case マーチン 5
その話を聞いていた子ドラゴンは、ぶふんと大きな音をたてて鼻息を吐いた。その音に苦笑しながら、マーチンは立ち上がる。
「こんな話、つまんないか? でも聞いてくれよ」
地底湖のそばに行って身をかがめた彼は、そのすきとおった水の中に両手を差し入れた。
「俺はあの時、もっと叔父の話を聞いてやるべきだったんだ。返事なんかしなくていい、ただ聞いてやるべきだったんだよ。なぜなら叔父は洞窟に落っこっちまっていたんだからな」
地底湖の水は冷たい。うっかりすると指を切られるのではないかと思うほどに冷え切って、住むものもないほど澄んでいる。
マーチンは、これを軽く合わせた掌で掬い上げて飲んだ。
清涼な水が喉を通り抜け、気持ちを冷やしてくれる。
「叔父が落っこちたのは、最悪な洞窟だ。例えばそう、天井には外に通じる穴ぼこが見えていて、手を伸ばせば届きそうなのに、誰かが引っ張りあげてくれなきゃ上ることもできない、深い深い穴の底……」
忌々しげに天井の穴を睨みつけて、マーチンがつばを吐く。
子ドラゴンは興味なさそうに鼻息を吐いただけであった。
「ま、そうだな、俺にはお前がいる。だから、叔父よりはよっぽどかまっとうな状況ってワケだ」
笑いながらそう言って、マーチンは湖の水をまたひとすくい、くみ上げた。
「ほら、せめてこれでも飲んどけ」
水を満たした掌を鼻先に差し出せば、子ドラゴンがわずかに首を動かす。
「まだ水を飲む元気くらいあんだろ?」
その声に応えるように、子ドラゴンは大きな舌を差し出して水の表面を舐めた。
「そうそう、水でも飲んで、あとは寝っころがってろ、そのウチに助けが来るさ」
大人しく水を舐める竜を見下ろしながら、マーチンは自分がひどくむなしい言葉を吐いたことに気づいた。
もしも救助がきたとして、助かるのは自分ひとりだ。優秀なドラゴンスレイヤーの一隊が、たとえ弱った子供だからとて害獣であるドラゴンに情けなどかける道理はないのだ。
「『育てる者』か……俺もそっちが良かったよ」
目の前にいるのは斃すべき害獣などではない。悲しいほど弱りきった幼い子供だ。
なのに、マーチンがこれにしてやれることといえば、せいぜいがこうして水を口元に運んでやることだけである。
「ここで死んじまった方が幸せかもな、お前も……俺も」
妙に乾いた笑いを浮かべて、それでもマーチンは、水をもうひとすくいするために立ち上がったのだった。