第四十二話 二者択一
「何を言ってる。私はあなたじゃない。あなたの様にはならない」
その言葉に光男は渡辺を睨み付ける様に言った。
「娘さんを助けたいなら別れるべきだ」
渡辺は睨まれても尚、優しい口調で再度言った。
「娘も勿論好きだが、妻の事も愛している。別れるなんて事は考えられない。大体あなたは、別れるべきじゃなかったと。あれ程後悔していたじゃないか。何でそれを私に言う。別れたらおしまいなんだぞ! 終わりなんだぞ!」
光男は叫んだ。
しかし渡辺は動じず、そのままの穏やかな顔で静かに続ける。
「瀬川さん、どちらかを選ばなければいけない。奥さんと娘さんが水と油なのは、あなた自身重々承知な筈だ。このままではあなたの娘、美冬さんは、死んでしまいますよ。それでも良いんですか?」
「別れれば妻だって、祥子だって死ぬかも知れないじゃないか! それは駄目だ! 妻も娘も私が守る!」
渡辺はその光男の言葉を聞くと、ゆっくりと腰を上げ、立ち上がった。
今度は先程の様にテーブルに足をぶつける事もなく、顔つきも優しいままだった。
そしてテーブルの脇に置いてある伝票を手に取ると、一歩前へと出た。
座っている光男の横に並ぶ様に。
「話にならない。あなたが奥さんと別れないなら、美冬さんは、娘さんは、私が育てる。私の娘として育てる」
「な、何を言っている。何を言っている!」
横に立つ渡辺の顔を仰ぎ見ながら光男が叫んだ。
「もう終わりです。これ以上話してもしょうがない」
しかし渡辺はそんな光男に冷静な声でそう言うと、カウンターの方に向かって歩き出した。
光男はそんな渡辺をあんぐりと口を開けて呆然と見ている。
渡辺はカウンターの脇のレジの所に伝票を置いた。
「ご一緒で?」
マスターの言葉に、渡辺は光男の方を眺めた。
光男はこちらに背を向ける様にして、肩をガクッっと落としていた。
「ああ、一緒でいい」
渡辺はマスターの方を向いて言った。
「九百八十円になります」
渡辺は財布から千円札を出して、マスターから二十円のお釣りを貰った。
「ありがとうございました」
渡辺は今度は光男の方を見ないで、店のドアを開けると外へと出た。
「ふ~」
一息付く。
そしてジャケットの内ポケットから、いつもの様にタバコとライターを出した。
ライターでタバコに火を付ける。
大きく吸い込む。
そして、
「フ~~」
息と共に煙を吐き出す。
ブルブルブルッ
すると何故か急に身震いがした。
「さてと」
しかしそんな事はお構いなしで、渡辺はタバコを吸って気持ちの切り替えでも出来たのかそう言うと、車の停めてある駐車場へと向かって歩き出した。
つづく
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