第五話 影
君が僕を無視するのなら、僕は君の影になって歩き続けるだけだ。
気配を殺して、君の後方10メートルの位置をキープし続ける。
君は最近、どうしてか歩くのがとても速い。早く歩くとその長い髪がたくさん揺れるね。
揺れた分だけ、上品な残り香がその場に発散されるんだ。
僕は君の残したそれを、数秒遅れで味わい続ける。
僕の大好きな君の匂い。もっと長く感じていたい。もっと近くで感じたい。
それなのに、君はー。
お願い、もう一度こっち向いて笑ってよ。僕はまだ君のこと許せるよ?
曲がり角が見えてきた。君は更に加速する。
そこを曲がればあとは君の家まで一直線。100メートルもないだろう。
彼女の姿が視界から消えると同時に僕はダッシュを開始する。
曲がった瞬間、僕は信じられないものを見た。
君が立ち止まって振り向いて、僕の方を見て、いたずらっぽく笑っている。
ただそれだけで全てを許してしまいそうな光景。だが、
「服が違うよ。」
僕は懐から取り出したナイフを、その幻めがけて振り下ろす。
それは悲鳴もあげず、笑顔も絶やさず、ただガラスのように砕け散った。
破片の隙間から、君の全力疾走している後ろ姿が見えた。
その瞬間、僕は全てを悟った。そうだ、あれも幻なんだ。
本当の君はあの幻の中に閉じ込められているんだ。
あれを壊せば、もう一度君に会える。目標まで約30メートル。大丈夫、追いつける。
待っててね、今、助けてあげるからー!