第二十一話 月曜・放課後・断片
次の日は月曜日。
美冬のゲーム開始から、既に五日が経っていた。
そして舞と安藤は放課後の駅前、大手チェーン店になっているコーヒーショップにいた。
「まいったね、アイツには」
安藤はブレンドコーヒーを手に持ち、飲みながら言った。
「何か楽しそう」
それに対してそう答えた舞は、まだテーブルの上のカプチーノには手を出さずにいた。
「誰が?」
安藤は飲んでいたブレンドを、テーブルに置きながら尋ねる。
「二人とも」
「は?」
舞のその言葉に安藤は思わず聞き返した。
「あの日から安藤君は私を連れて学校中逃げ回って、美冬はずっと追いかけて来て、なんか鬼ごっこしているみたい。二人とも楽しそう」
舞は微笑みながら言う。
「楽しくなんかないよ。誤解誤解」
そう言って、安藤は顔の前で右手をパタパタとして見せる。
「大体さ、アイツに生きる希望を持たせて、『生きたい~』って思わせるのが俺達の目的なんだぜ。それを何で本人が邪魔すんだよ」
「ふふふ、でも本当にそれで正解なのかな?」
安堵の言い方が面白かったのか、舞は微笑みながら尋ねた。
「えっ?」
「だから例えばだけれど、もし美冬の生きる希望が誰かの幸せで。それが叶ったら、そしたら美冬はやっぱり死んじゃうんじゃないかって」
舞は今度は少し愁いの帯びた表情をしながら話した。
「何で? 何でそうなるの? 死ぬって決めた上で、それまでに誰かの夢かなんかを叶えるって目標でも立ててた訳? 有り得ない。人間の発想じゃないよ。それじゃまるで…」
「そう。必ず死ぬって決めた人なら、その前に人の役に立ちたいと思うかも知れないじゃない。美冬が私に死についての自分の考えを話した日ね」
舞はそこまで言うと、テーブルのカプチーノを手に取って一口啜った。
「うん」
「あの日、私と安藤君が付き合えるようにしてくれるって、言ったの」
舞は静かに、少し伏せ目がちで言った。
「同じ日の同じ時間に言った言葉は同じ事を指す。か?」
安藤が言った。
「だから美冬があれからずっと追いかけ回していたのは、相談の邪魔をする為じゃなくて、私と安藤君を仲良くさせる為じゃないかって」
「確かに俺に佐々木さんと付き合って欲しいって言って来たのは、あのゲームを言い出した日の昼休みだよ」
「私が美冬と死についてや、安藤君の事を話したのは、前の日の水曜日」
「そう考えると、確かに物事が急激に動いているのかも知れない」
そう言いながら安藤は自分のブレンドに手を伸ばした。
「実際、この数日で私は随分安藤君と仲良くなったと思うの…それに美冬とは中学も一緒だったけれど、こんなに仲良くなったのは此処に来て急だし」
下を向き、少し頬を赤らめながら舞は言った。
その様子を見ていた安藤は口元まで来ていたブレンドを飲む手を止めて、照れ臭そうに口を開く。
「ああ、うん。それは…俺も思う」
それから少し、二人には無言の時間があった。
「じゃあさぁ、その時の瀬川さんの死についての話をちゃんと教えてよ」
暫くの沈黙の後、それまでの雰囲気を払拭する様に最初に明るく話し出したのは安藤だった。
「覚えてるかな…」
自信なさ気な舞。
「その時の話を聞ければ、もしかしたら瀬川さんの考え方が分かるかも知れないから」
「そう」
舞は頷くと、あの日の美冬と話した死についての考えを、出来る限り詳細に思い出しては安藤に話した。
そして一通り聞き終った安藤が口を開く。
「突然死ねる気がするって言うのは、俺の発想の受け売りだね。でも脳についてはちょっと違うかな。脳を客観視すると、痛みも苦しみも軽くなるなんて話しはしてない。脳とは別な自分? 全ては脳が思わせているだけ…うーん。そこに何か有りそうな感じもするけど、具体的なものが思いつかないや」
話の途中から困った顔になって行く安藤を見つめながら、舞は言った。
「私達、美冬の事何にも知らないのね…」
つづく
読んで頂いて、有難うございます。