第三十五話 ディスカッション【discussion】その⑥ 瀬川美冬
「俺はそう思う。何かちょっとした事を気にしただけで、きっとみんな気付くんだ。今なら死ねるって思える瞬間がある事を」
安藤の言葉に美冬が小さく頷いた。
それから一分程は、みんな一言も話さなかった。
そして舞が最初に口を開いた。
「それが、死? 普段から少しでも死を意識していれば、そういう気持ちになれるって事?」
「それは分からない。舞は死にたいと思った時があったけれど、死ねる瞬間は分からないんでしょ。安藤君は自分が死にたいとは思った事はないのに、死ねる瞬間は感じると言っているし。だから…分からない。分かるのは多分、鈍感じゃ分からないという事」
美冬は舞の話にそう答えながら、横を向き渡辺の方を微笑みながら眺めた。
一瞬目が合い、ドキッとする渡辺。
「あ、ああ、それじゃあ、次は美冬ちゃんだ」
まるでそれが合図ででもあったかの様に、ぎくしゃくしながら渡辺は言った。
「私、私も言うの?」
「それはそう」
「そうさ、その為にみんな自分の話をしたんだ」
美冬の言葉に、舞、安藤と口々に言う。
「君を助けたくてみんな、辛い話をした。逃げる事も出来るが、逃げるかい?」
そして駄目押しの様な渡辺の言葉。
「冗談」
だから美冬は笑ってそう答えると、全員の顔を一通り眺めてから、ゆっくりと話しを始めた。
「私のお母さんは、私が生まれる前からずっと、私の事を好きじゃないの。生まれてからもずっと、『生むんじゃなかった』『あなたさえいなければ』と、言われて来た」
「嘘」
思わず舞が声を出した。
「ホント。お母さんはお父さんと二人で生きて行きたかったの。出会ったばかりの若い頃から、年を取るまで。二人だけの永遠の時間を過ごしたかった。だから私は邪魔だった」
「じゃあなんで」
安藤はそこまで言い、しかしその先は言えなかった。
だから代わりに美冬が自分でその先の答えを話し始める。
「何で生んだか? はっ、生んだんじゃないの。生まれたの。お父さんは喜んで、私が生まれるのを楽しみにしていたみたい。でもお母さんは、生みたくなかった。生まれて欲しくなかった。流産するようにと、違う意味で頑張ったみたい。でも私は、生まれた」
三人が三人、黙って美冬の話を聞いていた。
ただ一人、渡辺だけは美冬の父・光男に聞いていたので知っていた内容だったのだが、それを美冬は知らないので、初耳の様に黙って深刻な面持ちで聞いていた。
「生まれてからずっとそういう環境で育って。私は、ああ~、私は生きていて良いんだろうか? 本当はとっくに死ななくてはいけなかったんじゃないのかって、そんな事を考えていたの」
「そんな事って…」
舞は美冬の顔を見ながら話を聞くうちに、思わず涙が一筋流れた。
「洗脳だ」
次の瞬間安藤が言った。
「だから、一度は死んだと言ったのか?」
更に続けて渡辺が言った。
つづく
いつも読んで頂いて、有難うございます。