第四十六話 一つ屋根の下
渡辺以外の三人は、その話に唖然となり、数秒の間沈黙があった。
「ちょっと待って、渡辺さんトコで寝泊りするって事ですか?」
「そうだ」
「駄目! そんなの駄目です」
安藤と渡辺の話に舞が声を上げた。
「ビックリした。なに?」
だから安藤は驚いた様子で隣の舞の方を見る。
渡辺も美冬も舞の声には驚いていた。
「だって駄目でしょそんなの。女子高生と、あの、申し訳ないですけれど、中年の男の人が、その、一緒に暮らすなんて」
「あー、それはやっぱりマズイよな。俺もそう思う」
「二人とも、そう思うんならなるべく来てくれ。泊まってくれてもいい。ただ俺は自分の娘の様に美冬ちゃんの事を思ってる。当たり前だけれど変な事はないし、しないと誓える。それに寝る時は俺はこの部屋にいない。下の車で当分は過ごそうと思ってる」
舞と安藤の言葉に、渡辺はそう答えた。
「おじさん、私はいいよ。おじさんを信用しているから。だからそんな、車で寝るなんて」
今まで黙ってた美冬が口を開いた。
「正直あの家を出られるのは嬉しいし、おじさんと此処で暮らせるというのもちょっと嬉しい。そしたら本当に生きていてもいい様な気持ちになれるかも知れないし」
「美冬。家を出る事で生きて行ける様になるなら、それはいいけど。渡辺さんと二人きりは駄目だよ。渡辺さん、今日は無理ですけれど、明日から私も泊まります。家に帰って親に言います。そうすれば渡辺さんも車で寝る必要はなくなるでしょ」
舞が少し強い口調で言った。
「それは有り難い。最初の内だけでも、そうして貰えると助かるよ。その間にもう少し良い方法を考える事も出来る。しかしね、車での寝泊りは、舞ちゃん、君が来たからってそうは変わらないよ」
「何でですか?」
「何で? おじさん」
舞と美冬が尋ねた。
「こういうマンションは色んな人が住んでいる。だから直ぐに噂になる。君達に変な噂がたって、傷になったら困るだろ。何でもないですよ、中年親父と女子高生が住んではいますけど、疚しい事はありませんよ。何もしてませんよ。なんて言ったって、実際一緒にいれば強く言えなくなる。噂がたった時に言い返せなくなる。しかし、本当に夜は車で寝泊りしてれば、それは事実だ。本当の事だ。言い返せる。強く言い返せる。何故なら自分達には本当に後ろめたい事が何もないからだ」
「そんな、車で寝泊りしてますって嘘付いて部屋にいても、誰にも分からないよ。そんなにしなくても」
「それじゃ駄目だ。本当だから何かあった時に強く言える。言い返せる。嘘ではそうはいかない」
美冬の言葉に渡辺は強く答えた。
「俺、渡辺さんの言ってる事分かります。女には分からないのかなあ、こういうの」
安藤が渡辺の方を見ながら頷いて言った。
「ありがとう、安藤君」
渡辺は安藤の方を見て軽く笑う。
「それじゃあ、俺も泊まり来ますよ。渡辺さん」
それを見て安藤も笑顔で答えた。
「安藤君は来なくていいよ。話が更にややこしくなる」
「なんで~」
美冬の言葉に安藤は肩を落とした。
「ははは、泊まるかどうかは兎も角、遊びにはおいで、いつでも大歓迎だ」
渡辺が気を遣って言う。
「良かった。とりあえず話が纏まった。これで美冬ちゃんを救える。みんなで彼女を助けてあげられる。今日はこのまま『死にたがりクラブ』の解散式にもなれるな。みんな残さず食べてくれよ。本当に捨てる様になるだけだから」
渡辺はみんなの顔を笑顔で見ながらそう言った。
美冬はオードブルから唐揚げ等を紙の皿に取り分けて、黙って食べていた。
舞はサラダをやはり紙の皿に分けて、美冬の方をチラチラと見ながら食べていた。
安藤はたまに渡辺や舞に話しかけながら、お寿司を一人で完食するつもりくらいの勢いで、良く食べていた。
ただみんな、なんとなく美冬には声がかけ辛かった。
つづく
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