっ?」
「あっ、別にそういう仕事に手を出しているわけではないですよ。ただ、今まで貰っていたお小遣いを貯めていただけです」
「嘘……だろ?」
「本当ですよ」
嘘だよ。そんな貯めるわけないじゃん。お小遣いなんて貰ったらすぐに全部使い果たすし。
あたしたちは少し進んだところにあるファッション系ならなんでも売っているショッピングモールのレディースの服だけが売っている専門店に来た。
「あの……試着するので似合っているかどうか判断してください」
「わ、わかったよ」
相変わらず男性は目を合わせずに答えた。
まぁ、この人は見た目からしてファッションに対して何一つ知らないだろうし、彼女なんて絶対にいないだろうから全部似合ってると言うだろうけどね。
十数分後に紙袋を一つだけ下げてその店を出た。
まさかこんなことがあるなんて。人は見かけによらないって本当だったんだ。それにどうして見ただけで、あそこまでわかるのよ! それに言っていることが正しいし!
男性はあたしの予想に反してファッションにかなり詳しくて、似合ってる。または似合ってないと的確に言ってくれた。そして、似合ってる場合はどこが似合ってるか。似合ってない場合はどこが似合ってないかも言ってくれた。
「あ、あの!」
「な、なに?」
「好きなことって何ですか?」
「アニメ鑑賞とか漫画を読むことかな?」
「えっ? ファッション系に関しては?」
「そんなのないよ。ただ、ファッションの単語などをたくさん知ってるだけだよ」
「なら、先ほどはどうしてあんなにも的確な指摘を?」
「思ったことを言っただけだよ」
「スタイリストのセンスがあるんじゃないでしょうか?」
「どうなのかな? 自分ではわからないや」
男性は首を傾げながら答えた。まともに話せるようになってるが、未だに目を合わせようとはしてくれない。
「なら、次はあのお店に行きましょう! 先ほどと同じように意見を述べてください」
「帽子の専門店か。わかったよ」
結果は変わらなかった。その他にも様々な専門店に行ったが、やはり全て的確な意見を述べられた。そして、残すは下着店だけになってしまった。
「つ、次はあそこのお店に行きたいです! 今までと同じで思ったことを素直に言ってください!」
「さささ、さすがにあそこは無理だよ!」
「ですよね?」
さすがにこれで許可を得れたら気持ち悪いだけなのだけどね。
「な、なら、そこの店なんてどう?」
そう言って彼が指差したのは雑貨屋。しかも、可愛らしい物ばかりある。そこですぐに可愛いクマのぬいぐるみがあったので駆け寄る。
「可愛い!!」
あまりの可愛さに抱きつく。彼はそんなあたしの横に来る。ちなみにぬいぐるみのサイズは大きいわけではないし、小さいわけでもない。
「買ってあげようか?」
「えっ?」
「どうせ持っていても使うあては今の所ないしね。それに今日はただ散歩するだけのつもりだったのに楽しませてくれたからね」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて買ってほしいです」
「よし、来た。ちなみにサイズはそれでいい?」
「はい。大きすぎても邪魔になるだけだし、小さすぎたらなくすだけなので」
「わかったよ。ちょっと待っててね」
そう言って彼はレジへと向かった。ちなみに買ったものは全て持ってもらっているため、あたしには何一つ負担がない。
店の中にいると邪魔になる気しかしないので、外の長椅子で待つことにする。
しばらく座っていると隣に全く知らない男性が座って来たので、触れたくないので離れることにする。しかし、その男性はあたしに付いてくる。怖くなったあたしは逃げようとしたが、腕を掴まれて転ばされた。
大事な服が汚れたじゃないの! 絶対に許さない!
