caseマーチン 3
あれから2日……救助はまだ来ない。
こういった遭難で最も人の精神力を奪うもの、それは孤独だ。ここは完全な閉鎖空間ではなく、天井を見上げれば洞内にほのかな明かりを落とす程度の穴が見える。
手を伸ばせば届くのではないかと、そんな幻想にとらわれてマーチンが手を伸ばしたことも、一度や二度ではない。
しかし穴は幻想よりもはるかに小さくて高いのだから、指先に外界の風すら感じることはできず、それを引っ込めてため息をつくしかないのだ。
そんな空しいだけの時間を過ごしながらもマーチンが正気を失わなかったのは、あの小さなドラゴンのおかげでもある。
まったく、ドラゴンは人の言葉など一つも理解しない生き物だと知りながら、マーチンはことあるごとに自分の身の上など語って聞かせた。それは端から見ればマーチンが無駄に独り言などつぶやいているような行為ではあったが……言葉を受け止める相手が身動きひとつしない不気味な鍾乳石ではなく、時折鼻息の音を返してくれる『生き物』であるということが彼の精神に何らかの安心感を与えているのは明らかだった。
今日もマーチンは、天井に向けて無駄に伸ばした手をすいっと引いた後、子竜に声を投げたのだ。
「ああ、せめてお前の羽が無事ならばなあ」
子竜は弱り切って、ながいくびを床に投げ出したままだったのだが、うるさい小虫を追いやるような鼻息だけは吐いた。
「え。うるさいって? いいじゃんよ、退屈なんだよ」
また一つ、鼻息。
「さて。今日は何の話をしてやろうかな……そうだ、俺がガキだった頃の話をしてやろう。俺には叔父がいてな、今はこの叔父も実家で一緒に暮らしているんだが……」
子竜はマーチンの家族構成や生い立ちになど興味がなかったし、なによりも言葉を理解しないのだ。
だから。これは彼の懺悔でしかない。
マーチンの叔父が軍人になったのは、家には徴兵されるべき男が他にいなかったからだ。
マーチンの祖父はすでに年老いてクワも持てないほど衰弱している。戦場で何かの役にたつわけがない。
マーチンの父は、祖父の代わりに広い畑を守らなくてはならない。子沢山でもあり、一番下の子はまだ生まれて一年もたたぬのだから、これを戦場に出すのは酷だろう。
叔父は独身であったし、体も丈夫であったのだから、これが軍役につくのが一番身軽であった。
もちろん、ただの徴兵だ。期間限定の軍役をこなし、戻ってきたら後は静かに畑を耕して暮らすのだろうと、誰もがそう思っていた。
だがこの男には軍人としての才があった。
剣を教えれば人よりも秀でて、戦場に立たせれば誰よりも勇猛であり、人を斬るときに誰よりも冷酷であった。
そのせいで三年で済むはずの軍役は八年に伸び、叔父は軍人としてかなり高位までの出世を果たした。
その間に……叔父の優しい姿しか知らない、たった8つの子供だったマーチンも、青年と呼ばれるような年頃に育っていた。
マーチンが16歳になった年の冬、叔父は帰ってきた。