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第十話 喫茶店と二人の中年親父 その②

「美冬が?」


 ゆっくりと光男が言った。


「そうです」


 だから合わせる様に渡辺も静かにゆっくりと答える。


「でも、ちょっと待ってください。渡辺さん、あなた私の家は知らない筈じゃ」


「そうです」


「じゃあ何故?」


 そこで渡辺はまたもやモカコーヒーを一口啜り、それから何か覚悟を決めたかの様な顔をして切り出した。


「知りませんでした。全くの偶然です。偶然、あの家はウチの妻が購入するつもりでいた家でした」


「奥さんが…」


 光男はその言葉にひどく驚いて、暫くの間、開いた口も塞がらない状態だった。それ程本当に、その事は知らなかったのだ。


「それで何故かあの日、あの家を見に行きたくなりました。理由は分かりません、衝動です。もう当然誰か買い手が付いて、住んでいるとは思っていました。そこで女子高生が壁に灯油の様な物を掛けているのを見ました。もう夢中で庭に入り、彼女の肩を抑えました。すると、ポリタンクを放って門の方に逃げようとするじゃありませんか。私は慌てて追いかけて、門の外、出た所で彼女を捕まえました。その時表札を見ました。瀬川だった」


「しかし表札が瀬川だからと言って、私の家とは限らない」


「そうです。普通なら私もそう思ったと思います。しかしお嬢さんを見た。面影があるとまでは言いませんが、直ぐにピンと来ました。この家があの瀬川さんの家だと、私の中ではすんなりと理解出来ました。実際、美冬さんというお嬢さんはいますよね?」


「あ、いや待ってください。娘はいます。娘は確かにいるが…しかし私はホントに知らなかった。奥さんが買うつもりの家だったとは」


「分かります。貴方の事は知っている。そんな事は私でも分かります」

 

「あー、いや、そうでしたか…」


 その時にはもう、光男は困った様な顔をしてそう言うしかなかった。


「そして彼女が、美冬さんが、『自分の家だ』と、『自分の家だから何が悪い』と」


「美冬が?」


「そうです。それで学生証を見せて貰い、確認しました。彼女、美冬さんの家でした」


「そう」


 光男は力なく答えた。


「だから私は、取引をしました」


「取引?」


「はい。五年間まともに会ってない私の娘に、三日に一度会って来て、私に教えてくれないかと。その代わり、今日の事は家の人には内緒にすると」


「内緒に?」


「はい」


「言っちゃったじゃないか」


 光男は言いながらまるで子供の様にほくそ笑んだ。

 つられて渡辺も笑った。


「はい、言いました。約束は破りました。破ってでも、貴方には伝えた方が良いと思った。彼女は何か困ってる。美冬さんは、お母さんと上手く話せないと言っていました」


「妻と」


「はい」





 その頃美冬の家では、祥子が二階にある光男の書斎の机の引き出しを開けていた。


「まだ、こんなに持ってた」


 引き出しは鍵付きで、鍵穴には鍵が挿さっていた。

 祥子は何処からか、鍵を見つけて来て、引き出しを開けたのだった。

 祥子は中にあった写真二十枚程を取り出した。

 それらは皆、美冬の写真だった。

 子供の頃の写真が主だった。

 ランドセルを背負って登校する写真、何処かの公園で遊んでいる写真、運動会で走っている写真等。

 祥子はそれを持って階下へと降りて行った。


 数分後、祥子は金バケツと新聞紙、ライターを持って勝手口から庭に出て来た。

 金バケツを地面に置き、クシャクシャにした新聞紙を中に入れた。

 そしてライターで火を付けた。


「全く、こんなものいつまでも隠し持って」


 そう言うと祥子は先程の写真をパラパラと金バケツの中へと落として行った。

 落ちた写真は火の中で角から丸くなり、中心から黒く焦げ、そして燃え始めた。

 祥子はバケツの中を、写真が燃えるのを、じっと見ていた。





 つづく

いつも読んで下さる皆様、有難うございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美冬のお父さんと最初の「男」にこんな繋がりがあるなんて、ビックリしました。それにしてもリアリティがありますね。買うはずだった家に、ひょんなことから縁のある人が住み始めた……。ときどき、凄く…
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