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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

同一世界ファンタジー

転生令嬢は悪人顔 3



 初めましての方もそうでない方もごきげんよう。



タージマハル国三大公爵家攻撃特化シュナイダー公爵令嬢クレアです。……人生とはままならないものとはよく申されますが、わたくしはこの三日間でそれを嫌というほど我が身をもって体感致しましたわ。


それというのも我がタージマハル国の第三王子で在らせられるパルマ様が学園にて他のご令嬢方と午後のティータイムを楽しんでいたわたくしに婚約者破棄を申されたのがそもそもの発端でした。婚約者破棄の理由は何でも恋人である子爵令嬢ナージ様を妃にする為だとか。しかしながらパルマ様。わたくしはあくまでも婚約者候補の一人でしかないので婚約破棄を申されても、そもそも結んでいない婚約は破棄出来ませんわ。



……あの場では申しませんでしたが、パルマ様。どれほど愛し愛されていらしても子爵位のご令嬢を妃にするのは並大抵なことではありませんわ。少なくとも伯爵位からでなくては王族の妃は務まりません。それは、決してナージ様を侮っているわけではありませんわ。パルマ様。わたくし達貴族はその爵位によって幼少時からの教育が異なりますの。子爵位の方では、とても務まるものではないのです。王族の妃という立場は。



……そしてそのように申し上げたわたくしに対して、パルマ様は自らの勘違いが恥ずかしかったのか、それともわたくしに反抗されたのが許せなかったのか。

 パルマ様はわたくしが十年もの間、ひたすらにベールで隠していた素顔を力付くで暴いたのです! わたくしの一族の男子は、何故か悪人顔で生まれるのですが、女性が悪人顔で生まれることもしばしばありました。そして、女性の方が悪人顔で生まれると何故か悲劇に見まわれてしまうのです。ある方は不義密通を疑われて。またある方は不義の子を産んだとして、あらぬ疑いをかけられてはきました。


ここまで言えばもうお分かりかと思いますが、わたくしことクレアも、その悪人顔として生を受けたのでございます。そして十年もの間、ベールで隠しておりました。


ベールを取られたわたくしは急いでその場を辞しました。途中で殿方にぶつかるという不作法をしてしまいましたが素顔を曝しているという事実に動転して謝罪もそこそこに逃げ出してしまいました。

屋敷に帰りお父様とお母様、お兄様にパルマ様に婚約破棄を申し出されたこと。素顔を無理やり曝されたことを正直に話し、わたくしは修道女に成りたいみねを申し上げました。お父様達はもちろん反対され……。そして気が付いたら何時の間にかやって来られた王宮からの使者様達によって王宮の一室に軟禁……。いえ、滞在を王命として申しつけられました。


そしてわたくしと同じく三大公爵家の一つ、ヒール公爵子息レディス様と婚約をすることとあいなさいました。


それというのも。タージマハル国の隣国であるコルト公国が我が国に侵略戦争を仕掛けようとしていると陛下から申された為です。今国に必要なのは貴族同士の団結、王族との結束力。そのための政略的婚約でした。


しかしレディス様は悪人顔と呼ばれたわたくしの素顔をご覧になっても決して無碍になさらず、むしろ膝をつかれて改めてわたくしに求婚してくださいました。


この時、どれほど嬉しかったのか。それはきっとわたくしにしか分かりませんわ。


翌日。


わたくしはレディス様のエスコートのもと学園に登校致しました。そしてわたくしのもとに向かってくるパルマ様とその取り巻きの方々。愚弟のマリオンがそちら側なのは嘆かわしいことですが、わたくしとレディス様。そして国の為に、パルマ様と相対します。






●○●○●○●○






「これは一体どういうことだ! クレア!! 何故、お前が姉様の婚約者であるレディスと共にいるのだ! しかも同じ馬車から降りてくるなど!! ふ、ふしだらだ!」



別に同じ馬車から降りる位ならばふしだらになりませんわ。確かに。年頃の男女が狭い空間で共に過ごすことは一般的には褒められたことではないですけれど、わたくしとレディス様は婚約したのでその常識には当てはまりませんわ。というより、昨日陛下からわたくしとレディス様との婚約を聞いていませんの……?



