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その6




 「お義母さまと呼んで頂戴な。」

 「はい、お義母様。初めましてフェリス=レティと申します。不束者ですが末永く宜しくお願い致します。」

 「だから母上……フェリス殿も、母に付き合ってくれなくていい。」


 二十五になる次男坊が生まれて初めて女性を家に連れて来た。連れて来られた女性のあまりの美しさと背の高さに唖然とし声を失いながらも、この日を待ちわび続けてきた次男坊の母親ミレイユは、感極まり涙を流してフェリスを迎え入れる。

 

 すっかり勘違いして狂喜乱舞する母親に息子であるアルフレットは呆れながらも、そんな母親に笑顔で神対応してくれるフェリスに申し訳ないと詫び、勘違いだと母親に言い聞かせる。


 「だってアルフレット、あなた好みに着飾らせてあなたがエスコートするのでしょう? そういう女性という意味ではありませんか。気持ち悪いのでその顔で照れないで頂戴な。」

 「照れてなどいません。それにエスコートは巫女と陛下のご命令で仕方なく!」

 「しぃかぁたぁなぁくぅぅぅぅうっ?!」


 どの面さげて仕方なくと口にするのかと鬼の形相の母親に、慌ててアルフレットは言い繕った。


 「いやっ、俺は勿論光栄に思っているっ。仕方なくなのは彼女の方でっ!」

 「まぁフェリスさん、あなた仕方なくうちの息子と付き合ってるの?」

 「いいえお義母様。大変光栄に存じております。」

 「ですってよアルフレット。良かったわねぇ。」


 ほほほと笑うミレイユにフェリスも声を上げて笑い返し、何がどうなったんだったかとアルフレットは今までの出来事を思い返した。


 夜会でフェリスをエスコートするようにと巫女から唐突な願いを受けたのは昨日だ。女神の様に美しい女性が着飾り夜会に花を添えるのは良い事だ。神殿聖騎士の正装に身を包んだフェリスの晴れ姿を見損なう彼女の信仰者たちには申し訳ないが、多くの男たちにとっては目の保養になるに決まっている。


 だがその隣に並ぶのが見た目親父の大男だというのが問題だ。カルロならともかく自分なんてと遠慮したが、陛下の許可を取っているとの巫女の言葉通り、半信半疑でその日を過ごせば上官に呼び出され、夜会当日の裏方警備責任者の任を解かれてしまったのだ。しかもそれだけではなくフェリスをエスコートするようにと陛下にまで呼び出され直々に申し付かってしまった。話を知ったフェリス信仰者たちからは憎しみの籠った視線を突き付けられたが、その類の視線には慣れているので気にはならない。


 エスコートは何とかなるだろう。母親をエスコートした経験しかないが何とかしてみせる。だが問題はそこではない。巫女の願いでフェリスの身を整えるのまでがアルフレットの仕事になってしまったのだ。


 女性にドレスや靴を贈った経験などないアルフレットは大いに焦った。金だけ渡してフェリスに丸投げするという策すら思い至らずカルロに泣きつけば、母親に相談すれば上手くやってくれると冷たくあしらわれてしまう。仕方なくアルフレットは母親に連絡を取り、フェリスの身を整える手助けをしてもらうことにしたのだが―――母親はすっかり勘違いしてしまっているようで参ってしまった。母親の話に乗ってくれている風のフェリスだが、心の内では相当な怒りを湛えているだろうと憶測される。ああ、これでまた嫌われてしまうとアルフレットは胸を痛めた。


 「アルフレット、そんな隅に突っ立っていないで何色がいいかあなたも一緒に選んではどうなの?」


 母親曰く評判の服飾店でフェリスのドレスを選ぶ。背の高さから既製品は無理なので完全に一から仕立てなくてはならず針子は暫く徹夜になるだろう。申し訳ないので騎士服で参加すると言い出したフェリスをミレイユと服飾店の初老の女主が上手く言い包め、採寸は既に済ませてしまった。余分な肉が付いていないのでドレスの下に着る下着やコルセットは既製品で済むとの話が飛び交ったが、女性に縁のないアルフレットにはちんぷんかんぷんだ。何色がいいと思うと様々な色合いの布地を広げられ、すらりと姿勢正しく立つフェリスを一瞥した。


 「黒だな。」 

 

 真っ直ぐに伸びた銀色の髪と、同色の氷のように冷たく鋭い瞳。真っ白な肌に細い手足に黒は栄えるに決まっている。だから素直に答えたのだが、顔を顰めた母親から踵で足を思いっきり踏まれてしまった。どうやら失敗したらしいが理由が解らない。答えは服飾店の主が上手い具合に教えてくれた。


