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その7





 何故自分が選ばれたのかと答えが出ないまま迎えた夜会の席。近衛騎士の正装に身を包んだアルフレットはここにきてようやくその意味を知る。


 何時もは簡素に束ねているだけの長い銀色の髪を綻び一つなく結い上げ、過度にならない化粧を施した神殿聖騎士の体を包み込むのは白と青の騎士服ではない。深い翡翠色のドレスが女性らしい体の線を辿り、足元は大理石の白い床に咲くかに広がりを見せていた。見上げるほどの背の高さはあるが細身で余分な肉の一つもない。胸の膨らみはささやかだが貧相さもいやらしさもなく、ぴんと伸びた背筋と腰の括れはきついコルセットに絞められる事なく美が作り出されていた。


 その隣に立つのは筋肉粒々の大男。女性にしてはというよりも、男性の中にあっても高身長であるフェリスの隣にアルフレットが並ぶと、何時もは騎士服に身を包んでいるフェリスの女性らしさが更に際立つ。アルフレットも正装のお蔭で雀の涙ほどだが小奇麗に纏められ、細心の注意を払い睨みを利かせていない分いつもよりは穏やかなに感じられる。


 ここで初めてアルフレットはフェリスの美貌を引き立てる役目がカルロではなく自分なのだと理解したのだ。


 美男美女は誰の目にも保養になるが、不細工ながらも縦にも横にも大きなアルフレットが隣に並ぶと、フェリスの美貌や体つきが更に引き立てられるのだ。カルロとフェリスでは身長が変わらず、踵の高い靴を履く夜会では確実にフェリスが追い抜いてしまう。だからこその自分だったのだとようやく納得し、己の腕に白い腕を絡めるフェリスを視線だけ動かしてこっそり見下ろした。


 いつも……というか母親をエスコートする時は身長差があり過ぎて不格好だった。けれどフェリスが背が高いお蔭で今夜はアルフレットも身を屈めずに立てるし、話をするにしても猫背になったりする必要がない。歩く速度も極端に遅くする必要もなく、歩幅がほとんど変わらないのは気を使う必要がないので楽なのだと知る。とても近い位置にいるフェリスの美貌に狼狽えるよりも、同じ目線で同じものを分かち合えるような感覚に陥り嬉しい気持ちになってしまった。驚くことに彼女の美貌に己の醜さが目立つと卑屈になるよりも、彼女の美しさを引き立てる役目を担っているのだと思えば心が躍る。背筋を伸ばして自信あふれるフェリスの隣で背中を丸めていられないと心地よい緊張感を得られるし、何よりも隣に立つのが楽で仕方ないのだ。正面に立つと睨まれるが腕を組んで隣に並ぶと睨まれる機会が減るというのもアルフレットに安心感を齎していた。


 一方、アルフレットの腕に己の腕を絡めるフェリスは緊張と照れと叶ってしまった夢の現状に狂喜乱舞したくなるのを必死に抑え、奥歯をぐっと噛み締め心の均衡を保とうと必死になっていた。


 巫女の輿入れに際し身を飾るドレスの類は不要と全て置いて来ていた。

 仰ぎ見るのが男性なら周囲は普通の事だと認識するが、こと女性に至ると異質なものだと取られてしまう。初めは物珍しさに好意的に接してくれるものの、特に男性は『女のくせに生意気な』という認識を抱くか、フェリスを女性として認識しなくなるかなのだ。

 そんな高身長女が着飾った姿など誰が見たいものか。初めは慰めの意味も込めドレスを着ての式典出席を勧めてくれるやも知れない。だが慰めの言葉が真実である確率は極めて低かった。『でかい』『無理して着なくてもいいのに』『騎士服の方が断然似合う』との言葉は当たり前のように囁かれるし、男性であるなら言われないのに『でかくて邪魔』『前が見えない』と苦情を受ける。全ての人がとは言わないが、自分より大きな女が許せないのが男性心理なのだろう。だからドレスの類は全て置いてきた。諦めていたのだ、女性らしく生きたいという夢を。


 だがその夢を叶えてくれる相手が現れたのだ。踵の高い靴を履いて異性を見上げたのも初めてで、エスコートされても不格好にならないのも初めてだ。これもあれも全ては巫女のお蔭。


 「巫女に感謝申し上げなければ―――」

 「えっ、ああ、そうだな?」


 不意に囁かれた言葉にあまり意味が解らないながらもアルフレットが同意すれば、至近距離で見上げたフェリスに冷たく睨まれた。ああ、またやってしまったなとアルフレットは胸に痛みを覚えたのだが。


 「あなたにも感謝申し上げる。巫女が言い出したこととはいえ、素敵なドレスに靴や装飾品までご準備頂き、心よりお礼を。」

 「ああ、いやっ……不慣れなもんで色々戸惑ってすまなかったな。」


 そんな事はないと首を振ったフェリスは笑顔を浮かべアルフレットを仰ぎ見た。


 「異性から贈り物をされるなど初めてです。ありがとうございます。」

 「―――!」


 銀色の目を細めふわりと微笑んだフェリスの姿にアルフレットは言葉を失う。初めて向けられた優しい笑顔に思惑も嫌味も何もない。唯一あるとするなら僅かながらの照れだろうか。女神のように美しいというのは解り切っていたが、感情が混じった微笑みを間近に受けたアルフレットは言葉所か息をするのも忘れてしまった。


 なにか言葉を返さなければと狼狽えるが、真っ白になってしまった頭では何も考えられない。そもそも女性に贈り物をしたのも初めてで、こういう時に何と言って返すのが正解なのか解らないのだ。


