第十八話 コンビニに行こう その②
「一度死んでいる? どういう事だ?」
高台の公園から下に降りる坂道を、渡辺はゆっくりと車を運転しながら尋ねた。
「それは、内緒」
美冬は人差し指を口の前に立てながらそう言うと。
「でも今の話は、おじさんへのボーナスだよ。そのボーナスが分かっても分からなくても、ゲームには余り関係ないけどね」
と更に微笑みながら言った。
「ふむ。じゃあ、そのゲームについて聞こうか」
「いいよ」
美冬は、『死にたがりクラブ』の事。安藤の死についての特別な発想と、自分がそれに共感した事。そして、二週間以内に自分が「生きたい」と思えなかった場合は、安藤と舞の目の前で死ぬと宣言した事を、渡辺に話した。
「期限は二週間?」
「そう」
「だから機嫌が良いのか?」
「そう見える?」
渡辺は隣の助手席に座る美冬の顔を眺めた。
美冬もニコニコした顔で渡辺の方を眺めながら、そして口を開いた。
「よそ見運転はしないでくれる」
「ああ、ごめん。でも、機嫌は良さそうだな。さっきのテンション上がってるっていうのは、そういう事か。命の期限を決めたから?」
美冬に指摘されてバツの悪そうな顔をした渡辺は、ちゃんと正面を向き直してから話し出した。
「そう」
「死ねるのが嬉しいのか? 死にたいのか?」
渡辺はこんな少女に生死の何が分かるんだという思いもあってか、ちょっと軽口めいた感じで尋ねた。
「最初の質問は自分でも分からない。後の質問はYES」
「もしかすると最初からそうだったのか? 家を放火しようとした時も、俺に母親と上手く話せないと言った時も」
「その時その時の事は分からないよ。でも、死にたいと思う気持ちは昔からあった。それと同時に怖いという気持ちも昔からあった」
美冬はそれに静かに答えた。
その間にも車は坂道を終えて、交差点へと入っていた。
信号は赤だった。
ブレーキを踏んで車を止める渡辺。
「まいったな。俺が思ってたのと少し違う」
正面の信号機を見ながら渡辺は呟いた。
「美冬ちゃん、どうしたら良い? 君を救うには、生きたいと思わせるには、どうしたら良いんだ?」
言いながら渡辺は、信号から美冬の方に顔を向き直す。
「おじさんが、幸せになれば良いと思う」
「えっ?」
「あ、青」
その瞬間、美冬が正面の信号機を指差して言った。
「あっ」
一声漏らして、渡辺は慌てて正面を向いて車を走らせる。
実際には後ろに車がいた訳でもなく、そんな風に慌てて発進する必要はなかったのだが。
「おじさんが幸せになれば、ああ、世の中にも良い事もあるんだな。もう少し生きてみようかな? 何て思えるかもしれない」
「美冬ちゃん。それは…」
「おじさんとのゲーム」
「そうか」
渡辺は美冬のその言葉に少し嬉しい気持ちになった。と、同時に『果たして自分が幸せになんてなれるのだろうか?』という不安も同時に湧いて来た。
「おじさんも何があったかは知らないけれど、今日は何か考えていたんでしょ。私の期限は二週間。丁度良いじゃない。予定を早めて、今日私に幸せってのを見せてよ」
「ああ、ありがとう。美冬ちゃん。実は先日離婚した妻に会ったんだ。娘に会ってくれと言われた。自分でも会わなければ、動かなければとはずっと考えていた。しかし大人になっても、身内程どんな顔をして会えば良いか分からない事がある。後一歩の勇気が出なくて、どうしようか悩んでいた」
「ほら、コンビニが見えて来た」
渡辺の話しを聞いていたのかいなかったのか、美冬は明るくそう言うと、正面を指差した。
コンビニの明かりが、十数メートル先に見える。
今日は近くに路上駐車はせずに、渡辺は車をコンビニの駐車場へと入れた。
エンジンも切った。
その瞬間、覚悟を決めた筈の渡辺に、身震いが襲った。
「あのさ、美冬ちゃん。ちょっと待っててくれるかな?」
「なに?」
「これ」
そう言うと渡辺は、ジャケットの内ポケットからタバコを少しだけ覗かせて見せた。
「緊張しちゃって」
照れ笑いながら言う。
「いいよ。でも本当は体に悪いんだからね」
「ありがとう」
渡辺は車に美冬を残すと、一人降りてコンビニの店の脇にある灰皿の所まで歩いて行き、タバコに火を付けた。
「ふー」
吸い込んだ煙を大きく吐き出す。
まだ体は少し震えていた。
「今日は星、出てるな」
渡辺は頭上の夜空を見上げた。
薄暗い夜空には綺麗な星達が散りばめられて見えた。
つづく
いつも読んで下さる皆様、有難うございます。