「どうやらパルマ殿下は誤解なさっているようですね。私はパルマ殿下の姉君であるローズ様とは婚約しておりません。私は昨日、陛下の命の下、こちらのクレア嬢と婚約致しました」



……そこで甘い空気を出さないでくださいまし!! レディス様! わたくし……恥ずかしさのあまり気絶してしまいますわ!!



「な、何だと!? どういうことだ!レディスは姉様の婚約者のはずだろ!? そしてクレアはぼ、僕の婚約者であるはずだ!」


「姉上! どういうことですか!? 説明してください!」


「……マリオン。貴方、お父様達から何も聞いていないのですか? そしてパルマ様。一昨日も申し上げましたがわたくしはパルマ様と婚約はしておりません。わたくしは王命にて昨日、こちらのレディス様と婚約をはたしましたわ。何よりパルマ様にはナージ様という恋人がいらっしゃるではありませんか。……今はお姿が見えないようですけれど、ナージ様はどうなさったのです?」



普段はあれほど仲睦まじくご一緒にいらしたのに。はて?



「ふ、ふふん! 何だお前、ナージに嫉妬しているのか?」


「?」



パルマ様、言っている意味が分かりませんわ。何故わたくしがナージ様に嫉妬しなければならないのでしょうか?


軽く、本当に少し軽くではありますが、エスコートの為に繋いでいる右手の力が強くなりました。あの、レディス様……? どうなさったのですか?怒っていらっしゃる?



「……パルマ殿下。クレア嬢を呼び捨てになさるのは止めていただけませんか。クレア嬢は『私』の婚約者です。いくら王族とはいえ、婚約者でもない令嬢を呼び捨てになさるのは些か失礼だと。いち貴族としてご忠告申し上げる」


「な、何だと!?」


「殿下に向かって無礼な!」


「いくらヒール公爵子息といえども言葉が過ぎますぞ!」


「第一、何故クレア嬢とレディス殿が婚約することになったのですか?」


「そうです。特にレディス殿はパルマ殿下の姉君であられるローズ王女と仲睦まじかったはず……」


「………」



パルマ様、伯爵子息、侯爵子息、近衛騎士団団長子息、子爵家庶子の方と次々にレディス様を非難なさいますが、マリオンだけは何か考えているようでした。ようやく正気に戻って現実が見えたのかしら?



「まさか姉上……。パルマ殿下を欺いてレディス様と通じていたのですか? ローズ王女からレディス様を略奪なされた……?」


「「………………」」



この、愚弟が……!! レディス様もあまりのお言葉に絶句なさっておいでではないの!!



「なんと!? クレア!! 今の話しは本当なのか!!」


「殿下、私とクレア嬢との婚約は王命だということをお忘れになっていませんか? 陛下の、命なのです。その事実だけでお考えください」



お気持ちをお察ししますわ、レディス様。わたくしもあまりの話の通じなさに頭が痛くなっていますもの。そもそもわたくしとパルマ様、レディス様とローズ様の婚約話がなくなったのは……。パルマ様、貴方のせいですのよ……。



「パルマ様!!」



鈴が転がるような可憐な声が聞こえてまいりました。わたくしとレディス様、パルマ様達取り巻きの方々もつられてそちらを振り向きます。


そこにいらしたのはやはりというか、今までお姿がお見えでなかったナージ様でした。ナージ様はそれはそれは、悲しげな顔をなさりパルマ様を見つめていらしゃいます。



「パルマ様っ……。どういうことですか! あたくしに妾妃になれとは……!! パルマ様はあたくしを妃にするとおっしゃっていましたではありませんか!

