第二十話 再会
「いらっしゃいませ」
渡辺の娘、遥は元気な声でそう言った。
「あの、次のお休みはいつですか?」
それに対してレジカウンターの前に立った美冬はまず最初にそう尋ねた。
「はい?」
思わぬ言葉に面食らう遥。
「あの、遥さんですよね? 渡辺遥さん」
その遥の様子に動じる事もなく矢継ぎ早に尋ねる美冬。
「違う。渡辺じゃない」
その美冬の言葉に対して突然声を出した渡辺に反応して、美冬と遥は驚いてそちらを向いた。
それまで遥は、美冬の隣の男性をちゃんと見てはいなかったのだ。
「妻の旧姓だ。佐伯遥」
「おとうさん」
美冬の隣に立っている男性が自分の父親だと気付いた遥は、思わず声を上げた。
「久し振り…」
渡辺も照れ臭そうに遥の顔を眺める。
「なんで、お店に?」
遥は少し困った様にそう尋ねた。
「私です。私が此処なら必ず会えるからって、お父さんに」
渡辺を助けるように答える美冬。
遥はレジ後ろのドアの方をちょっと見て、困ったような顔をしていた。
夜のコンビニに女の子が一人で働いている訳が無い。ドアの後ろでは店長あたりが事務仕事をしているだろう事は、渡辺にも美冬にも容易に想像が出来た。
だから美冬は、急に後ろを振り返ると、近くの棚のガムを数個取った。
「これ、下さい」
取ったガムをレジに置く。
遥はゆっくりとそのガム一つ一つをバーコードリーダーにかけて行く。
「早く、話して」
そう言って美冬が自分の肩を軽く、渡辺の肩に当てた。
「あ、ああ」
しかしその場になって渡辺は、何も聞くことが思い浮かばない事に気が付いた。
会ったら聞こうと思っていた事は、この五年間のうちで一杯あった筈なのだが、顔を見た瞬間、全てが無になってしまったのだ。
『生きて、元気な姿が見れればそれでいい』
渡辺はもはやそういう心境だった。
だから逆にとおり一辺倒、当たり前の言葉しか浮かばなかった。
「元気か?」
「うん」
渡辺の質問に遥は下の商品の方を見ながら、素っ気無く答えた。
「そうか」
渡辺はそれだけで十分だった。
「七百三十五円になります」
遥が言った。
「ああ」
渡辺が財布を出して、そこから千円札を出そうとしている時だった。
「夕方五時に此処の駅前の花壇ありますよね。そこで待ってます。いつお休みですか?」
美冬が遥へと尋ねた。
「……」
遥は直ぐには決められないのか、それには即座には答えようとはしない。
「ちゃんとした所でゆっくり話した方が良いです。このままだとこれで終っちゃいますよ。遥さんだって今は浮かばなくても、後で話しとけば良かったって思う事、出て来ますよね? このままだと、本当にこれから会えなくなりますよ」
「明後日、明後日休みです」
その言葉にひっかかる所でもあったのか、遥は商品のガムを袋に入れながら、業務的な口調ではあるものの今度は答えた。
「ありがとうございます!」
だから美冬は満面の笑みでそう言うと、手に千円札を持ったまま固まっていた渡辺の手から千円札を抜き取り、カウンターの上に置いた。
「二百六十五円のお返しになります。ありがとうございました」
そう言って遥は渡辺にガムの入った袋を手渡す。
これが五年振りの再会だった。
走る車。渡辺は美冬を送り届ける途中だった。
「遥さん。何にも聞かなかったけれど、私の事、何だと思っただろうね」
美冬が楽しそうに話す。
「彼女かな? それとも愛人? いやいや、年齢差を考えるとそれはないか。援交でもしてると思ったかな~」
渡辺はそれを聞きながら黙っていた。
「どうしたの? 嬉しくないの?」
運転している渡辺の顔を覗き込みながら美冬が尋ねる。
「嬉しくない訳がない。ありがとう」
次の瞬間、渡辺は顔中クシャクシャになる程の笑顔になった。
つづく
いつも読んで頂いて、有難うございます。