 石と化したアルフレットが正気に戻ったのは誰かに思いっきり突き飛ばされたからだ。たたらを踏むが倒れることはなく慌てて状況を確認すれば、十人はいるであろう年若い女性たちがフェリスを取り囲み黄色い声を上げていた。どうやら女の集団に突き飛ばされたらしい。

 普段は恐れ近寄りもしない女性たちの暴挙にアルフレットは瞳を瞬かせた。俯き小さな女性たちに応えるフェリスの表情は高い位置にあるアルフレットから認める事が出来ないが、彼女の柔らかな声が耳に届く。優しい声色に悲鳴に近い声を上げる淑女たちが何故フェリスに惹かれるのか。アルフレットは自分ではけして得られない姿に僅かな嫉妬と羨望を抱く。

 神殿聖騎士の制服に身を包んだフェリスは女性たちにとって物語に出てくる王子様なのだ。どうあってもアルフレットでは手に入れられない立場と名称。さしずめ美しい王子様に寄生する悪鬼だと己を卑下しつつも、着飾ったフェリスを褒め称やす彼女らに小さな優越感と感謝を覚える。彼女らが見惚れる女性が身に着ける品は全てアルフレットが贈った品だ。


 「これは巫女様の瞳のお色ですわね。」

 「いいえ、今宵はアルフレット殿のお色です。」

 

 真意は知れないが笑顔で間違いを正してくれたのが嬉しい。巨体は隠せないがなるべく気配を消して見守っていたアルフレットに、フェリスを囲む女性のうちの一人がゆっくりと振り返り一瞥を向けた。すぐに顔を背けてしまったが挑む視線にアルフレットはようやく己の間違いに気付かされる。


 一瞥をくれたのはパリス伯爵令嬢だ。令嬢の視線は明らかに敵意剥きだしで、恐れもせずにアルフレットを射抜こうとしていた。嫉妬を孕んだ憎しみに等しい視線。フェリスから向けられる視線も同様の物と感じていたアルフレットであったが、パリス伯爵令嬢に向けられた視線を受け、これまでフェリスが自分に向けていた視線が恨みや嫉妬の類ではないのだと気付きはっとした。自分なんてという先入観のせいでそう決めてしまっていたのだと改めて認識させられると同時に、フェリスがこれまでアルフレットに向けて来た言葉が脳裏に蘇った。大した言葉は交わしていない、いつも睨まれていたから。けれど少ない会話の中に垣間見られるのはアルフレットに挑むという態度だ。けして巫女を奪われた嫉妬という妬み嫉みではない。


 「折角彼女をエスコートできたのに奪われてどうすんだよ。その顔でそんな切ない目するな、気色悪いから。欲しいなら奪い返してくればいいだろ?」

 「カルロ―――」


 見目秀麗な友人が仕事中にもかかわらず懇意にしている若い未亡人をエスコートしてやって来た。笑顔で楽しそうなカルロと異なり、若い未亡人は挨拶所かアルフレットと視線を合わせようとすらしない。


 「別に彼女はっ……命令で仕方なくエスコートされていただけだ。」

 「その見た目で鈍感なのも大概にしろよ。」

 「俺は別に鈍感じゃないし、見た目は関係ないだろう。」


 むっとしたせいで雀の涙ほどましであった風貌が一気に悪魔レベルまで引き下げられる。確かに仕事はできる男だが、何を言ってるんだとカルロは心底呆れて溜息を落とした。


 「彼女が嫌々エスコートされているように見えたのならお前の目は節穴だ。お前の隣に並ぶ彼女は女性だったが見てみろ。今の彼女は物語の王子様を演じてるじゃないか。」


 顎をしゃくったカルロにつられフェリスに視線を戻せば、女性に囲まれたフェリスが穏やかに微笑んで会話を繰り広げていた。確かにドレスを着ていても王子様に見えてしまう光景だが―――


 「楽しそうだが?」

 「馬鹿に付ける薬はないな。行きましょうがレウス夫人。」


 わざとらしく大きな溜息を吐いてカルロは未亡人を伴い離れて行く。その際パリス伯爵令嬢に視線を送るが気付きもしてもらえず肩を落としていた。それを見送ったアルフレットはふんと鼻を鳴らす。


 「彼女が俺に気がある? そんな奇跡が起きる訳がないだろうが。」


 吐息と共に吐き出された囁きは夜会の喧騒にかき消された。カルロを見送ってフェリスに視線を戻すと、女性たちに囲まれたフェリスがパリス伯爵令嬢を伴い輪を抜ける。令嬢の腕はフェリスの腕に絡められエスコートされる形になっていた。どうやらダンスの輪に加わるようで、二人が腕を組む寸前、勝ち誇る令嬢の視線がアルフレットに送られる。


 緩やかに流れる音楽に合わせ向き合う二人がダンスの輪に加わると、女性同士の異例な様に周囲は瞬く間に惹き付けられた。

 翡翠色のドレスを翻しながら男性パートを難なくこなし、令嬢をリードするフェリスの姿は堂々としていて誰もが見惚れてしまう。身なりなど関係ないほど様になっていて、フェリスは令嬢の腰に腕を回して指を絡め周囲の視線を一身に集めていた。薄く微笑んで令嬢を見つめる視線は凛としながらも優しく穏やかだ。あんな瞳で見つめられたなら男女問わず恋に落ちてしまうだろう。


 アルフレットは神々しい輝きを放ちながら舞うフェリスに釘付けとなり、視線を外せずその姿を見つめ続けていた。






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