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第三十六話 ディスカッション【discussion】その⑦ まだ瀬川美冬

「あー、そうともとれるか。でも違います」


 なにかゲームでも始めたかの様に、おどけた声で渡辺の方を向いて微笑みながら言う美冬。


「それからそれは、自分の口からは言いたくありません。本当に悲しくなるから」


 続けて美冬は笑顔のまま今度はみんなの顔を見回しながら言った。


「それじゃあ瀬川さんを助けられないじゃないか」


 その言葉に思わず安藤が口を開く。


「大丈夫だよ。それがなくても助けられるから」


「本当かな?」


 美冬の言葉に今度は渡辺が話し始めた。


「それが分からなければ、助けられないんじゃないのかな。美冬ちゃん、君はわざと俺達に助けられたと思わせて、その後結局は死ぬんじゃないのかな? 本当はもう、それくらい参ってるんじゃないのかな」


 言いながら渡辺は、家に灯油を掛ける姿の美冬を思い出していた。


「そうなの?」


 慌てて舞が尋ねる。


「まさか、それはおじさんの考え過ぎ。約束は守るよ。私が生きたいと思えたら、ちゃんと生きる。その時は生き続ける」


 舞の顔を見てそう話す美冬の表情は今度も笑顔のままだった。


「あ」


 だから舞はその顔があまりにも自分にとって美し過ぎたので、思わず一声漏らしては下を向いた。


「洗脳ですよ渡辺さん。瀬川さんは洗脳されてるんだ」


「洗脳?」


 何かを気付いたのか、繰り返しそう言う安藤の言葉に、渡辺は聞き返した。


「母親にずっと『死ねばいいのに』みたいに言われ続ければ、それはトラウマにもなる。十七年間言われ続けたんだ。そりゃあ心の奥底で、『死ななくちゃいけない』って気持ちも芽生えるさ。死にたい自分を、本来の自分が今まで押さえ込んで来たんだ。それが年数を重ねるうちに逆転して来た。それはそうだ、年々、生き続ける毎に、苦しみは増え続けるんだから」


「なるほど。だとしたらどうしたら良いんだい」


「病院でしょうね」


 渡辺の問いに安藤はすんなりと答えた。

 そしてその遣り取りを見ていた美冬が即座に安藤の言葉に反応する。


「病院は嫌」


「嫌って、子供じゃあるまいし」


「それは約束違反です。ゲームはあなた方三人で解かなければいけません」


 安藤の言葉に美冬は子供の様にふざけた感じで答えた。


「そんなぁ」


「いや、安藤君、俺もそう思うよ。美冬ちゃんはちゃんとしてる。病院なんかに入れたら、かえっておかしな事になるかも知れない」


「渡辺さんまで」


 安藤は不満そうな顔で言った。


「そうそう」


 美冬だけはそう言っては笑っていた。

 その時、舞が何かを思い出した様に顔を上げた。


「夏なのに冬?」


「「えっ」」


 舞の言葉に渡辺と安藤は同時に声を上げる。


「八月生まれなのに美冬。なんで?」


 舞は以前駅の近くの公園でした質問を思い出して、再び美冬に同じ質問をした。

 それには美冬の表情も一瞬曇る。

 そしてそれを、渡辺は見逃したりはしなかった。


「それは駄目。前にも言ったでしょ。秘密」


 直ぐに表情を元に戻した美冬は、そう言うといつもみたいに人差し指を口の前に立てる。


「なんだいその話は? 初めて聞く」


 それは初耳の話だったので、渡辺は舞の方を向いて尋ねた。


「美冬、誕生日八月なんです。おかしくありませんか。夏なのに冬なんて」


「おかしい、そりゃおかしい。つまりなんだ、普通なら美夏? 夏美?」


「普通なら美夏でしょうね」


 渡辺の話に安藤が助言をした。


「なるほど。それを俺の聞いた話と合わせて考えると……つまり一度死んでいるからっていうのは美夏? 美冬はここにいる訳だから…あっ! もう一人いるのか! もう一人いたのか? 美冬ちゃん」


 渡辺は思わず美冬の方を向くとその表情を覗き込んだ。

 しかし美冬は先程からと同様、ただ微笑んでいるだけだった。






つづく

いつも読んで頂いて、有難うございます。

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