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第四話 星の瞬く夜に その③

「でも何で、あそこのコンビニで働いてるの? 私ん家買う筈だったんなら同じ街に住んでたんでしょ」


 美冬は元の話へと、話を逸らした。

 車は町を二つ通り過ぎ、この辺では中心街になる、美冬の住む街の近くまで来ていた。


「離婚した後、娘を連れて家賃が安い町に引っ越したんだ。俺から離れたかったのもあるだろう。自分達の所にまで借金取りが来るんじゃないかと心配してた。妻の実家は他県だし、あいつの性格だと、実家に戻らず、自分で頑張ろうとしたんだろう」


「フーン、じゃあ、あのコンビニの近くに住んでるんだ」


「ああ」


「行った事ないの?」


「こっそり、アパートを見に行った事はある。妻とは去年辺りから数度は会っているが、外でだ。最近になって娘に会ってもいいと言って来た。五年間会ってなかった娘だ。そりゃ、こっそり覗き見た事は五年間の内に何度もあった。でも目を合わせてはいない、話してはいない。五年だ。俺はあいつの五年間の生活を何も知らない。一緒に暮らしていれば知っていたであろうあいつの友達や、趣味や、考え方とか。何にも知らない。俺と娘の間の五年間の人生がガバッと抜けてるんだ!」


 男は少し興奮し、荒げた口調になった。


「ちょっと怖い。興奮しないで、運転気を付けて」


 美冬はこのおじさんも男なんだ、感情的になると怖いかも知れないと、この時初めて気付いた。


「大丈夫。運転は大丈夫。少し感情的になった、悪かった」


「いいけど、気持ちは分かるけど」


「えーっと、何処まで話したっけ? 娘と会える事になったって所までかな」


「そう」


「それで君、えー、真冬ちゃん」


「美冬です」


「そう、その美冬ちゃんに本当の所、ウチの娘の友達になって貰いたい。そうすれば娘の事も分かるだろ。いずれ俺も会いやすい状況になる」


「えー!無理だよ! 全然知らないし、コンビニで会うだけじゃ」


 今度は美冬が大きな声を上げた。


「それでも俺よりマシだ。ウチの娘は今高三だから、美冬ちゃんと一つしか違わない。何かきっかけがあれば、直ぐ知り合いにもなれるだろ」


「そうかな~」


 美冬は自信なさ気に言った。


「もう直ぐ君の家に着く。その前にもう一つ」


 男はハンドルを右、左と切りながら言った。

 車は広い通りから、いつの間にか住宅街へと入って来ていたからだ。


「もう一つ? 約束は一つの筈だけれど」


 美冬が怪訝そうに言った。


「駄目だ。もう一つ。俺は五年間一人だった。殆ど人と話してない、人と関わっていない。無性に人恋しい」


「恋人とか、再婚とかは? それとも奥さんとより戻したいの? あの、人恋しいって言っても私は」


「よりを戻したいかどうかは、最近じゃ良く分からん。ただ、妻以外の誰かと付き合う気も今の所ない。君は何勘違いしてるんだ」


「え?」


「美冬ちゃん、俺は君と付き合いたい訳じゃない。君は娘と年が近い。娘と関われなかった五年間を取り戻すわけじゃないが、俺はただ、君と話がしたい、関わりたいだけだ。困ってるんだろ? 死ぬ程困ってるんだろ? そうでもなきゃ自分ん家の壁に灯油を撒き、火を点けようとはしない。自分も死ぬつもりだったのか?」


「……」


 美冬は下を向き黙っていた。


「まーいい。ゆっくり聞くさ。着いた。君の家の前だ」


 車は新興住宅地の集落の一番奥の角地、美冬の家の直ぐ側で停まった。


「降りなさい」


 男が言った。

 美冬は家に帰りたくないのか、ダラダラと助手席のドアを開け、ゆっくりと腰を上げた。


「次は三日後だ。夕方六時半位で良いか? 何処で会うとかは後でメールする」


 男は助手席側に体を曲げて、窓から美冬を見ながら言った。


 「……」


 美冬は黙って車の脇に立っていた。


「さあ、行け。帰りなさい」


 男は左手でシッシッとやる様な素振りをしながら言った。

 美冬は家の方を向き、ゆっくりと歩き出した。

 一歩、二歩、三歩、

 そして四歩目で、車の方を振り返った。

 男は車の運転席で、美冬の後姿を見守っていた。


「おじさん、何でだろうね? おじさんとは話せたのに、家族とは、お母さんとは、あんな風に話せない。話したいけど話せない」



 夜空はいつの間にか雲が切れ、あちらこちらに星が瞬いていた。

 美冬は既に破綻していた。





つづく


読んで頂いて有難うございます。

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