○3
「どれだけたいへんな病気だって、なおるかもしれないわ」
最初に、『キレイ』が呟きました。ゆっくりと、タマゴの光が元のように輝き始めます。
「わるいことをしてヒドイことになったからって、ぼくがそれでおしまいになったわけじゃないよね。わるいことをしたあとは、いいことだってできるよ」
『ツヨイ』は倒れた丸いタマゴの体をゆっくりと起き上がらせました。
「くるしいことはイヤだけれど、とってもとってもイヤだけれど、だからって、たのしいことはなくならない!」
「そうさ! くるしいから、イヤだったから、たのしいことを見つけられるんだ!」
ふたつのタマゴは、頑張って、強い光をとりもどして、そして上へと続く、人へと続く道の方へと、ゆっくり進み始めました。
もうなにも言わないおじいさんが頷いたように見えたのは、ふたつのタマゴの見間違いでしょうか。
「行っておいで」と、そう言われたような気がしたのは、気がしただけなのかもしれません。
実際、おじいさんがどうしたかなんて、もうふたつのタマゴには関係ないのです。タマゴたちは自分で進む道を決めたのですから。
「わたしはヒトになるわ!」
「ぼくもヒトになるんだ!」
高くたかく上へ続く道の先は、暖かい光と、とてもいい香りと、そしてたくさんの感情で満ちています。
そこには楽しいも、苦しいもあります。タマゴたちの知らない、怒りや憎しみや、嘘だってあります。
でも、喜びや幸せや、愛だって溢れています。それをタマゴたちは知っています。
「行こう!」「うん、行こう!」
そんな人の世界。――――この『タマゴの庭』よりも、もっとややこしくて、面倒くさくて、どうでもいいものだっていっぱいの、人の世界へ、ふたつのタマゴは飛び出していきました。
「ヒトになったら、いろいろなことをしましょう! そして、また会いましょう」
「もちろん! また会おう! ぼくときみは、もうヒトになるよ」
再会の約束をして、ふたつのタマゴ、大きくて『ツヨイ』光を放つタマゴと、ピカピカ光る『キレイ』なタマゴは、ゆっくりと人の形に、赤ちゃんの形に変わってゆきます。
そうして、それぞれの生まれる場所に、お母さんのお腹の中に向かっていくのです。
人になってしまえば、タマゴはこの『タマゴの庭』での出来事を忘れてしまうでしょう。
でも、心に残ったものも、きっとあるはずです。
ふたつのタマゴが、ふたりの人になったということ。
自分が、楽しいことも、苦しいこともある、人であるということ。
それはきっと、とてもとても大切なこと。