砂を握る
最後に砂遊びをしたのはいつだろうか。
小学生の頃か、いやもっと昔にやめたような気がする。
二十も終わりを告げるような年になった今、なぜか砂を握りたくなった。
何故砂なのか。それは分からない。
自宅から近くの公園に砂場があった。
錆だらけの遊具と割れたベンチ。
そこにぽつんと砂場が設置されていたのだ。
砂を握ってみる。
ぐっと握っても手を離せばぱらぱらと落ちていく。
どうも可笑しくて握っては離しを繰り返す。ぐっ、ぱらぱら、ぐっ、ぱらぱらと。
繰り返しているうちに夜はいよいよ深くなり静寂の世界が周りを包みだした。
静寂は自分の過去を振り出すかのように心にしみこんできた。
何かあったら母さんを頼りなさい。
と玄関を出て行ったきり帰ってこなかった父。
新しく男が来るから外に出てなさい。
と夜の街に俺を投げ出した母。
空だけが友達で、本だけが傍にいた。
高校はアルバイトして、何とか卒業した。
中々に楽しかったから、後悔はしていない。
友人と呼べる存在が何人かはできたし。
しかしそれが俺の心を満たすのかと言うとそうではなかった。
頑張って立ち振る舞っても腹を割って話したことは無く。
本心を吐露したことも無かった。
そんな思いが目からあふれた。
最低でもここ数年泣かなかったのに。
次々とあふれて止まらなかった。
目からあふれた水は砂が音も立てずに吸い込む。
全て受け止めているように。くれるように。
涙腺は枯れはててクリアになった視界でもう一回砂を握る。
今度はぱらぱら落ちたりはせず一つの塊となった。
灰色の塊は自分の心と同じように歪な形をしていた。
ふっと息を漏らす。心は砂になるわけは無い、か。
さっきまでの自分とは反する考えが浮かぶ。
明日も頑張ろう、精一杯生きていこう、と。
俺はどうも砂に負を吸い取られたようだ。
握った砂を投げどこかでさららと崩れる音がした。
それと俺の心の角も。歪を構成していた角。
風が吹きぬけ木の葉が笑う。
それと白い光。懐中電灯のような。
あの、何をしているんですか?
青い帽子に青い服。紛う事泣き警官だった。
あ、いや少し砂を握ってたら熱中しちゃって。
手を安物のズボンで拭いて弁解する。警官は訝しそうだ。
そうですか…あまり遅くならないようにして下さいね。
疑いの目を向けられたので俺は頭を下げた。
あの!
考えもなしに叫んだ。
なんですか?
まだ何かあるのかと警官は面倒臭そうにこちらを向いた。
たまには砂でも握ってみて下さい。
はあ…そうですか。
警官は生返事をして闇へと消えていった。
さて帰ろうかな。
立ち上がると背骨がパキパキといい音を立てた。
猫背でしてたからなあ。
自分を身体を労りながら帰路に着くのであった。