恐怖を通り越して怒りを覚えたので男性を睨むが、ニヤニヤと笑っているだけ。ショッピングモールなので誰一人として厄介ごとに巻き込まれたくないので、見て見ぬ振りをする。例え子供が見たとしても親がすぐに手で隠す。
何が日本人は優しいよ。どこがよ。あそこと変わらないじゃない。
あたしは立ち上がろうとしたが、相手は大人の男なので馬乗りされたら身動きが取れない。
あたしは外国人で、しかも、モデル顔負けのスタイルを持っているので襲われるのは日常茶飯事。これは日本でもドイツでも変わらない。だけど、まだ誰にも大切なところを触れられていない。それなのに今、こんな男に大切なところを触れられそうになっている。それも直に。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。誰でもいい。助けて。
次の瞬間、馬乗りになっていた男があたしの上から吹き飛ばされた。
えっ? 一体誰が?
疑問に思ったので恐る恐る男が吹き飛ばされた方を見ると彼がいた。そんな彼が男の首に腕を入れている。それだけならまだいいが、落ちないようにするための仕切りの上に肩が乗っていた。今にも落ちそうに見える。
ちなみにここは4階なので落ちたらほぼ確実に死ぬ。なのに彼はそれを何の迷いもなく、その危険が隣り合わせの行為をした。しかも、その原因が今日、知り合ったばかりのあたしなので驚きを隠せない。
「ねぇ。あなたはブラックサンタクロースって知ってる?」
「はっ?」
「悪い子におしおきをするんだ」
「それがどうした? もしかして、俺にそのおしおきとやらをするのか?」
「まさか、君みたいな人間のクズみたいな人におしおきという名のご褒美なんてもったいない」
「なら、どうして俺にその話をした?」
「あんまり知られてないけど、ブラックサンタクロースには真の悪い子供に対してだけおしおきする、恐ろしい姿があるんだ。ちなみにそのブラックサンタクロースがする行為は動物の内臓をあげるのではなく、真の悪い子の内臓を腹を切開してから、抜き取るんだ。その後に心臓の握り潰す。今、こんな話をするということはこれ以上したらどうなるかわかるよね?」
「わ、わからねぇな」
「理解力がなくてかわいそうに」
「あぁ?」
「つまり、夢のようなサンタクロースにも裏の姿があるから俺みたいな人間の裏の姿というものを味わいたいの?」
「面白い。やってみろよ」
「わかったよ」
彼は笑顔で言うと男性を突き落とした。それも何の迷いもなく。まさかそんなことをするとは思ってなかったあたしを含むギャラリーも固まってしまう。しかし、ジャバン!! と水に叩きつけられてかなり大きな水しぶきを上げているのが聞こえた。
彼は冷ややかな目で見てからだろうけど、あたしの方へとやってきた。あたしも固まってしまって身動きが取れない。
「はい、これ」
そう言って彼がくれたのはクマの可愛いぬいぐるみ。大きさは標準サイズ。
「なら、外も暗いし買い物も終わりにしようか」
「いや!」
「えっ? どうして? 温かいご飯が待っているでしょ。なら、戻らないと」
「お兄さんは待っていないのですか?」
「うん。両親は死んだからね。今は親戚の人からの仕送りだけでまかなっている。それに俺は彼女いない歴イコール年齢のボッチなので作ってくれる人なんて一人もいないしね。だから、俺は自由なんだ。でも、君には親がいるちゃんと帰って仲良くしなさい。そうしないと真のブラックサンタクロースが来るぞ」
「そんな存在がいないのは知っていますから。それが子供騙しだと言うことも」
「その考えはやめといた方がいいよ。信じないだろうけど俺の両親は真のブラックサンタクロースの手によって、目の前で残酷に殺されたから」
「そこまで言うのならば明日も付き合ってもらいますよ!」
「いいよ。それで君が家に帰るのなら」
「なら、朝の8時にこのショッピングモール前の交差点で集合ですから」
「朝の8時だとほとんどのお店が開いてないと思うけどな」
「それでもいいのです!」
