caseマーチン 1
ドラゴンは害獣だ。
時にふらりと人里へ現れ、田畑を踏み荒らして作物を食う。時に人家を破壊し、家畜を喰らう。時に……稀に人の肉を食う。
だから人はドラゴンを倒す職を設け、これに『ドラゴンスレイヤー』という称号を与えた。
これはそんなドラゴンスレイヤーの一人、マーチン・マーカス・マーチン・ジュニアという青年の物語である。
「痛っっつうっ!」
冷静沈着、高材疾足を掲げるドラゴンスレイヤーにあるまじき失態だ。
マーチンはいま、鍾乳洞の底に叩きつけられて呼吸もできないほどの激痛に身悶えている。
「くそっ! カーチス隊の野郎!」
毒づいてはみたが、カーチス隊を恨むのはお門違いだろう。カーチス隊はマーチンが所属するベルーガ隊よりも一回り小さな隊で、自分たちでは処理しきれないと判断した巨竜の退治をベルーガ隊に引き継いだだけなのだから。
巨竜の目撃情報があったこの岩場にいくつもの鍾乳洞が内包されていることは、引継ぎのときにきちんと聞いていた。その入り口のいくつかはきちんと地図に書き込まれていたし、それ以外にも岩の裂け目や草に隠された中にこうした小さな穴が無数に存在し、その全てを把握できるものではないということもきちんと報告を受けていたはずなのだから。
だからこれは、足元への注意を怠ったマーチンに全責任のあることだ。
「まったく、ツイてねえな」
よろりと起き上がったマーチンは、体を一通り動かして自分の肉体的損傷を測った。
「ん、骨は折れてないみたいだ。こういうときばかりは、自分の頑丈さをありがたく思うよ」
石灰石の床に強く打ちつけた背中は、少し痛むが動けないほど悪質ではない。手も、脚も、末端に至るまでおかしな痛みもしびれもない。
「それでもまあ、ここから出るのは無理か」
マーチンが落ちた穴ははるか頭上、天井に小さく見えている。もちろん手が届くような高さではないし、這い登ろうにも足場はない。
さほど広くない洞窟内をぐるりと見渡すが、横穴の類は見つからない。溶けかけたろうそくのような奇岩が無数に立ち並ぶばかりだ。
洞の奥半分はさざなみひとつ立てぬ地底湖の水面が埋め尽くしており、これを覗けばあまりにも深くて暗い。水自体は澄んで美しく、雨水がたまっただけの水溜りではなくてどこかへつながる洞穴が湖底にあるのだろうと容易に予想がつく。
それでも、どこまで続くかわからない深い水底を手探りでもぐろうというほど愚かではない。
「さて、どうすっかな」
立ち並ぶ奇岩に何気なく目をやったマーチンは驚きに目を見開き、無意識のうちに剣の柄に手をやっていた。
「なぜこんなところに……ドラゴンがいる?」