それが、今更になって何故っ……」



 悲しみに暮れるてパルマ様におすがりするナージ様の姿に、わたくしもレディス様も取り巻きの方々も皆一様に冷たい視線をパルマ様に送りました。


我がタージマハル国では王族といえども一夫一妻制。妾妃とはあくまでも愛人でしかありませんわ。それも、妾妃となる方は人妻でなければなりません。妾妃が子をお産みになってもその子に王位継承権が発生しないようにする為ですわ。



「パルマ様はあたくしを愛していると言っていたではありませんか! その言葉は嘘だったのですか!?」



確かに嘘だったのかとお聞きになりたいですわね。愛しの恋人から正式に認めらんない日陰者の愛人になれだなんて言われてしまったら。



「違うのだナージ!」


「何が違うというのですか、パルマ様!!」



それにしても、どうなさいましょうか? この状況……。まさかここまで騒ぎが大きくなるとは思わなかったですし。周りの方々の視線が痛いですわ。



「……どうやら私達はお呼びではないようだ。パルマ殿下、ナージ嬢。そして取り巻きの方々も。私達はここで失礼させてもらう。行こか、クレア嬢」


「え? えぇ。そうですわね……」



わたくしの手を引いて歩き出すレディス様にパルマ様がお声を掛けました。



「待て、レディス殿! 話はまだ終わってないぞ!!」


「いえ、話すことはもう何もありませんよ。パルマ殿下。詳しいお話をお望みなら王城にて陛下にお尋ねください。失礼します」



立ち去るわたくし達にパルマ様達の視線が刺さるのを感じました。……これ以上、何も起こらなければよいのですが。



「クレア嬢。今日は私の馬車で貴女をお送りさせてください。貴女のご家族に改めて挨拶したいのです」


「レディス様……。分かりましたわ。家の方にはわたくしから知らせておきます。レディス様。わたくしも明日、レディス様のご家族にお会いしたいのですが、よろしいですか?」


「えぇ!! もちろん!」



名残惜しいですがこれで、とレディス様はわたくしを教室に送り届けてくださるとそのまま去られてしまいました。


この後、ご令嬢方にレディス様の婚約した経緯を根掘り葉掘り聞かれてしまい。わたくしは恥ずかしくなりながらも彼女達に答えていきましたわ。……そう、わたくしとしたことがうっかりしていたのです。パルマ様達が何一つ納得していないことを。この時のわたくしはレディス様との婚約で浮かれていたのです。



「……これは、どういうことなのですか? パルマ様。納得の出来るご説明を求めますわ」



学園でのすべての勉学が終わり、レディス様のお迎えを教室でお待ちしていたわたくしに、急遽、王宮からの使者様がいらっしゃいました。


何故王宮から? とわたくしも疑問に思いましたわ。陛下から王宮に参上するようにおっしゃっられたのが一昨日のこと。再び王宮に参上するなぞ、理由が分かりません。訝しいと思っているわたくしに、使者様は婚約の一件で重要な話があるのです。と小声でわたくしに告げました。わたくしは尚更疑問に感じましたわ。レディス様との婚約は陛下直々の命。昨日の今日で呼び出される理由なぞないはずです。


しかし、陛下の召集ならば行かぬ訳には参りません。使者様にレディス様のことを尋ねれば召集がかかっているのはわたくしだけとのこと。……怪しく思いましたがまさか人の目のある学園にて王の命を騙るなとしないと思い。わたくしは従者に命じてレディス様に王宮に召集されたことと共に帰れないことの伝言を任せました。


そして使者様に連れられた場所は王宮にある貴賓室の一室に通されました。


しかしそこに現れたのは陛下ではなくパルマ様だったのです。



「ふん! 僕がお前を呼び出すのがそんなにおかしなことか」



おかしいといえば、すべておかしいです。パルマ様。



「わたくしは使者様から召集を受けて王宮に参上致しました。召集は陛下にのみ許された特権。なのに何故、陛下ではなくパルマ様がこちらに現れるのですか?」


「それは……」



視線をさ迷はせるパルマ様には、失望しか感じません。パルマ様分かっていらっしゃるのですか? これは陛下の名を騙ったということですのよ。下手をしたら国家反逆罪に該当してしまいますわ。いくら王子といえど無事ではすみません。



