第二十七話 大逆転
「だからさー瀬川さん。付いて来たら相談出来ないだろ」
文学部部室の入り口で横に並んでいる美冬を見ながら、安藤は閉口した様に呟いた。
「そお? じゃあ舞はどう思う。私、居ない方が良い?」
そんな言葉に安藤の方は見ずに、美冬は座っている舞の方を見て尋ねる。
「居ていいよ。三人で居る方が楽しいから。美冬はずっといて」
「そお♪」
美冬は舞の答えに満面の笑みで安藤の方を見ながら言う。
「ちぇ、それじゃあ、お前を助けてあげられないかも知れないぞ」
だから安藤は少し面白くないと言った風な感じで美冬へと返した。
「そんなに、舞と二人でいたいの?」
しかし美冬はそんなに簡単に安藤の言葉を聞き流す様なタイプではなかったのだ。
「なっ」
安藤は美冬の言葉に思わず顔を赤くする。
「舞、良い事教えてあげようか?」
美冬の言葉に舞はキョトンとしていた。
舞は二人が並んで立っている姿と、その対話をとても楽しく感じていたからだ。
『ああ、自分はこの中いる』
それが舞にとっては最高の幸せだった。
「ボーッとして。やっぱり舞、何にも分かってない」
そんな舞の表情を見て、嬉しそうな顔で美冬が言った。
「瀬川さん、もういいよ。話戻そうよ」
何やら都合が悪いのか、慌てながら安藤は舞のいるテーブルの方へと向かう。
「駄目。今日はこの後、みんな用事があるの。だから今言う」
「用事って?」
舞がそう尋ねたのと同時だった。
余程言われたくない事でもあったのか、安藤は急に走り出すと美冬の肩を押さえ、無理矢理外へ連れ出そうとする。
「安藤君ね。ホントは舞の事が好きなんだよ。ずっと前から!」
バシッ!
廊下へと押し出された美冬の最後の言葉と共に、引き戸は激しく安藤によって閉められた。
「嘘…」
その言葉に相変わらずキョトンとした顔で、舞は小さく呟いた。
引き戸の反対側、廊下では美冬と安藤が立っていた。
「何言ってるんだ。お前」
困った様な顔をして安藤は言った。
「何って、本当の事」
微笑みながらそう言うと、美冬は安藤を残して、再び引き戸を開けると舞のいる中へと入って行った。
「ゲームから一週間経ったし、そろそろ良いと思う。舞、安藤君ね。舞の事好きなんだよ」
美冬は話し始めた。
「去年の秋頃安藤君、図書室で舞に会って、何か驚かしたとかで悪い事したって、後から私に言って来たんだ。それと眼鏡を掛けてて、髪が片方の目に掛かってるんだけれど、凄い可愛かったって、嬉しそうに言ってた。それからかな? 私といる時でも、舞が通ると横目で見てたそうだよ。あの頃から安藤君、本当は舞の事が好きだったみたい」
「嘘」
舞には信じられなかった。
自分が憧れて追っていた者達が、自分に気付いて自分を見ていてくれていたとは。
だから楽しそうにはしゃぐ二人を、羨ましそうに眺めていた自分が浮かんだ。
『あの中に入りたい。私も一緒にいたい』
美冬の話と、去年からの自分の思いを重ねると、舞は自然に涙が溢れて来た。
「ところがね」
しかし美冬の話にはまだ続きがあった。
「ところがあの馬鹿。普段話してて慣れている分、脈ありと見たのか、私に告白して来たのよ」
「馬鹿でーす」
美冬の話に観念したのか、そう言いながら安藤も廊下から中に入って来た。
「勿論私は断った。そもそも誰とも付き合う気はなかったし。それに安藤君の為にと、同じクラスになってから舞にも近づいてたのに。ホントに馬鹿。舞にはごめんね。私、目的があって、舞に近づいてた」
「私は…私は…」
溢れ出る涙が頬を伝い、上手く話せないまま、舞は下を向いて言った。
『同じだ。私と同じだ』
舞は嬉しかった。今直ぐ美冬を抱きしめたい位嬉しくて、そして更に美冬の事が好きになった。
「男は馬鹿だから、複数の人を好きになって、可能性のあるところに告白するとか、そういうのあるみたい。失敗しない為なのかな? それでホントは好きなのに、振られた私から『舞と付き合って』って言われたから、今度は格好付けて躊躇して見せたりみたいな」
美冬が話している間、安藤は黙って舞の方を見ていた。
舞はそんな安藤に気付くと、涙を拭いて顔を上げた。
「んふ、それは、安藤君からの告白なのかな?」
「ああ、本当は去年から好きでした」
舞の問いにしおらしく答える安藤。
「じゃあ美冬のゲームが終るまで、考えさせて下さい」
それを聞くと舞は笑顔でそう答えた。
美冬も笑顔で舞の側に行くと耳元で囁く。
「だから言ったでしょ。すぐ付き合える様になるって」
しかしその声は、安藤には聞こえなかった。
それから美冬は舞から離れると、二人の方を向いて再度口を開いた。
「それじゃあ、二人がいつも行ってる駅前のコーヒーショップに行きましょ。『死にたがりクラブ』の新しいメンバーがいるの。きっと待ってると思うから」
つづく
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