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第二十四話 あい のない世界でも やさしさ はある。

 夏の向日葵達は一列に並んで、同じ方向を向いている。

 あたかも家族が同じ方向を向いてる様に。



 渡辺は黙って下を向いていた。

 遥の声も段々小さく、聞こえなくなって来る。

 それはもう、それでも今まで自分なりに頑張って生きて来た理由を失ったかの様で、渡辺は全てが終わったのを喪失感と共に感じていた。



「すいません」


 そんな中戻って来た美冬は二人の方に一礼すると、元々の席である渡辺の隣の席に座る。


「あ、ああ」


 その瞬間、渡辺は少しだけ我に返った。


「この人帰って来たし、そろそろ良いよね」


 頃合を見計らっていたのか、遥は美冬の姿を捉えるとそう言った。


「そろそろって?」


 何の事か分からない美冬が尋ねる。


「あなたがいない間に大体話しは済んだから、もういいかなと思って。それから一緒に出ると別れ際が辛いでしょ。私もそうだけれど。だから私が先に出るから。それとこれ、連絡先」


 そう言うと遥はテーブルの真ん中に、二つ折りの可愛らしい花柄の便箋を置いた。

 渡辺はその便箋をただ眺めている。

 だから少ししてから美冬が手を伸ばし、便箋を受け取った。


「お父さん。言っとくけど、お父さんの事嫌いな訳じゃないんだよ。ただ、私じゃ決められないし。もう生活は落ち着いちゃったし。それをもう一度新しくやり直すって事は、相当大変な事なんだよ。お爺ちゃんやお婆ちゃんの事もあるし。私、お父さんの方の実家、もう五年行ってないんだよ。お母さんだって…そういう問題だってあるし…」


「分かってる」


 遥の話を遮る様に、渡辺は静かに言った。

 そしてもう一度、今度は顔を上げて、遥の方を見て言った。


「分かってるよ」


 遥の目は潤んでいた。


「ほら、辛くなる。じゃあ行くね」


 そう言って遥は席を立つと、美冬の方を向いた。

 美冬も遥の方を見上げる。


「私、お父さんに似てるでしょ? 女の子だから、お母さんの方に似たかったんだけど。…お父さんの事、宜しくお願いします」


 遥はそう言うと、美冬に向かって軽く頭を下げた。


「へ」


 その行動には先程まで喧嘩まがいの雰囲気だった美冬としては一瞬唖然とする。


「それからお父さん、今度はいつでも会えるから」


 続けて遥は渡辺の方を向いて小さく手を振るとそう言った。


「ああ」


 渡辺は静かにそれに答える。


 それから遥は体の向きを変えると出口の方へと向かって歩き出した。


「あ、ちょっと」

 

 その姿にそれまで呆然としていた美冬は我に返り、慌てて遥を呼び止めた。


「すいません、あの。ペット何か飼ってますか?」


「ペット? 臭います?」


 そう言いながら遥は美冬の方を振り向いた。


「あ、いえ、そういう事じゃなくて」


「猫なら飼ってます」


 遥が言った。


「アパートだから、本当は駄目なんだけど。一階だから、外と中行き来させて」


「猫…そうですか」


 その瞬間美冬の顔が少し微笑む。


「それが?」


「何でもないんです。ただちょっと気になっただけで」


「そう」


 遥は腑に落ちない様な声でそう言うと、また出口の方を向いて歩き出して行った。


 そんな訳で、結局誰も食べなかったフライドポテトは、テーブルの真ん中で、ポツンと冷めて湿っぽくなっていた。



 十分程して、レジを済ませた渡辺と美冬もファミレスから出て来た。

 二人は黙って、車の側まで歩いて行った。

 渡辺は運転席のドアを開けるも乗り込まず、車のエンジンだけを掛けた。

 そんな渡辺を気遣う様にか、美冬は黙って助手席に乗り込む。


「美冬ちゃん。これ、いいかい?」


 すると渡辺はそう言いながら、いつもの様にジャケットの内ポケットからタバコを取り出して見せる。


「良いですけど。ホントは良くないんですよ。体に悪いんだから」


「分かってる、分かってる」


 今日はしょうがないとでも思っているのか、大人しくそう言う美冬を尻目に、渡辺は運転席のドアを閉めると駐車場の隅の方に向かって歩き出した。


 歩きながらタバコに火をつける。

 大きく一息吸い込むと、じわじわと渡辺の目には涙が溢れて来た。

 そして今度は吸い込んだ煙を吐き出す。

 それに合わせて涙が、渡辺の頬を伝って行く。


「あれ、あれ」


 渡辺は袖の部分で涙を拭った。


「はーっ。五年間の支えが、なくなっちまった…」


 渡辺は美冬には見えない様に、車に背を向けながら突っ立っていた。

 涙が止まるまで。






つづく

 

 

 

いつも読んで頂いて、有難うございます。

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