「その事をご理解していらっしゃるのですか、パルマ様。如何なる理由があろうとも我ら王侯貴族にとって陛下は至高の存在であらねばならないのです。陛下を頂点とした社会こそが、わたくし達の立場や特権、責任、義務を支えているのだから」


「……っつ」


「第一、何故パルマ様がわたくしを個人的にお呼び出しするのですか? わたくしはパルマ様とは何の関わりもない。いち貴族の娘でしかありません。先日、婚約もしたばかりです。そのような娘を王子ともあろうお方が、何を為さっているのですか」



そこでパルマ様はわたくしをキッとキツく睨み付けました。



「何をしているのかというのは僕の台詞だ! クレア!! 姉様の婚約者であるレディス殿をどのような方法で奪ったのかは知れないが仮にも王族の姫たる姉様に対してお前のやっていることは不敬だ! 僕がナージを溺愛することへの意趣返しのつもりか!!」


「………………………………………」



この方の馬鹿さかげんに、いい加減苛立ちが湧いてきますわ。わたくしとレディス様との婚約は陛下による王命だと何度おっしゃれば理解していただけるのかしら? 王命ですのよ。お・う・め・い。貴方が結んでもいない婚約破棄を大々的にやらかしたせいで陛下が内定していたローズ様とレディス様の婚約話を破棄することになってしまったのですよ。そして何故わたくしがパルマ様に意趣返しをしなくてはならないのですか? もう、訳が分かりませんわ!



「……お話は以上ですか? ならばわたくしはここでお暇をさせていただきます」



立ち去ろうとしているわたくしにパルマ様は掴みかかりました。



「何をなさいます!? 手をお離しくださいませ!!」


「どこに行くつもりだ! まさかレディス殿の下にか!!」


「何を訳の分からないことを………家に帰るのです! 離してください!!」


「ならぬ! お前はこのままここで暮らすのだ!! シュナイダー家に帰る必要は無い!!」



パルマ様の言葉に耳を疑いましたわ。



「馬鹿なことをおっしゃっらないでくださいませ! そのようなこと、通るはずはございません! 御乱心召されたか!!」


「通らないわけはないだろう。お前は僕の婚約者だ! 少し早くなっただけで共に暮らして何が悪いのだ!!」



はぁあ!?



「わたくしの婚約者はレディス様です!」


「違う!! 僕だ! ……このっ!!」


「きゃああ!!」



いきなり腕を引かれたと思いましたら、パルマ様はわたくしをソファーの上に押し倒したのです!



「離してくださいパルマ様!!!」


「別に構わぬだろ。これとて少々早まっただけだ」


「ひぃ…! や、止めてください!! 助けて、助けてくださいレディス様!!」


「っつ、お前…! 僕の婚約者でありながら他の男を呼ぶとは!!」


「クレア様は貴方の婚約者ではありませんわよ。最も、婚約していたとしてもこのような暴挙に出る者に人を愛する資格があるとは思えませんが」


「ぐっぼぉは!!!?」



頭を抱えられたパルマ様の下からわたくしは素早く退きました。そして見上げたそこにいらしたのは昨日お会いした第二王女のローズ様!? の手には………………………………………………わたくしは何も見ておりませんわ。



「ごきげんようクレア様。わたくしの弟が男として恥ずべきことをしようとしたことを心の奥からお詫びしますわ。まったく、わたくしの手にハサミがあったのなら今すぐその一物を切り取って川に流すところですわ。………はぁ、本当に残念ね」


「ひぃいい!! あ、姉様!? 何故ここに!!!」



艶めかしいため息をつきながらパルマ様に流し目を送ったローズ様。……こ、怖いですわ。助けてレディス様!!


