第四十五話 ありがとう
「当たり前じゃないか。生物は生きる為に生まれて来るんだろ? 死ぬ為に生まれて来る訳じゃない。いいさ、生きてていいさ」
安藤が美冬の話に思わず口を出す。
「ビックリした。安藤君がお寿司も口に含まないでちゃんとした事言ってる。でも、私もそう思う」
舞は少し驚いた様な表情を見せながら、安藤の言葉に続いて口を出した。
「俺これでも一応文学部だから。佐々木さん意外と言うなぁ」
「フフフ、そうね。安藤君は『人間は突然急に死ねると思える時がある』って、気付いた人でもあるんだもんね」
安藤の言葉に舞は少し笑った。
「今それを言うかな~」
「いいじゃない」
舞は話ながら少し嬉しかった。
自分が憧れて、自分もそこにいたい、入りたいと思った人達と、今はこうやって普通に話していられるのだ。自分が今此処にいるという事が凄く嬉しかったのだ。
「いいなぁ、そうやって話してるの。そういうのを見ているだけで、こっちまで気持ち良くなる」
渡辺は思わず口を挟んだ。
美冬はキョトンとした顔でそれを見ている。
「何変な事言ってるんですか。渡辺さん」
「ホント、渡辺さんも『死にたがりクラブ』のメンバーじゃないですか。あ、でも解散しちゃうのか。でも、解散しても仲間だから」
「ありがとう。みんな優しいね。一人が長かったからね。こういう光景に憧れてたんだ。そこに今自分もいる。君達には分からないかも知れないが、多分こういう事でも、生きて行ける人もいるんだよ」
「分かります! 私分かります」
渡辺の話に突然舞が大きな声を出す。
「どうしたの?」
安藤がビックリした様に聞き返す。
「どうした?」
渡辺も聞き返した。
「え、あ、ごめんなさい。声大きかった」
周りの反応に自分の声の大きさに気付いた舞は、少しだけ身を小さくした。
「舞分かる。私今の舞の気持ち、何となく分かるよ。きっとみんながいなかったら、私も生きていてもいいかなんて考えなかった。それからおじさんの気持ちも分かる。独りぼっちはやっぱり寂しいもんね。それからえーと、安藤君は…なんだろ?」
「おい、そりゃないよ」
美冬の話に、安藤は合いの手を入れた。
「安藤君は、きっかけを作ってくれた」
「ホント」
「ああ、それはそうだ」
美冬の言葉に舞と渡辺が口々に言う。
「何だよきっかけって。最初だけみたいじゃないか。寿司全部食べちゃうぞ」
そう言って、安藤は両手にマグロといくらを持って食べ始める。
「全く、そんな事してないで。きっかけは大事よ。みんなお礼が言いたいんだから」
「へ?」
安藤は口の中一杯にお寿司を頬張りながらみんなの方を見た。
「「「 ありがとう」」」
その瞬間三人は一斉に安藤に向かって言葉を投げかける。
「なになに? これってドッキリか何か?」
安藤は口の中のお寿司を飲み込んで慌てて話す。
「みんな、お互いに感謝してるって事さ」
渡辺は少し照れた様に笑って言った。
「そんなーそしたら俺だって、みんなと一緒にいれて感謝してるよ。ありがとう」
安藤はそう言いながら、みんなの方に頭を下げた。
「舞と一緒にいられるから」
その様子に美冬が言う。
「そうなのかい?」
つられて渡辺は美冬に尋ねる。
「フフフフ」
それに対しては美冬は笑って答えた。
舞は、そんな二人を見ていた。
食事会も三十分が経った頃だろうか。
様子を見て、渡辺が口を開いた。
「美冬ちゃんが、今どういう心境でいるかは分からないが、ここで一つ私に提案があるんだ。提案と言うよりも強制かな? 今日からこの部屋に、美冬ちゃんに住んで貰おうと思っている。お父さんにはもう言った。ここから学校に通えばいい。そうすればお母さんへのストレスもないから、洗脳みたいな呪縛も何れ消えるだろう。君をきっと助けられる。『死にたがりクラブ』も解散出来る」
つづく
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