第五十話 夜の散歩
美冬のゲーム開始から九日目。
金曜の夜。
今日も安藤と舞の二人は、渡辺のマンションに来ていた。
舞は予定通り、今日から泊まる事になっていた。
渡辺と美冬を含めた四人は、昨日の様に食事をしては雑談をして過ごしていた。
午後十時。
少し早いが、渡辺は帰る安藤と共に、マンションを出た。就寝時間だ。
エレベーターを使わず、外階段から下へと降りる二人。
「大丈夫。月、明るいから、歩いて帰ります」
「そう。じゃあ途中まで一緒に行くよ。コンビニで、タバコを買いたいんだ」
下りで勢いが付き、つい早足になりながら、二人は階段を下りた。
下まで下りると、渡辺は膝に手を付きながら、少し腰を曲げて立ち止まった。
「いい運動になるな、こりゃ」
少し息を切らせながら渡辺が言う。
「だからエレベーターにすれば良かったんですよ」
数歩前を行く安藤が振り向いて、笑顔で言った。
「はぁ、いいんだ。歩きたかったんだ。はぁ」
まだ少し息を切らせながら、渡辺は早歩きで安藤に追い付く。
「どうしたんです?」
妙に元気な渡辺を見て、安藤が尋ねた。
「え、はしゃいでいるんだよ。はしゃぎたいんだ」
渡辺は安藤の方を見ると笑ってそう答えた。
「もう三日も君達といる。当たり前の様に若い人達と話してる。こっちまで気持ちが若返って来る。そわそわする。はしゃぎたい気分になって来る」
そう言うと渡辺は小走りで先にある電柱の所まで行き、蹴りを入れる振りをした。
「なにしてんですか!」
安藤は笑いながら大声を出した。
「ははは、五年分のストレスを晴らしてるのかな」
そう言う渡辺の背を安藤は優しい目で眺めた。
「いいんじゃないですか、それならはしゃいでも。僕も渡辺さんに会って、良かったと思いますよ」
「えっ?」
渡辺は振り返った。
安藤は歩きながら続きを話し出す。
「不思議ですよね。親とはこんな風に話せないのに、渡辺さんとは話せる。何が違うんだろう」
「それは他人だから。しがらみが無いからじゃないかな」
歩く安藤の隣に並び、渡辺が言った。
「そうなのかな。それだけなのかな?」
「他になにがある? それとも俺の精神年齢が若いのか?」
そう言うと渡辺は笑った。
「それもあるかも知れないけれど」
つられて安藤も笑いながらそう言って、更に続けた。
「それだけじゃないと思います。なんて言うか、最初に会って討論した日。渡辺さんは嘘を付かなかった。正直に自分の考えを話してくれた。頭ごなしじゃなかった。あの時、佐々木さんに、『しかし』って言葉でやり込まれてましたよね。あの時の渡辺さんの話。本当は凄く感動しました。こういう大人もいるんだって思いました」
「いや~、困ったなあ。何かコンビニで奢る?」
照れながら渡辺が言った。
マンションを出て、大通りを歩いて十分も経っただろうか。
十メートル程先に、コンビニの灯りが見えた。
「何が欲しい?」
機嫌良く歩きながら尋ねる渡辺に対して、しかし安藤はそこで立ち止まった。
「だから余計に気になるんです。あの集まりの次の日には瀬川さん引き取る様な事して。なんでそんなに手際が良いんです。何を急いでいるんです。何かあるんじゃないですか?」
安藤の言葉に先を歩いていた渡辺も立ち止まると振り返った。
そしてその顔はもう笑ってはいなかった。
「渡辺さん」
つづく
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