ローズ様の本気(殺気?)を感じ取ったのか、パルマ様はローズ様から距離をとるため後ずさりなさいました。



「ふふっ。何故ここですって? ……いいわ。教えて差し上げます。先ほどクレア様がいらしたとわたくしの侍女が目撃しましてね? その侍女が聞くところによると何でもクレア様が召集によって王宮に招かれたというではありませんか! そのような話、わたくしお父様から一切伺っていませんでしたからその時点でおかしいと思いましたの。そしたらクレア様は貴方に与えられている棟に向かったと聞いたので嫌な予感がしましてね? いても経ってもいられずこちらに伺ったら………。ねぇ?」



ローズ様から漂ってこられる冷たい気配が怖いですぅぅぅううう!! ぶるぶるぶるぶる。



「な、何故クレアが来たら姉様に話が行くのだ!」


「あら。当たり前ですわ。クレア様はわたくしの未来の妹になるのですから。たとえわたくしの侍女でなくとも親切心からわたくしに教えてくれる方はいらっしゃいますわ」



……?? わたくしがローズ様の未来の妹!? 何故?? だって……!!



「やはり! 聞いたかクレア! やっぱりお前は僕の婚約者なんだ!」


「いえ! 違いますわ!!」



どういうことです! ローズ様……! 何故、そのようなことを!!



「人の話を聞いていなかったのパルマ。クレア様は貴方の婚約者でないと最初に言ったではありませんか。その耳は飾りなの? ………ふぅ、切り取るものが増えたわね」


「だって、姉様! 今、クレアは未来の妹だと」


「えぇ、そうよ? わたくしの嫁ぎ先の妹ですもの。ですからわたくしの未来の妹であっているでしょう?」



え? 嫁ぎ先の妹って。えぇぇええええ!!?



「わたくし。シュナイダー家嫡男のルーカス様のもとに嫁ぐことが昨日、決まりましたのよ! ふふっ。わたくし嬉しくって嬉しくって!!」



つまり。ローズ様が想っている方とはお兄様のことでしたの!? 社交界での噂のせいで嫁の来てがなかったお兄様の!!?



「何故!? 姉様はレディス殿と婚約していたではありませんか!!」


「内定ではありましたが、公に発表しなければそれは正式なものではありませんわ。そしてわたくしとルーカス様との婚約は正式なものとして先に諸外国に公表しました。余程のことがない限り覆ることはありませんわよ、パルマ」



先に諸外国に公表とは……。普通は国内で公表する方が先のはず。何故……?


ニッコリと笑うローズ様と目があいました時、背中に悪寒が走りました。気高い貴婦人の微笑みのはずが……。何故かわたくしには獲物を狩る肉食獣の顔に見えたのは、何故……??



「それにしてもパルマ。貴方は本当に、ほんっっっとうにとんでもないことをしようとしましたね? クレア様に対する婦女暴行未遂及び虚偽の召集による拉致監禁。ふふっ、ふふふ。大方、クレア様の素顔を見て惜しくなってしまったのでしょう? ナージ様とクレア様の二人を手に入れようとしたのね? だからこそナージ様に、仮にも恋人なのに妾妃になれと言った。理由は幼子のような独占欲から。ただ欲しかったから。ナージ様は純朴で素直な方だったから貴方も一緒にいて楽だったのでしょう。だから溺愛した。そしてナージ様も一途に思いをぶつけてくる貴方に絆されて恋に落ちてしまった……。こればかりはナージ様だけを愚かだとは、わたくしには言えないわ。仮にも王族が求めた。それだけで周りはナージ様に対して色々言ったでしょう。言葉の中身の良し悪しはあろうとも。そして貴方とクレア様の婚約は内定していた。クレア様が何も言わず、何もせずとも勝手に動いた者はいたはず。辛い中で、愛していると囁かれ、心身ともに疲弊していたナージ様にとっは唯一縋れる人と思った。その愛を囁く者が元凶だと分かっていたとしても頼らずにはいられなかった。……貴方の馬鹿さ加減のせいでどれだけの人が狂わされたことか。王族の血を継いでいなかったら、コルト公国のことがなかったらわたくしが引導を下しているところよ」


