casaマーチン 7
その翌日、子ドラゴンはマーチンが目を覚ますと死んでいた。マーチンが食べさせた野うさぎは消化しきれなかったのか、肉と骨片まじりの吐瀉物が口周りからこぼれだしていた。
マーチンは……ひどく落ち着いた声で呟く。
「そうか、死んだか」
泣く気にも、笑う気にもなれなかった。そもそもがあれほど弱っている生き物が回復などするはずが無いということは、経験からもよくわかっていたことではないか。
ただ鍾乳洞のひとつにもたれかかってぼんやりと天井を見上げる。
「クソみたいに晴れてやがる」
天井に開いた穴の向こうには狭い青空。
それはきれいに澄み切ったコバルト色で、まるで幼児が描きなぐったように形の定まらない雲がたった一つ、ふんわりと浮かんでいる。
「ああ、なんだ、そんなところに行っちまったのか」
まるでその雲が子ドラゴンであるような気がする。
「よかったな、飛べたじゃないか」
風に煽られて微細に姿を変える雲は、確かに生きているようにも思える。もくりと緩やかに脈打つそれは、確かに生き物の所作だ。
「お前がそこに行ったなら、これは……」
マーチンは口に出しかけていた言葉を飲み込んでブルリと身を震わせた。
(空腹のせいだ。だからなのだ……)
あまりに恐ろしいことを考えている。それもひどく冷静に。
足元には大きな肉の塊が転がっている。これを切り分ければ何日分の食料が確保できるだろうか。
もちろん薪は足りないのだから生食で――非常時なのだから仕方ない。残りは冷たい地中湖の水に浸して冷やせば日持ちするだろうか、天井から吹き込む風に晒して干し肉にするがよかろうか……
「空腹のせいだ」
わざと言葉にして呟くが、心が晴れることはなかった。
「『育てる者』か……俺もそれになりたかったよ」
こんなときでも自分が生き残ることを思索する浅ましさが憎い。ただ素直に、死んだ者のために涙を流してやれない自分が憎い。
両頬に温かい涙が伝う感触はあったが、それが何のために流された涙なのか、すでにマーチンにはわからなくなっていたのだった。
caseマーチン END