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○2

 ふたつのタマゴ、『ツヨイ』と『キレイ』は再び、分かれ道のちょうど真ん中にいるおじいさんの前へとやってきました。

 おじいさんは先ほどと変わらず、人の形をして、そこに座り込んでいます。でも、『ツヨイ』と『キレイ』には、さきほどより、少し恐ろしい物に見えてしまうのでした。

「おじいさん、おじいさん」

 意を決して、『ツヨイ』がおじいさんに呼びかけますが、あの暗い霧に消えて行ったタマゴの姿を思い出して、怖くなって、その先の言葉が出てきません。

「おじいさんに聞いたら、ヒトになった後のことを教えてくれるって本当?」

 代わりに『キレイ』が『ツヨイ』の言葉の後を続けました。ですが、その『キレイ』の言葉も、少しの恐怖で震えていました。

 ですが、ふたつのタマゴはどれだけ怖くても、恐ろしくても、どうしても人になった後のことが聞きたいのです。それは、あの濁ったタマゴが下の道を選んだ理由を知りたいだけではありません。タマゴたちは皆、人になった後のことを考えると、それが楽しみで、知りたくてたまらなくなるのでした。

「知りたいのなら、私は教えよう。ただ、私が教えるのは、君たちの人生の、ほんの一部だ」

 おじいさんはそう言って、ゆっくりと人の形をした顔をあげました。そうして、ふたつのタマゴを交互に見比べます。

 自分を見るおじいさんの目が怖くなって、『ツヨイ』は少しだけその丸い体を引かせました。

 ですが、『キレイ』は反対に、タマゴひとつ分おじいさんの方へ進みました。

「ああ、君が人になれば……」

 だからでしょうか。おじいさんはまず、『キレイ』を指さして言います。

「君は生まれ落ちたときから、重く苦しい病を持っているだろう」

「えっ?」

 おじいさんの言葉に、『キレイ』は丸い体を震わせます。

 この『タマゴの庭』は、純粋で簡単な世界です。そこには嘘はありません。そもそも嘘というものを、『キレイ』は知りません。だから、おじいさんの言葉を否定することもできませんでした。

 おじいさんは続けます。

「その病は決して簡単に治るものではなく、君は白いベッドの上で、自らの細い体を憂いながら、悔やみながら、憎みながら生きていくことになるだろう」

 嘘を知らなくても、苦しい事はわかります。それは楽しい事の反対だから。だから、『キレイ』は苦しくてしかたがありませんでした。

「じゃあ、私はヒトになっても遊園地にも、水族館にも、どこにも行けないし、なにもできないの?」

 そんなの絶対に嫌だわ。と、そう呟いた『キレイ』のタマゴの光はあっというまにくすんで、まるで石のように濁ってしまいました。

 そんな『キレイ』を見て、『ツヨイ』はまた丸い体を震わせます。

「君は聞きたいかね? 君自身の人生の、ほんの一部を」

 『ツヨイ』は怖くてこわくて逃げ出してしまいそうでしたが、それでももう引くことはありませんでした。勇気を振り絞って、おじいさんの方へと少しだけその丸い体を進ませます。

「ぼくのことも、教えてください」

 『ツヨイ』の言葉に、おじいさんはゆっくりと頷きました。

「君はとてもとても裕福な両親のもとに生まれつくだろう」

「やった! ぼくはしあわせだ!」

 おじいさんの言葉に、震えていた『ツヨイ』は歓喜と共に飛び跳ねました。

 ですが、おじいさんの言葉はそれで終わりませんでした。

「そんな裕福な家庭で、甘くあまく育てられた君は、やがて強い刺激を求めるようになってしまうだろう。君は危険で禁止されていて、それでいて全く何も得にならない様な危うい遊びを始めるだろう」

 それを聞いて『ツヨイ』の歓声は途切れました。飛び跳ねていたはずの丸いタマゴの体は、苦しみで動けなくなって、ころりと転げてしまいました。

 倒れてしまった『ツヨイ』を見ながら、まだおじいさんは続けます。

「その遊びの最中に、とても大きな失敗をした君は、とてもとても大きな怪我と損失を負ってしまうだろう。それは君の人生を、暗く辛いものにしてしまうだろう」

 おじいさんは語り終えると、黙って顔を伏せました。もうふたつのタマゴに語ることはないのでしょう。

 ふたつのタマゴも、何も言うことが出来ません。動くこともありません。ただただ、おじいさんから聞かされた人になった後のことについて考えます。楽しい事の反対の、苦しい事に付いて考えます。

 ですが、ずっとそうしてもいられません。『タマゴの庭』にタマゴたちは長くとどまることができないのです。ここは先に進むための場所で、そういう決まりがあるのです。

 だから、やがて『ツヨイ』と『キレイ』は決心して進む道を決めました。


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