「ぼ、僕は」


「黙りなさい。すぐにレディス様とルーカス様。シュナイダー公爵がいらっしゃいます。貴方の身勝手もここまでよ。お父様は貴方を王籍から外し、適当な貴族のもとに婿に行かせると。貴方の取り巻き達も無事では済まないわ。貴方を止められなかったとしてそれ相応の罰を受けるわ」


「……っつ!? 王籍から離れるなんて、そんな!」


「待ってください。ローズ様、ナージ様はどうなるのですか?」



今のローズ様のお話が真実ならナージ様もパルマ様の被害者だ。ナージ様は、どうなってしまうのですか……?



「……残念ですがナージ様は、表向きは王族とその側近を誑かした張本人となってしまっておりますので処罰しないわけには参りませんわ。………事情を知っている者もおりますから、命まではとられない。としかわたくしには申せません」


「そんな……」



痛ましい顔をなさるローズ様を見て、わたくしはナージ様の今後を思い胸が痛くなりました。

ナージ様……。



「で? 貴方は洗脳まがいで恋人にしたナージ様に対して言いたいことはないのですか?」


「王籍から外される……。王族じゃなくなる? 僕が? どうして、何故っ……!!」


「………」



目の据わったローズ様は手にしてらしたソレで再びパルマ様の頭を殴り飛ばしました。鈍い音と共に横に飛んでいく姿に、ローズ様の怒りを見た気がしました。……もっとやってしまってくださいまし。


バタバタという王宮には似つかわしくない足音と共に部屋のドアが音を立てて開かれました。


「クレア! 無事か!?」


「レディス様!!」


「クレア! ……とローズ王女さ…ま……」


「まぁ、ごきげんようルーカス様。お見苦しい様をお見せしてますわ」



お兄様の言葉が途中から途切れましたが、ローズ様の笑顔が輝いていますし、何よりレディス様がいらっしゃいますし問題ありませんわね。



「ふふふ。今、この愚弟を遅まきながら躾ている最中ですのよ。ルーカス様もなさいますか? レディス様はどう? コレ、お貸ししますわよ?」



パルマ様を踏みつけながら頬良かに笑うローズ様は素敵ですわ。あら? お兄様、何故そんなに引きつったお顔を為さっていらっしゃるの?



「レディス殿……。貴方は、ローズ王女様のお手にあるもののことをご存知でしたか?」


「えぇ。一応ではありましたが内定で婚約者に決まっていましたし。私は何度かアレを振るわれているところも見てますし」



……どうなさったの? お兄様。顔色が悪いですわよ? 



「ちなみにこの愚弟は早いか遅いかの違いだとのたまってクレア様を襲おうとしましたの。クレア様の名誉の為に表沙汰には出来ませんのでここでしか報復できません。どうしますか?」



ローズ様! 何故隠していてくださらなかったのです! お兄様やレディス様には知られたくなかったのに!!



「へぇ…?」


「何だと…?」



お兄様とレディス様が呟いた瞬間、部屋中の空気が凍りついたのかと思うほど気温が下がりましたわ。


無言のままローズ様からソレを受け取られたお兄様はパルマ様の鳩尾にソレを思いっ切り叩き込みました。



「ぐっふっぅう……おっえぇ」



血の混じった胃液を吐き出してのた打ちまわるパルマ様をレディス様が胸ぐらを捕みあげて顔面に向かってキレのある拳をめり込ませました。


バッキィ!