 「確かにお嬢様に黒は栄えるでしょうが、黒は忌みの席で纏う色ですので夜会には不向きですね。こちらなどどうでしょうか?」

 

 店主が選んだのは深い海を連想させる青だ。フェリスの雰囲気は海より氷だと感じながら「それでいんじゃないか」とアルフレットは店主に同意する。


 「フェリスさんはどうかしら?」

 「青も美しいですがわたしは此方を。」


 フェリスが手に取ったのは暗めの緑だった。緑と青の中間色といってもいいだろう。それならまだ店主が選んだ青の方が似合うと感じたアルフレットだが、フェリスの選んだ色にミレイユが感嘆の声を上げる。


 「まぁぁぁっ、アルフレットの瞳の色ね!」

 「やはりそうですか。黒を選ばれたのはご子息の可愛らしい冗談だったのですね。」

 「俺じゃない、翡翠は巫女の目の色だ!」


 母親と店主の冷やかしにアルフレットは慌てて答えた。同伴者の瞳の色と同じ色のドレスを纏うのは二人がそれなりに深い関係だと公然にするも同然なのだ。それくらいは色恋に疎いアルフレットも知っている。巫女の命令で仕方なくアルフレットにエスコートされるフェリスに被害が及ばぬよう、アルフレットは慌てて彼女の愛しい巫女の目の色がアルフレットと同じ翡翠色なのだと声を大にして主張した。


 「まぁ、巫女様も翡翠色なの?」

 「そうですが、巫女のお色は此方に近い。」


 フェリスはアルフレットの意見に同意しながらも、近くにあった生地の山から選んだ緑よりも僅かに明るい緑の生地を引き出した。


 「やっぱりそうなんじゃないの。こんな息子にフェリスさんみたいな女性がある訳ないわよねぇ……って夢見た気分になっていたけど正夢だったのね。」


 喜ぶミレイユにフェリスは申し訳なさそうに眉を寄せた。


 「実はお義母様、残念ながらわたしの力不足により、アルフレット殿を陥落させるには至っていないのです。」


 昨日も結局失敗に終わってしまった。巫女が与えてくれたこの機会を逃してなるかと気合十分だが、今回も失敗に終わってしまうかもしれない。高身長女という負の要素を抱え生きてきた経験から、大きな男ほど小さく愛らしい女性を選ぶというのを知っているのだ。あえて尋ねないでいたが、アルフレットも巫女の様に小さく可愛らしい女性が好きなのだろうと感じられる。もしかしたら巫女に懸想しているのかも知れないと、幼い友人に嫉妬してしまいそうになる事もしばしばあるのだ。


 「それでは此方で仕上げさせていただいて宜しいですね?」

 「お願い致します。」

 「急がせて悪いけど、よろしくね。」

 「神殿騎士様のご衣裳を担当させていただくだけでも心躍りますのに、お礼を申し上げたいのは此方でございます。」


 母親とフェリス、そして店主のやり取りを耳にしながら、『あれ?』とアルフレットは首を傾げる。フェリスの言葉がどことなく自分に好意を寄せているように聞こえるのは気のせいだろうか?


 アルフレットは罰ゲームで告白されるような男だ。付き過ぎた筋肉は暑苦しく顔に傷があって中年オヤジの様な風貌。年相応に見られた例もなければ女子供になつかれた経験もなかった。二十五年の人生で唯一懐いてくれたのが輿入れでやって来た巫女で、けれど巫女は神がかり的な力を有する特別な存在。だから一般人とは違うのだと、それでも嬉しくて甘えてくれる巫女に醜い身を曝してきたけれど。


 アルフレットは店主が手にした深い緑と青の中間色の生地を見やる。このイルファーン王国において目が翡翠色なのは珍しくなかったが、確かに彼女が選んだ生地の色は巫女の瞳よりもアルフレットに近い。いやまさかそんなと、アルフレットの脳裏に都合の良い考えが浮かび、けれどそんな筈はないと慌てて追い出した。


 こんな女神のように美しい女性が好意を寄せてくれるわけがない。儚い夢を見て苦しむのは自分だと、じっと此方に挑むような視線を向けるフェリスからアルフレットは慌てて視線を離したのであった。








登場人物紹介


ミレイユ=ファーガソン50歳。中肉中背、アルフレットの母親。

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