第十四話 回想 その②
夜七時。
美冬は家に帰って来た。
「ただいま」
祥子がいないのは分かっているので普通に声を出す。
「おかえり。ご飯は?」
するといつも通り、奥のリビングから光男の声がした。
それは何一つ変わらない瀬川家の夜の日常。
「お父さんが作ったの?」
「ああ」
「じゃあ、荷物置いて来たら食べようかな」
何一つ変わらないいつもの会話から、美冬は自分の部屋に向かう為に階段を上がって行った。
遡る事一時間前、夕方の六時。
駅の隣の小さな公園。
九月はこの時間でも大分日が暮れて、暗くなって来ていた。
暗がりの中外灯の灯りに照らされて浮かぶブランコの所にいる三人の姿。
他に人影はない。
そしてそんな中、美冬の言葉に安藤は叫んだ。
「何言ってんだ? なんでみんなで死ななくちゃいけないんだ!」
「私が死にたいから」
美冬は漕いでいたブランコを止め、真面目な顔で安藤の方を向くと、はっきりとそう言った。
それに驚いた舞もブランコを止めると、美冬の方を見てから続けて安藤の方を眺める。
「な、な、なんで瀬川さんが死にたいと思ったら、俺や佐々木さんまで死ななくちゃいけないんだ!?」
美冬と舞の視線を気にしながらも、安藤は精一杯の口調で言った。
「安藤君は私の事が好きなんでしょ? 私が死んだら生きていたくないとか思わない?」
「なっ」
美冬の言葉に安藤は思わず言葉を詰まらせた。
「そうなの?」
それに対して安藤と美冬の関係を何も知らない舞は、安藤の方を見ながら不安そうな声で尋ねる。
「舞の場合は安藤君が私の事を好きな訳だから、そうなったら失恋の痛手で死にたくならない?」
更に美冬は、今度は舞の方を向きそう尋ねた。
「おい! 何考えてる! それは佐々木さんに対して失礼だろう! そもそも自分から仕組んでおいて!」
あまりの美冬の暴言に、つい怒りに任せて安藤は叫んだ。
舞は瞳孔を広げ、明らかにショックを受けている様子だ。
「でも大丈夫。私はふったから」
舞の方を見ながら美冬はそう言うと、ブランコから立ち上がり、数歩歩いてから反転して、二人の方を向いた。
「とにかく私はね、死にたいの。昔から本当はここに居てはいけない様な気がしていて、ずっと何処かで死にたかったの。でも怖いから、死ねなかった。そんな時、安藤君の話を聞いた。『突然、今なら死ねるって瞬間あるよね』って言葉。昨日舞にも言ったよね」
そう言うと美冬はそれまで全体を見ていたのから視線を舞の方へと向けた。
「うん、言ってた」
美冬のとんでもない話に怯えてでもいるのか、それに対して舞は蚊の鳴く様な小さな声で答える。
「ああ、その瞬間なら私も感じた事がある。それなら私でも死ねるかも知れない。そう思ったの」
「だったら」
安藤が美冬の話に口を挟んだ。
「だったら?」
今度は美冬は安藤の方を眺めた。
「だったら…一人で死ねばいい」
安藤は言い辛そうに苦しそうな顔をして、しかしそう言った。
「それは嫌。一人で死ぬのはやっぱり怖いし、寂しいでしょ。だから、私にふられたショックの安藤君、安藤君が私を好きだったと知ってショックの舞。お願いします。私と一緒に死んで下さい」
美冬はそう言うと、頭を二人に向かってペコリッと下げた。
「馬鹿馬鹿しい! 話にならない。佐々木さんもこんな話本気にする必要はないよ」
美冬の言葉に安藤は、舞の方を向きながら吐き捨てる様にそう言った。
「でも、美冬は強情で、やると言ったらやるタイプだから…」
「佐々木さん!」
安藤は舞の言葉を強く制した。
「フフ、そうなると思った。じゃあこうしましょ。この二週間の間で、私に死にたくない、生きていたいと思わせて。それが出来なければ…いいわ、私一人ででも死ぬ。あなた達二人の目の前で、一生頭に焼き付く様な死に方で。これならどう? ゲームよ。無視してもいい、死ぬだけだから」
そう言いながら美冬は微笑んだ。
「馬鹿げてる」
「馬鹿げてても何でも、ゲームは今スタートしたの。無視して私を殺すか。私を助けてくれるか。どっちかだけ」
安藤の言葉に更にそう続ける美冬に、安藤は黙り込んだ。
「何で、何で二週間なの? 一年とかじゃ駄目なの?」
二人の様子を黙って見ていた舞が、何かに気付いたかの様にブランコに座りながら美冬に尋ねる。
「八月で私、十七になったの。これ以上は生きていられない。死ねないままどんどん大人になって行くのが耐えられないの。だから、期限を短く決めたの。どうせ伸ばしても躊躇して生き続けてしまうから。私達、死にたがりクラブでしょ? ねぇ安藤君」
美冬に呼ばれてももはや安藤は黙ったままだった。
そしてその代りなのか、舞が更に美冬へと尋ねる。
「何で八月に生まれたのに、美冬なの?」
「それは秘密」
それに対して美冬は、唇の前に人際指を立てると微笑みながらそう答えた。
瀬川家午後七時。現在。
階段を上がり終わり、美冬は自分の部屋のドアを開けた。
ドスッ!
殺風景な部屋のベッドの掛け布団の上に、鞄などを投げ出しては美冬は倒れ込んだ。
うつろな目で、天井の無地の白い壁紙を眺める。
そして
「上等…」
と小さく呟いた。
つづく
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