人体から聞こえてはいけない音と共にパルマ様は気絶なさいましたわ。



「ルーカス殿、ローズ様。ここは任せてよろしいでしょうか? この男の姿を、これ以上クレアの視界に入れたくはありません。空気さえ、吸わせたくない…!」


「確かにそうだな。わかった。妹を頼みます」


「お任せしますわ、レディス様」



そう言ってわたくしはレディス様の手で部屋を後にしました。わたくしが部屋から消えた後、このような話しがされていました。



「ルーカス様。姉として、この国の王族として、わたくしはシュナイダー家でありクレア様のお兄様である貴方にお詫び申し上げます。わたくしの弟が、本当に申し訳ありませでした。お父様……陛下はパルマを臣下に下す決定を致しました。されど、この愚か者に自我を残しておけば後々禍根に繋がると。婿に入れた先で子が出来次第、パルマは『不慮の事故』か『不治の病』、もしくは先に薬による木偶の坊にする予定です。遺憾ではありましょうが、パルマは王族の血を引く者。魔力は血により継承するものでなければすぐに始末致しますのに。今しばらく、パルマを生かすことをお許しください」


「……私も貴族に名を連ねる者。魔力の継承と国の大事の前に私情を持ち出すほど未熟ではありません。どうぞ、お顔をお上げください」


「……ルーカス様。…………ナージ様に関しては、戒律の厳しい修道院に行くことになりました。─────表向きは」


「やはり、そうですか……。そう、易々と貴族の血を。魔力の血筋を絶やせませんからね」


「……はい。ナージ様は名と、容姿を変えていただきバイエル国に向かうことになりました」


「バイエル国? 外国に、ですか?」


「何でもナージ様のお母様に連なる方がバイエル国にて、嫁がれた家とバイエル国そのものを巻き込んでの大罪を犯したらしいのです。まだ、詳しいことは公表されていませんが……。こちらとてバイエル国に何の行動を起こさない訳にはいきません」


「なるほど。ナージ嬢は、人質としてバイエル国に。……身代わり、ですね? バイエル国が本当に要求してきたのは、婚姻をしている第一王女以外の王女なのですね」


「……はい。わたくしの妹。第三王女のリリィです」



ナージ嬢は身代わりであり。そして、捨て駒。



「……バイエル国からナージ様を、リリィを引き取りに腕の立つ冒険者の者がいらっしゃいます。……すべては、密やかに、行われます」


「………」



パルマ様の亡骸(死んでない)ごしの会話をわたくしは知る由もありませでした。パルマ様の今後についての裏側も、ナージ様のその末路も。パルマ様によって狂わされたもう一人の方のことも。わたくしは生涯、知る必要のないことなのでしょう。



レディス様に連れられた先はローズ様がよくお使いになられている花園でした。ローズ様に使えている使用人達がわたくしの前に紅茶を入れてくださいました。一口飲むと爽やかな香りが広がる素晴らしい品物でした。



「大丈夫ですか? クレア」


「え?」



レディス様の痛ましいお顔にわたくしは首を傾げかけました。



「……震えて、います」


「……え?」


言われて、その時、初めてわたくしは自分が震えていることに気がつきました。そしてわかったのです。レディス様が、何故この花園にわたくしをお連れなさったのか。


あえて人目のある場所を選ばれたのでしょう。わたくしがこれ以上怯えないように。男性である、レディス様に怯えないように……。



「クレア」



レディス様は突然椅子から立ち上がり、わたくしの前までいらっしゃるとその場で膝を突かれました。まるで、陛下によって引き合わされた時を再現するかのように。



「れ、レディス様!? 何をなさっておいでなのですか? お立ちになってくださいまし」


「クレア。貴女は、憶えていないかもしれないが、陛下によって引き合わせられる前に一度、私達はあっているんだ」


「わたくしと、レディス様が、ですか?」



わたくしには憶えがありません。



「あの男に。結んでもいない婚約破棄を言われた日、貴女は逃げ出した先で人にぶつからなかったかい?」



レディス様に言われてわたくしは思い出しました。確かにあの日、殿方にぶつかってしまいました。



「……まさか」


「そう。あれは私だよクレア」



顔から火が飛び出るほどにわたくしは赤くなりました。まさかあの時の殿方がレディス様だったなんて……!!



