caseマーチン 2
石筍は鐘乳石特有のなめらかな湿りを帯びていて、無数のそれがぬるりと並び立っている様は、一瞬死者が恨みを込めて立ち上がったかのようにも見えて恐ろしい。
そんな石筍群に身をひそめるように、一匹の小さなドラゴンがうずくまっていた。
「子供か……うーん」
マーチンは柄に手をかけたまま、しばし逡巡する。
常々マーチンは思っている。自分の剣は『守るための剣』なのだと。人里に現れて生活を脅かすドラゴンから『人々を守る』ために剣を振るうのだと。
しかし、いま目の前にいるのは人の背丈ほどしかない小さなドラゴンだ。おそらくは春子で。まだ年を越したこともない幼獣なのだ。
「ち、お前は運がいいな。大人のドラゴンなら斬られていたぞ」
マーチンは柄から手を離し、その幼獣に近づいていった。もちろん、暴れる様子があれば即斬するこころづもりだ。
だが、小さなドラゴンはいくつか鼻を鳴らしただけで、むしろ弱々しく首を垂れた。
「やはり弱っているのか。お前みたいにハネのある生き物が、こんなところにいるのはおかしいと思ったんだ」
マーチンはドラゴンの背中にだらしなく広がったコウモリ羽に触れた。
痛みだろうか、ドラゴンは悲鳴のような鳴き声をあげたが、それはやはり弱々しくて哀しかった。
「ああ、折れてやがるな」
その羽を無遠慮にいじりまわしながら、マーチンはうめく。
「これは、治っても飛べるようにはならねえな」
ならばここで斬ってやるのも優しさか。
いずれマーチンを探しにベルーガ隊の誰かなりがここへ来るだろう。そうすれば本来が竜殺しを生業とする稼業、例え子供だとていずれ害獣となるドラゴンを見逃すはずがないのだ。
「なぶり殺しにされるよりかは、マシだろ? できるだけ痛くないように斬ってやるから、恨むなよ……」
そう言いながら、剣に手を伸ばしかけたそのとき、ドラゴンが低いうなり声を上げて、ガツンと牙を噛み鳴らした。
「おっと!」
マーチンがとびのくと、そちらへ鼻先を向けてさらに唸る。
「そうか、死にたくないってか」
相手はドラゴンだ。人間の言葉など解さぬ生き物だ。
それでも、何がしかの殺気がこの子竜を奮い立たせたのだろうと思うと、それはそれで哀れなことだと、マーチンは思った。
「わかったよ、殺しはしねえよ」
子竜はかなり弱っている。ここでマーチンが手を下さずとも長くはもたないだろう。
「その代わり、俺を食おうとしたら斬るからな」
まったく、ドラゴンには人の言葉など通じないとわかっているのに……
「頑張って生きろよ」
それだけを言うと、マーチンは洞窟の隅にどっかりと腰を下ろし、仮眠のために目を閉じたのだった。