第二十九話 信じてる?
「私がいても大丈夫だよね。おじさん」
美冬は隣の渡辺を見て言った。
「え、俺?」
渡辺は自分の事を指差して、困惑した顔で言う。
「そう」
「まー、居るって言うもんはしょうがない。別に邪魔する訳ではないだろう。とりあえず始める前に、飲み物でも注文しよう」
渡辺はそう言うとメニューを開いて、まず安藤と舞の方に向けた。
美冬はそれを嬉しそうな顔で眺めている。
注文した飲み物が各々に届き、先ずは渡辺から美冬との事を話し始めた。自分の過去と、離婚の事。娘との事。そしてもし、渡辺が幸せになれたならば、自殺は辞めると言う話を。但し、始まりの美冬の自宅放火未遂事件については触れなかったので、そもそもの出会いについてはかなりあやふやな話となった。
「それから、彼女は確かに言った」
そう言って渡辺は美冬の方を向いた。
「ん?」
美冬はアイス・カフェオレをストローで飲みながら、渡辺の方を見た。
「『私は一度死んでるの。死人が生き返って、長生きしたらおかしいでしょ?』っと」
「あーうん。確かに言った」
ストローを口から離してそう言うと、美冬は渡辺に向かってニコッと笑った。
「一度死んでる?」
それまで、渡辺の話を黙って聞いていた安藤が、口を開いた。
「一度死んで、生き返る」
安藤はもう一度そう言うと、何かを考え始めた。
「美冬、どういう事?」
安藤の隣に座っていた舞は、単刀直入に美冬に尋ねた。
「内緒。考えて」
美冬は楽しそうに微笑みながら言った。
「同じだ。この前も内緒だった。君達に、心当たりはないかい」
渡辺が二人に尋ねる。
「ないですね。考えたけど、初めて聞いた」
「初めて言った」
安藤の言葉に美冬が笑いながら続ける。
「ふざけんなよ!」
そんな美冬の態度に安藤は少しイライラして大声を出した。
「そもそも瀬川さん、ホントに死ぬ気あんの?」
安藤が更に続ける。
「やめろ。そういう事は言っちゃいけない」
渡辺が慌てて安藤の発言を止めに入る。
「この前佐々木さんとも話したんだけど、僕達の間を取り持つ為の狂言だったら、もうその必要はないから」
「彼女は本気だ。止めるんだ」
渡辺の言葉には耳もくれず、安藤は更に続けた。
「自分の周りの人を幸せにしたいだけなんだろ? その、渡辺さんの事は、残念だったけれど」
「違う。煽るような事を言うな」
渡辺は必死で安藤の口を塞ごうとした。
舞は無表情なままその様子を眺めていた。
「きっとそういう事、言い出すと思ってた」
美冬は安藤を睨むような目で見ながら言った。
そして素早く、制服のポケットからカッターを取り出す。
「きゃー!」
途中から視線を美冬に移していた舞がは直ぐにそれに気付くと叫んだ。
美冬はカッターの刃を六センチ程出すと、自分の左手首に向けて刃を当てようとしていた。
安藤は余りの事に驚き、固まったまま、美冬の行動を眺めていた。
「やめるんだ」
渡辺は小さな声でそう言うと、出ていたカッターの刃の部分を素手で握り、美冬の左手首に当たらない様にした。
「血…」
舞が小さな声で言う。
「大丈夫。横にスライドしてないから。ちょっと切っただけだ」
舞の言葉に渡辺はそう言った。
カッターの刃を覆うように被さった渡辺の手の指の隙間から、少量ずつだが真っ赤な血が、ポタポタとテーブルに落ちた。
美冬はカッターの方を見てはいなかった。
ずっと安藤の方を見て、微笑んでいた。
「私は死ななくちゃいけないの。最初から言ってる。死ぬのは怖いけど、死んでも良いって思える瞬間なら、死ねるかもって。最初から言ってるのに。生き続けるのが辛いの。苦しいの。頭がおかしいのかも知れない。何で信じてくれないの?」
「ああ、信じるよ。信じてるよ」
渡辺はそう言うと、力が抜け緩くなった美冬の手からカッターを抜き取った。
「ああ…ああ」
安藤は恐怖に青褪めていた。
つづく
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