「わかったよ。なら、明日の朝8時にショッピングモール前の交差点で。ちなみに家まで送るよ」
「子供扱いしないでください!」
「いやでも、空は夕焼けを通り越して月が上っているんだけどな」
「えっ?」
驚いたので上を見ると天井の透明なガラス窓から外の景色が見えて、本当に彼が言った通りだとわかったので、素直に送ってもらうことにした。50分もある道中には何一つ特別なことが起きなかった。
「それじゃあまた明日」
「はい。それでは」
あたしたちはこうして別れた。案の定、家に入るなり両親が怒ってきた。しかし、その怒りに対してウザいという感情を抱いてしまう。その日の残りはずっと無口でいた。代わりに脳裏に彼の姿がずっと浮かんでいた。
寝ている最中もあたしと彼が仲良く新婚生活を送っている夢を見た。その夢を見ているときは夢だとわからなかったが、翌朝に起きて夢だとわかった。
時刻は朝の7時。つまり、待ち合わせまで残り一時間もない。あたしは慌てて身支度を済ませて外に出た。へそくりを盗んだことは伝えてないが、両親には出かけることを前日に伝えていたが、すんなりと出かけることに成功した。
あたしは電車に乗り、目的地まで走った。その甲斐あってかギリギリで間に合った。彼は歩道の向こう側にいるが気づいていなかった。ここで名前を聞いていないことを後悔した。でも、彼はあたしに気づいてくれた。
小さなあたしに気づいてくれた。それが嬉しくて仕方がなかったので、駆け出そうとしたが、彼はジェスチャーでダメと警告してくれたので、ちゃんと前を見ると信号が赤だった。
ふぅ。危ない危ない。てっきり、事故を起こすところだった。やっぱり、彼はあたしの恩人だね。2日だけで3回……もしかしたら、4回も助けてもらった。彼になら心を許しても大丈夫かな?
人に心を許すことを少しだけ恐れていたが、そう思うと目の前で信号が赤だというのに子供が飛び出してきた。しかも、乗用車が凄まじい速度で来ている。ちなみにその乗用車も信号が赤。さらに乗用車のドライバーが眠っているので、気づいていない。
あたしなら助けることができるけど、体が微動だにしなかった。それは他の人も同じらしいのが、わかる。そもそもスマホを見ていて、全く見ていない人もいる。そんな中あの人だけが走っていた。そう彼だけが。そんな光景を見て時間の経過がかなり遅く感じる。
でも、彼の方からは遠いので間に合う気配は一切なかった。だというのに必死に走っている。すると、驚くべきことに子供に触れた。でも、自分も共に逃げることはできないと判断したのか子供を突き飛ばした。しかし、代わりに彼が60キロは出しているであろう乗用車の轢かれて吹き飛ばされた。吹き飛んだ先が草や木などなら良かったが、彼が吹き飛ばされた先はアスファルトの上。
グチャッ! と生々しい音を立てて彼の体が潰れた。
「いやあああああああああああああああああ!!」
「誰か警察に連絡しろ!」
「お、俺は何も悪くない!!」
「おい! 車が逃げたぞ! 誰か写真を撮れ!」
「ダメ!! あの車が早すぎる!!」
「クソッ!! 轢き逃げか!」
……嘘よ。こんなの嘘よ。嘘に決まっている。嘘よ。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。こんなの現実じゃない!!
周りが騒然としていたが、何を言っているかわからない。もしかしたら、何も話していないのかもしれない。ただ、一つだけわかることがある。それは子供が無事だということのみ。でも、彼は死んでいない。死んでいるはずがない。
突然、足に力が入らなくなった。よく見ると足が震えていた。そして、どういうわけか視界に靄がかかる。その靄は何度拭っても晴れない。それどころかより一層かかる。そんなのを見られたくないから両手で目を覆った。すると、突如として周りから悪意のこもった視線を感じた。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!! 助けて! 助けてよ! 誰か助けてよ!
