caseマーチン 6
救助はまだ来ない。
都合の悪いことに、この洞窟にはおよそ食べ物と呼ぶようなモノが何も無い。天井から差し込む光は弱すぎて、おまけに足元はじくじくと湿った岩場なのだから植物など生えないのだ。
マーチンはいくばくかの携帯食を持ってはいたが、そんなものはとっくに食べつくしていた。
岩に張り付くようにして映えているわずかなコケを舐め取り、地底この水をガブガブと飲んで腹をごまかしてはいるが、体力は落ちる一方だ。
時にふわりと気まぐれに羽虫などが穴そこに下りてくることがあるが、マーチンはこれも捕らえて喰った。地を這う芋虫などが足を滑らせて落ちてくれば、それはご馳走の類なのである。ミミズ、トカゲ、ノネズミ……落ちてくるものなら何でも喰った。
今日はどうした弾みか、野うさぎが落ちてきた。決して低くは無い天井からまっさかさまに落ちた野うさぎはすでに死んでいて、後はこれを食うばかりだった。
「ち、薪が足りないか」
ノネズミくらいの小物なら、枯れた草や小枝など、燃やすものはなんとかしてかき集められなくも無い。だがこれだけ大きな肉をあぶるには燃え代がなさすぎる。
「まあ、非常事態ではあるのだし……」
一瞬、自分の衣服を火にくべてはどうかとも考えた。
マーチンが所属するベルーガ隊では、サバイバル時は特に肉の生食を禁じている。何を食うかわからない状況下では、たとえ気休め程度だとしても火を通すことによって細菌感染の確立は格段に下がる。
生存を最優先に考えたとき、体温の維持に必要な衣服を犠牲にしてまで食のリスクを回避することは果たして得か否か……
そんな思案の最中に、子ドラゴンがブフッと鼻息の音をたてた。
「ん、そうか、お前も腹が減ってる? 当然だよな」
マーカスは野うさぎの肉を下げたまま、ドラゴンの鼻先に近づく。
「しかし、お前はもう死にかけているじゃないか……」
生存を第一に考えるなら、たったこれっぽっちの肉を分け与えるべきではない。相手は子供とはいえ体の大きなドラゴンなのだから、こんなのウサギなどたったの一口だ。
それでも……半分まぶたを引き下げた空ろな目で見上げられると胸がさざめく。
「俺には弟たちがいてな……」
食事のときはいつもにぎやかだった。
食べ盛りの弟たちは兄の皿の中身を狙って手を伸ばす。時にはそれでケンカにもなる。
「正直、落ち着いて腹いっぱい食える一人っ子がうらやましいと思ったときもあったよ」
ふうっと眦をさげて、マーチンはドラゴンの鼻先を掴んだ。そのまま口をこじ開けてのウサギをつっこむ。
「俺ら人間は生肉なんか食えない、だから、だ。別にお前が哀れだとか思っちゃいないんだからな」
そのまま鼻先をなで上げて、マーチンは微笑む。
「よく噛んで食えよ。なあに、俺の方が大人なんだから我慢がきくんだよ。お前ら子供は、でかくなるためにちゃんと食っておけ」
静かな洞窟内に、大きな竜の口がモチャモチャと肉を咀嚼する音だけが響いた。