「あの時、私は一目で貴女に心奪われました」


「!?」



驚くわたくしにレディス様は優しい微笑みでゆっくり語り始めました。



「貴女はとても凛とした雰囲気を纏っていたのに、瞳に浮かぶ涙はあまりにも儚げで、思わず魅入ってしまった私は貴女の名も訊けぬまま貴女に去られてしまった。……ただ一度会ったその人の、その面影が胸に焼き付いて離れなかった。私はローズ様の婚約者として内定していましたので、この想いは胸に秘めたまま、忘れてしまおうと。しかし陛下にローズ様との婚約が流れ、新たにシュナイダー家の令嬢と正式に婚約するよう名を受けたとき。私の心は凪いでいました。………胸に焼き付いた面影以外の人に、心が動かなかったのです。でもあの日。私は貴女に再会出来た。私の心を奪った貴女に、私の婚約者として」



レディス様はわたくしの手をとり、口付けを落としました。柔らかく温かい感触に、眩暈を感じます。



「シュナイダー公爵令嬢クレア。貴女を愛しています。貴女を誰にも渡したくはない。私は、貴女の心も欲しい。今すぐ、とは言いません。でもどうか、私と永く連れ添う貴女にも私を愛して欲しい」



真摯な言葉と眼差しに、わたくしの瞳から涙が溢れ出てしまいました。レディス様は驚き、不安げにわたくしを伺っておりましたが、わたくしはそんな微笑みました。



「……ありがとうございます。レディス様。このようなわたくしに、わたくしを想ってくださって。本当に、ありがとうございます。わたくしも、レディス様のお心に寄り添いたいです」


「クレア……」


「わたくしも、レディス様をお慕い申し上げております……!」


「クレア!!」



わたくし達は人目に憚ることなく抱きしめ合いました。これから先。レディス様とならきっと幸せに寄り添いあってゆけると。


わたくしは幸せな想いを抱いておりました。






●○●○●○●○






ヒール公爵家に赤子の泣き声が響き渡る。

屋敷の使用人から、駆けつけてきたシュナイダー公爵家の人々も目に涙を溜めて喜びを分かち合っている。



「クレア! クレアありがとう! 貴女も、子どもも無事で良かった……!! 生まれた子どもは男の子だったよ。私達の息子だ!!」


「レディス様…!! わたくし達の子ども! 無事に、生まれたのですね。良かった、無事に生まれてきてくれて、本当に良かった!…」



産婆の手から生まれたばかりの我が子をレディス様と共に抱きしめる。


わたくし達は学園を卒業してすぐに結婚式を挙げ、そして今日。愛しい人の子どもを抱きしめる。


パルマ様にシュナイダー家の悪人顔しゅくめいを背負っていると自覚させられてから、幸せな結婚も、ましてや子どもを持つことを諦めていたわたくしにとって、レディス様に愛し愛されるこの日々は何よりも勝ることのない宝箱です。そんな宝箱の中にまた一つ、宝物が増えました。


きっと、これからもわたくし達は少しずつ。幸せの欠片を増やして生きていくのでしょう。



「クレア……愛してる」


「わたくしも、愛していますわ。レディス様」










 ここまでお付き合いしていただき、感謝します。



 ところで、ローズの使っていた獲物は……何だったんでしょう?


[壁]_-)☆


 感想待ってま~す。


             丹下博観でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三作読んでの疑問、国名や王族のファーストネームがインド系の名前に対して他は英語圏風な名前に一瞬の違和感がありますねぇ
[良い点] どうやらクレア嬢は十年で絶世の美女になられたようで。 パルマ…元婚約者でなく元婚約者「候補」に強姦未遂とか… ベールのせいで「悪人顔」だと思ってたら…w 愚弟のマリオンも驚いてたところ…
[一言] 予想でなく報告、 「……どうやら私達はお呼びではないようだ。パルマ殿下、ナージ嬢。そして取り巻きの方々も。私達はここで失礼させてもらう。行こか、クレア嬢」 なぜに最後に関西弁?
2017/07/18 18:04 退会済み
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