いくら助けを呼んでも誰も助けてなんかくれない。そんな時にコロコロと何かがあたしの前に転がってきた気がする。それを見ないといけないという使命感に駆られたので、覆っている手を離した。でも、すぐさま見なければよかったと後悔した。後悔したが、見て正解だと矛盾した気持ちも湧いてきた。
あたしはその転がってきたものを誰にもバレないように抱きしめた。そして、そのままその場から離れた。それとほぼ同時にパトカーと救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
一体どうしたのだろう? 何があったのだろう? 気になるけど行ってはいけない気がする。でも、さっきまであそこにあたしたちはいたけど、何もなかった。事故などなかった。あった気がしただけ。だって、あたしと一緒に彼は今もいるのに。
「あの……今日は遠くへ行きたいですけどいいですか?」
「いいよ。できれば誰もいない静かなところは行きたいけど」
「静かなところですか? うーん」
「俺に一つ当てがある」
「わかりました」
「でも、少し遠出になっちゃうよ」
「大丈夫です。お兄さんとなら何も怖いところはないです!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あまり大きな声で言って欲しくないな。みんなに注目されるから恥ずかしい」
「あっ……す、すみません」
「今後気をつけてくれたら問題はないよ」
「ありがとうございます。やっぱり、お兄さんは優しいですね」
「面と向かって言われるとものすごく恥ずかしいからやめて」
「はは。そうですね。そういえば目的地はどこなのですか?」
「もうすぐだから。でも、ここからは俺がいいよと言うまで無言でお願い」
「わかりました」
お兄さんに言われた通りに無言で後をついて行く。辺りからは風の音と風によって葉と葉がこすれあう音が聞こえる。さらに耳をすますと色んな音が聞こえてくる。でも、それらは全て現代社会の生活だと中々聞こえない音ばかりだ。そのためにかなり心が穏やかになる。
彼が腕を引いてくれているので迷うことがないため辺りを見回していると冬だというのにかなりのぽかぽかな陽気を感じる。ここがどこかはわからないが、先ほどまでいた東京だということは間違いなくわかる。だというのにここは東京とは違いかなり暖かい。それも眠くなるほどに。そのためかわからないが、緑の葉が生い茂っている。先ほどまでの東京を知らなかったらここは空からの太陽のおかげで春かと勘違いしてしまう。
なのに危険な生き物は一切いない。こういう場所こそ楽園と呼ぶのにふさわしいのだろう。
「よし、着いた。もう、話して大丈夫だよ」
「ここはどこですか?」
「東京ということしかわからないな。話もせずに無言で歩いていたらこういう世界に来れるんだ」
「そうですか……」
「この温度だけどここは冬だよ。それだけは自信を持って伝えられる」
「どういうことですか?」
「前を見てごらん」
「前ですか? ……あっ」
「納得いったよね?」
「はい。まさか温泉が湧いてるなんて」
「そう。多分、俺の予想だけどその温泉の温度がここ一帯を暖かくしているんだと思うよ」
「なるほど。理解しました」
「あっ、ちなみに言っておくけどここは俺たちだけの秘密基地というわけではないよ。耳をすませてごらん」
言われた通りに耳をすませて見ると粘性のものと粘性のものが混ざり合っているような音が聞こえてきた。さらに複数の男女の息遣いや嬌声も聞こえてくる。
「まさか」
「そう。ここは行き道がわからないにも関わらずデートスポットというわけ。でも、俺はそんなつもりで来たわけではないから。ただ、ここを紹介したくてね。好きな人と来てよ。俺には一生できないからね」
「わかりました。でも、もうすでに好きな人と来ています」
「あれ? そうなの? ごめん」
ホントにこの人って鈍感。なら、教えるしかないね。
「俺なんかと来たら誤解……っ……っ!?」
「……っ……っ……っ……ちゅ。こういうことです」
「えっ? どうして?」
「人を好きになるのに理由なんていりますか?」
「少しはいると思うよ」
