CASE マーチン 4
軍で過ごした8年がどんなものだったのか、マーチンにもなんとなく想像はついた。それほどに叔父は変わり果てていた。
マーチンが知っている叔父は陽気な男で、村で祭りがあれば誰とでも酒を酌み交わして夜通し踊り明かすような屈託ない性格だった。
しかし村に帰ってきた叔父は家に引きこもりがちで、かつての友人たちと顔を合わせることさえ億劫がった。特に子供に対しては冷たく、マーチンの下に生まれた兄弟たちには近寄ろうともしない。
ただ、マーチンにはいくらか気を許している様子で、叔父の部屋に食事を届けるのは彼の役目だった。
あるとき、食事を運んだマーチンに向かって叔父が話しかけてきたことがある。
「おまえ、今年でいくつになるんだっけ」
本当に何気ない、ごく普通の会話だとマーチンは思ったのだ、答えも普通に返すに決まっている。
「春がすぎたら十七になるよ」
「そうか、もうそろそろ職を探すような年だな」
「いや、親父の畑でも手伝って暮らすつもりだよ」
「本当にそれでいいのか?」
ギクリとした。腹の底を見透かされたような気がした。
「いいに決まってる!」
「お前、畑仕事が好きじゃないだろう?」
「好きだよ、別に草取りとかも辛くはないし、畑を耕すのだって得意だ」
「……畑仕事が好きなのは、三男坊のユクルだ」
叔父がすっかり子供嫌いなのだと思っていたので、マーチンはこの言葉に驚いてしまった。
「たしかに、あいつは親父の手伝いが好きだけど……」
「そうじゃない。あれは何かを育てるという行為が好きなんだ。土をいじるときの優しい笑顔を見ていればわかる」
いつの間にそんな観察をしていたというのだろう。確かに畑のあぜに所在無く立っているときはあったが、あれは自分の心を慰めるためにぼんやりと風景など眺めているのだと思っていた。
「あんた、子供嫌いじゃないのか」
「嫌いだよ。俺が触れたら壊れるような脆弱な生き物だ。だから嫌いだ」
「よくわからねえが、俺は長男だ。だからどうしたって親父の畑は俺が継ぐしかないだろう」
「やめておけ、お前は『育てる者』じゃない。俺と同じ側の人間だ」
「なんだよ、その『育てる者』って」
「ユクルを見ろ。作物の芽が出れば喜び、それが大きくなる姿を見ては微笑む。成長してゆく小さな存在に愛情をかけ、そこに喜怒哀楽を感じられるあれは、『育てる者』の性質だ」
「俺だって作物が育てばうれしいさ」
「刈入れと、それを売ったあとに得られる報酬を考えてだろう?」
「悪いかよ。それが仕事なんだから、当然だろう」
「ああ、悪くはないさ、仕事だからってのもわかる。だが、『育てる者』が近くにいるんだから、やめておけ」
「ますますわかんねえな~、じゃあ俺は、何になればいいっていうんだ」
「俺と同じ……『狩る者』になるだろうよ、お前は」
「軍人になれってことか? 嫌だよ、そんなの」
「なれ、と強要はしていない。なるだろう、という予想だ」
「ならないよ、絶対に! 俺の生き方は俺が決める!」
反抗心の権化みたいな年頃の話だ。『なる』と言われれば『ならない』と答えるのは当たり前、定型のやり取りのうちのひとつでしかない。
それでもこれをきっかけに叔父を疎ましく思うようになったのも事実だ。
食事を運ぶ回数も減ってゆき、ついには……ドラゴンスレイヤーになるために家を飛び出すという形でその関係は終息した。