「まぁ、それはさて置いて」
「さて置いちゃうんだ」
「今から続きをしましょう?」
「でも、時間切れだよ」
彼がそう言うと空を指差したので釣られてあたしも空を見るといつの間にか暗くなっていた。
「構いません」
「でも、親御さんが心配するよ」
「構いません」
「さすがにそれはかわいそうだよ」
「二人はどうせあたしなんかに興味は一切ありませんから」
「どうしてそう思うの?」
「二人はあたしを人形のようにしか思ってませんから」
「どうしてそう思うの?」
「わかりません」
「なら、帰って聞くんだね」
「帰りません」
「早く帰ってよ!」
「帰りません!」
「ヤツが来ちゃうぞ!」
「ヤツとは?」
「あぁ、もうダメだ。ヤツが来ちゃった。君だけでも早く逃げるんだ!」
「あなたは?」
「じきにわかるよ」
「えっ?」
『ジングルベール。ジングルベール。鈴が鳴るー。今日は楽しいクリスマス』
空から突然、シャンシャンと鈴を鳴らしながら歌を歌っているシークレットが見えた。
『おんや?』
「クソ。ここでも見つかるのかよ」
『悪い子はっけ〜ん。えっと、悪事は? 高額のへそくりの略奪と親のことを親と思ってないと自分さえよければ周りがどうなってもいいという自己中心的な考えと親に内緒の不純異性交遊と未成年の飲酒かな? おや? おやおやおや? 死体の移動まであるなんてこれはもう、アウト』
シークレットは空から生身で飛び降りてきた。驚くことに長いヒゲ、髪の毛、そして服装に至るまで全てが黒色だった。純粋な黒でなく闇と同じで真っ黒。その恐怖のせいで一歩下がると手に何かを待っている感覚があったのでそちらを見ると彼の首だけがあった。それには恐怖など一切感じない。むしろ、安心感がある。
『それは邪魔!』
真っ暗の人間がそう言うとあたしから彼を奪った。
「返して! その人を返して!」
『おうおうおう。あっ』
真っ黒い人間はあたしから奪った彼をまるで手が滑ったとでも言いたげに彼が言ってた温泉が湧いてるところに投げ捨てた。
「いやあああああああああああああああああ!!」
慌てて彼を助けに行こうとしたが、行けなかった。なぜなら、真っ黒い人間があたしを蹴り、元の場所に戻したからだ。
『どうも。ワシはサンタクロースの同期のブラックサンタクロース。どうやら、ワシ以外にもそう名乗っているヤツがいるようだが、ワシが正真正銘のブラックサンタクロースじゃ。要するに真のブラックサンタクロースじゃ。とりあえず悪い子から一番大事なモノを奪った。君みたいな反応を示したのは初めて……いや、二人目じゃよ。何の因果かわからないが、それが先ほどのモノとは思わなかったの〜』
「返せ! お兄さんを返せ!」
『いい子にするなら返してやっても良いがの〜』
「えっ?」
『おうおう。その反応その反応。実にいい。じゃが、ワシはその反応よりもいいものは知っておるのじゃ』
ジュル。
「えっ?」
ズズズズズズズ。ジュル。
『やはり若い女子の内臓は格別じゃの〜』
あたしの腹からどういうわけか内臓が出ている。別に切られたわけでもない。無傷なのに内臓を吸われている。
別に助けてとは思わない。内臓を食べるということは心臓も食べられるということ。人間は心臓がなければ生きていけないので死ねる。でも、その方がいい。彼がいないこの世界にあたしは息をしたくないから。死んで彼と一緒に暮らしたいから。
あたしは真のブラックサンタクロースというモノの食われるがままになる。そこであたしの意識は途絶えた。
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12月25日。
ある夫婦が娘が帰ってこないと警察に捜索願を出した。でも、その時にまさかあんな姿でその娘が帰ってくるとは思わなかった。
外傷はないにも関わらずに内臓と血液だけを抜き取られて、ほぼミイラの状態で帰ってくるとは誰も頭の片隅にすら浮かばなかった。
このわけわからない遺体の状態を見てほとんどの人は犯人がわからなかったが、一部の人間から犯人はUMAであるという答えが出てきた。
しかし、誰一人としてブラックサンタクロースという答えは出なかった。